「精市、」

「あれ、バレちゃってたか」


たまたまだった。先生に用があって職員室に行ったその帰り、教室で荷物を纏めてテニスコートへ向かう途中、柳と桜田さんの姿を見かけた。

その二人の組み合わせは珍しく、少なくとも二人が話している姿なんて見たことなかった俺は二人の関係が気になって後を追った。

二人の共通点と言えば読書だが、顔を合わしている内に仲良くなったのだろうか。見た所、柳の後を桜田さんが着いて行っている状況だがどこへ行く気なんだ柳のやつ。

特別教室?告白スポットじゃないか。まさか柳、彼女の事が…


「さて、お前も大体は予想ついていると思うが精市の事について聞きたい」


柳の口から出た言葉は予想とは反したものであったが、告白でないと知りそれだけでも少し余裕が取り戻せた。

俺には登野城きららという彼女がいる。
だけど真実は違うところにある。
これについては柳にすら教えていない。教えてしまえばあの子を傷つかせてしまうかもしれないからだ。しかし流石マスターの異名は伊達ではなく、何かしらの違和感を抱えているだろう柳は彼女ではなく、桜田さんに声をかけた。

二人が話している声は、窓を開けているせいで部活に励む生徒達の声、野球部のバットにボールが当たる音、陸上の笛の音、聞きなれたテニスボールが弾む音で最初の柳の言葉以外は上手く聞こえなかった。

ただ桜田さんの苦しそうな横顔と握られた拳が目に焼きついた。

それから彼女は俺の存在に気づかないままこの教室から足早に去って行き、しばらくの沈黙が流れ冒頭に至る。


「最初から気づいてた?」

「誰かいたのは分かっていたが、ほんの一瞬髪が見えてお前だと分かった」

「そう。で、いつからなの」

「最初からだ。お前と登野城きららが付き合ったと聞いたとき、俺には違和感しかなかった」

「…気づいててよく質問してこなかったね」

「お前の事だ、何かしら事情がある事ぐらい分かる」


ほんと、この男は。
どこまでデータに基づいて考えているのか恐ろしい。


「ちなみに今回の件はデータではない。友人としての勘だ」


ガラにもなく何か込み上げてきた気がした。ここまで勘付いている事、今まで俺を気遣って触れてこなかった事、そしてこの空気。ずっとだんまり続けてる方がこの男を裏切ってしまう気がして。
何より自分の限界を感じていた。甘えて話しても良いのだろうか。柳の力を借りても良いのだろか。


「精市。何を迷っているか大体検討はつくが一番はお前の精神の安定だ。無理して言う必要もあるまい。だがお前が困っている時、力になるのが友人であり仲間だ」


口角をあげて微笑む柳に涙が出そうになった。最初から相談したかった、お前に、仲間たちに。ただ自分で解決できると思って今まで引きずってきた結果がこのザマだ。

「部活へ行くぞ」とこの場を離れようとする柳に、この機会を逃したらダメな気がして口から無意識に名前を呼んで柳の足を止めさせた。


「…他言無用で頼むよ、柳」

「無論だ」


俺たちは適当な席へ座り、話す体制、聞く体制をそれぞれ作り少しの沈黙のあと、俺はゆっくりと話し始めた。