「もしもし?」
ああ
この声…
俺の好きな、
優しくて穏やかで少し低いスンチョルの声
「シュア?」
声を聞いただけで涙が出そうになった。
自分がどれだけいっぱいいっぱいだったのかと、今気付かされる。
大事なことはいつもこの人に気付かされる。
それがなんだか癪(しゃく)で悔しいから、「そんなことはない」と俺は俺自身に言い聞かせているのだけれど、結局自分が壊れそうなときに頼るのはこの男だった。
「電話してもいい?」
「いやもうしてこられてますけど」
「あぁそっか」
「どした?なんかあったな」
「別に?」
「あーはいはいはいはい。もういいから、言え!今すぐ!」
たった三言で感情を読み取られてしまうのは彼にだけだと思う。
作り笑いも愛想を振りまくのも得意なつもりだったけど。
まるで父親のように温かい彼には、自然と心が開放的になってしまうのかもしれない。
もしかしたら、本当の父親よりも心を許しているのかもしれない。
自分でもよく分からないけど
これは俺がどうこうというより、スンチョルが凄いって話で。
「…ちょっと疲れた…かも」
「詰まってたもんなぁ」
「…ん」
「お前ちゃんと寝てる?」
「…うん」
「甘いもんばっか食ってないだろうなぁ」
「…うん」
俺が小さく返事をすると、彼はガハッと笑いながら「まぁ甘いものも必要なんだけど!」と言った。
もっと必要なものがあるんだけど。
弱ってる身体が一番欲しているものは、食べ物でも睡眠でもない。
「…ねぇ今どこ」
「俺?駅だけど」
「…は?なにしてたの」
「買い物だよ」
「へぇ」
「飯食った?」
「…ううん」
「なんか食いに行くか!」
美味しいご飯を
たしかに食べたいんだけれど
今の俺には俺とスンチョル以外の人間がいる場所で彼に会う自信がなかった。
彼を独り占めできない空間で会うなんて拷問を受けているのと同じだ。
誰かが彼を見つめたり、彼が誰かを見つめたりするのをじっと耐えているなんてことは絶対的に不可能。てか嫌。
俺しか見ちゃダメなの
「家きて」
「いいけどなんもないだろ?」
「いいからきて」
「でも俺腹減ったよ!?」
「俺も減った」
「……」
「…でも。きて」
「分かった!30分くらいで着く」
優しい
優しいなぁ…スンチョルは。
この心がスカスカになって
真っ黒に闇がかって
息苦しさを覚え始め、前を向く力がなくなってしまいそうなときが、ある。
そうならないように気を付けていても
常に気持ちが休まらない職業の自分たちには仕方のない宿命だと分かってはいても
それでも弱ってしまうときが、ある。
そんなときは決まって
彼を求めてしまうのだ、俺は…
◇
「お前、なんだその顔は!!」
「…」
「顔色わっる!ちゃんと食わねーと駄目だろ。ほら、適当に買ってきてやったから…」
「たべものじゃない」
「ん、」
「いらない、スンチョルがほしい」
「食べらんないよ?俺は」
「たべる」
「そうかそうか〜どこから食べる〜?」
「ここかな…」
彼の可愛い唇を人差し指でなぞって、顔を近づけると
冗談だと思ってたのかなんなのか知らないけど「え!?え?!マジなの??」と焦り始めた。
でも俺の目を見てどうやらマジらしい…と感じ取ってくれた彼は抵抗をやめ、大人しくキスをさせてくれた。
「……」
「…たべていい?」
「駄目だろ」
俺に押し倒されかけた身体をガバリと起き上がらせ、彼は大きな腕で俺を抱き締めた。
ちょっと今日は彼をめちゃくちゃに求めたい気分だったけれど早々に諦めた。
その強い腕に身を預け、肩口にもたれるように顔を乗せる。
深く吐いた息は、溜息となってスンチョルの耳に入って、彼はその溜息ごと包み込むように俺の後頭部を優しく撫でた。
あれぇ
あぁ
なんか…泣きそ
「…つか腹減ってんなら飯食え」
「…あなたのことを食べたいのです」
「…それは困ります」
「…スンチョルいい匂いする」
かぷ、と首筋に噛みつくと彼は小さな声を上げて驚いていた。反応が可愛いくて かぷかぷとしつこく噛み続ける。「…やめ。」とさすがに怒られた。
抱き合っているだけで不思議と心が安らかになっていく気がした。
彼の匂いも体温も声も表情も
すべてが俺を癒していくんだ。
「噛み跡付いてるーってからかわれるかもね」
「え、そんな跡付いてる!?」
「なんで嫌そうなの」
「嫌とかじゃないけど……なぁ?」
「もっとクッキリしたのもっといっぱい付けたいの、我慢してるのに」
「許されるなら全身に付けて欲しいとこだけど」
なっ?と笑う顔が憎たらしい。余裕そうで。
本気で全身に付けてやろうか…起きたら飛び上がって慌てるんだろうな、「うわあぁあ!!」とか叫びながら。
「フッ…」
「お?」
「いや。想像したら面白いなぁと思って」
「また悪戯考えついたんだろ」
「うん、ふふ…ははっ」
「あーあ、もう恐ろしい人だわ本当」
「んん?」
「でもそんな可愛く笑われたら、どんな悪戯されても許しちゃうよ。ほら俺、お前に甘いから」
そう言って微笑んだ彼の顔があまりに優しくて
思わず見惚れてしまった。
「よし!飯!!食うぞ!!」
「ん」
「いっぱい食べて大きくなれよ〜」
「撫でるな」
「んだよーさっき泣きかけてたくせに。俺に撫でられるの好きなくせにーー」
「静かにしてスンチョル」
やはり彼は
俺に欠かせない安定剤だ。
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