登野城さんに最終警告みたく告げられた昨日の事件から一夜明けた今日、私は特に何も考えることもなく、いや考える事ができず窓の外をずっと見ていた。私が幸村くんにずっと想いを寄せている事を知っている唯一の友人には登野城さんの件について話していない。変な心配をかけたくないからだ、私が自分の気持ちを封印すれば収まる事。


「おはよう桜田さん」


いつものように爽やかに微笑みながら挨拶をしてくれる幸村くん。朝練の後のはずなのに汗ひとつかいていない彼はやっぱり凄い人だ。


『おはよう幸村くん』


いつも通り挨拶を返し口角をあげる。これ以上彼を見ていると話したくなってしまう、彼に笑顔を向けてほしいって欲が湧いてくる、でも昨日の登野城さんとの出来事を思い出し、いつもは見続ける彼の瞳からそっと目を離した。


「………」


不自然だったかな感じ悪かったかな、隣からの視線が痛い。私は自分の保身で幸村くんから身を引きます。もし自分自身が強かったらどんな展開になったのだろうか。

それから幸村くんから珍しくお昼を誘われたり休憩時間に話しかけられたり何だかアクションがたくさんあった気がする。そのアクションひとつひとつに私はそれとなく理由をつけて断り続けているのだが、断った後の寂しそうに笑う彼の表情に胸が酷く痛み、心臓がキリキリと締め付けられる。

なんで寂しそうに笑うの?なんで私はこんなにも胸が締め付けられるの?今までと、3年生になる前の生活と、変わらない生活に戻っただけじゃん。

こんなに胸が痛くなる程、3年生になってからの時間が幸せすぎたんだ。もっともっとって求めちゃったんだ。登野城さんの事は確かに苦手だし関わりたくない人物だ。しかし彼女は幸村くんの彼女。もし私が登野城さんの立場だったら?彼女がいるって分かっていながら人の彼氏に近づく女の子がいたとしたら?

そんなの、嫌に決まっている。

そっか、私は自分勝手な恋愛感情のせいで登野城さんを傷つけていたんだ。彼女が私にした行為が身体的ないじめなら私は彼女に精神的ないじめをしていたんだ。自分が情けない。幸村くんは優しいから、私の隣の席だから、委員会が一緒だから、話しかけてくれたり気にかけてくれていたんだ。

どうして気づかなかったんだろうか。いや、本当は最初から気づいていたはずだ。それを見ないフリして、もしかしたら幸村くんは私のことを…なんて思っていた自分が恥ずかしすぎて。

幸村くんと登野城さんを応援しなきゃ。あくまで私はモブキャラに過ぎないのだ。







私が幸村くんを避けてからどれくらいの月日が経過しただろう。数えたくもないし知りたくもない。ただ、明日から夏休みに入るし少しはこの痛む胸も落ち着くだろうか。少なくとも幸村くんと顔を合わさずに済むのはホッとする。

夏休み前の最後の終礼が終わって隣にいる幸村くんに事務的な挨拶を言った後、夏休み中に読むための本を借りるため図書室へと急行した。今持っている本の返却手続きを済ませ、気になる本がないか見定める。

最初に足が止まった私の目の前には、学生同士のラブストーリーを舞台とした小説だ。それを手に取り小説のあらすじを見てみる。

”サラが恋したのは頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗で非の打ち所がない学校1のモテ男、涼太。涼太はサラに対し優しく、常に気遣ってくれるため益々涼太の事が気になってしまうサラ。しかし彼には美人な彼女がいた。一見幸せそうな美男美女のカップルだったがこの二人にはある秘密があった!二人の秘密とは、涼太の本当の心とは果たして___”


なんとなく、今の自分の状況と合ってる気がして、この物語の結末を知りたくて、迷わず手にとった。そのほか適当に4冊を手に取り、計5冊の本を借りることにした。カウンターで手続きを済ませ、さっさと帰ろうとした時、低めの静かな声に足を止められた。


「桜田」

『…柳くん』


声の主は柳蓮二。図書室を利用する回数が多い私は彼とは普通に会話をする仲である。


「あまり時間を取らせる気はない、少し付き合ってはくれないだろうか」

『うん、分かった』


図書室の当番は大丈夫なのか、口には出さず思うだけに留める。場所を変えてまで話をするって事は十中八九、彼の事に違いない。大人しく柳くんの後ろを着いて行き、辿り着いた場所は選択授業などで使う特別教室。特別教室は施錠されていない事が多ので、告白スポットになっていたりする。


「さて、お前も大体は予想ついていると思うが精市の事について聞きたい」


ほらきた。予想はついていたが実際柳くんの口から予想通りの事を聞かれたら途端に心臓がばくばくと打ち始める。


「最近、精市の様子が可笑しい。心ここに在らず、といった様子だ」

『…そう、なんだ』

「お前が関係している確率が非常に高い。良かったらここ最近の出来事を教えてはくれないだろうか」


困ったように眉を下げる柳くんに彼が非常に幸村くんの心配をしている事が見て取れる。しかし私はあの事件を誰かに言うつもりは毛頭ないのだ。それに私の行動に幸村くんがいちいち振り回される訳がない。振り回すことができるのは彼女だけではないだろうか。あれから登野城さんからのアクションはなく、平和な毎日を過ごしているのだ。いや平和に過ごしていると言えば少し語弊があるかもしれない。あれから私の心は戦争後のようにごちゃごちゃになっており焼け野原見たく枯れてしまっているからだ。動物の森で言えば、スズランの花が咲く事はない。ラフレシアが咲き乱れている状態だ。

今もこれからも私の口からあの件の事は口にする事はないだろう。誰かに告げ口なんかしたらそれこそ私の人生はエンドになってしまう。柳くんには悪いけれど結局は自分が可愛いのである。


『幸村くんの今の状態に私が関係しているなんて思い過ごしだよ。そこは彼女の方に調査するのが普通なんじゃないかな?』

「残念ながらそれは考えにくい」


なぜそう言い切れるのか。私は幸村くんのことが好きだが、彼からしたら私はただのクラスメイトに過ぎない。分からない、なぜ彼は登野城さんではなく私に調査するのか。脳内がごちゃごちゃになってもう考えたくない。もう放っておいてほしい、これ以上私に関わらないでほしい。


『…もう、なにも分からないよ、もう嫌なの、関わりたくないの。ごめん』


握る拳に力が入る。柳くんに当たってしまう前にここから去ろう。何が何だか分からない。自分の気持ちも、幸村くんの現状も、柳くんの思いも。こんなごちゃごちゃな感情になるなら幸村くんと同じクラスにならない方が良かった。ぐっと下唇を噛んで足早にその場から去る。

幸い、柳くんが追いかけてくる事はなかった。