my angle


それでも、ぼくは1





初めから知っていた。


僕の生まれて初めての恋は、抱いた瞬間から叶わないモノになると。


初めから知っていた。


僕は男で、彼も男だってことと、
男が男に恋をするのはおかしいことなんだと。


初めから知っていた。


きっとこの気持ちは制御できるものじゃなくて
けれどすべて分かった上でも僕は彼に恋をするんだろう、と。


苦しくて、哀しくて
無謀で、おかしな恋


なんの得もない
それどころか

失うモノばかりになりそうな
そんな恋


もしかしたら何もかも無くなってしまうかもしれない


それでも。



それでも、僕は


あなたのことを


"好きだ"と、思う。

   





「あっれ寝てるわ」


リーダーの声に僕はピクリと反応し、口に含んだアルコールを音を立てないようにゆっくりと飲み込む。

皆が思い思いに注文した料理が山のようにテーブルに並んだが、それもあっという間にカラになり、僕は空いた皿と皿の隙間を見つけてグラスを置いた。


「おーい、大丈夫かー」


ゆさゆさと揺すられる肩はとても華奢で、そのまま骨組みが崩れてしまうのではないかと心配になるほど。


斜め前にいた僕の好きな人は、だらんと足を伸ばし背中を壁にもたれさせ目を瞑っていた。

白い肌は額から首にかけて紅く火照り、眉と眉の間に時折クッ…とシワを寄せる。

酒を飲み過ぎて具合が良くないということは分かった。別に僕が彼のことをずっと観察していたからとかではなくて、観察はしていたけれど、でもそうでなくても、誰が見ても"酔い潰れた"と分かる状態だった。


「…やっぱまだ調子悪かったんだな」

「え?ジョンハニヒョン??」

「どうしたの??」

「そんな飲んでた!?」


気付いたメンバーたちが続々と声をかけ始める。

リーダーは皆に向かってシーと人差し指を立て、慌てて口を紡いだメンバーたちを見て兄貴の笑顔を見せた。

そしてそのあと何故か僕の方に目を向け、


「こいつ、部屋まで運んでやってくれる?」

「…………え?」


「なんで僕…?」とつい口から出てしまって、そうすると「力持ちそうじゃん」と案外単純な答えが返ってきた。

ジョンハニヒョンを持ち上げられない人なんているのかな…と思ったけど、断る理由は勿論ないから僕は頷いて立ち上がり、火照った彼を抱き上げる。


「んじゃ、頼むわー」

「……うん」


途中で止まった時間を戻すように話をし始めたクプスヒョンのおかげで、すぐに元どおりの空気が創り出され宴会が再開された。

僕はそれを背中で感じながら、自らの腕の中で眠るこの人を部屋まで運ぶという任務だけに集中しなければ…と暗い廊下に足を進めた。

電気のついていない廊下は視界が悪いから、一歩ずつ道を確かめるように歩いていく。


「んん…」


…こけても彼だけは守らなきゃ、と防衛本能からか強くなった僕の力が強過ぎたのかもしれない。

彼は小さく呻いた。


僕は咄嗟に考えてしまった余計なことを、ブンブンと頭を振って掻き消し部屋へ向かう。

騒ぐメンバーの声が徐々に遠くなっていくと共に、彼と二人きりだという今の現状を改めて理解し始め、ゴクリと唾を飲み込んだ。






これだけ華奢な身体ならいくら男の人だろうと片手で十分に抱えられる。
部屋に到着した僕は片手で彼を抱え直し、あいた方の手でドアを開けた。

当たり前に電気のついていない部屋に、キィ…とドアの擦れる音が響き、ガチャン。と静かに閉まった瞬間視界の全てが真っ暗になる。

電気の場所は自分の部屋と同じだろうからなんとなく分かったが、一先ず彼を寝かせようと暗闇の部屋の中ベッドを目指して奥へ進んでいく。

同じく自室とだいたい同じ位置に見つけたベッドに彼を寝かせ、サイドにある小さなライトをつけると視界がオレンジ色に明るくなった。


「ジョンハニヒョン」

「……………」

「気持ち悪い?」

「……………」

「…ぁ、水…お水だ、ちょっと待ってて」


返事は聞こえなかった。

相当気分が悪いのか、眠たいのか、いずれにしてもそんなに飲んでいなかったはずなのにこうなってしまうということは彼の体調が万全じゃなかったんだろう。
そう思うと心配でいけなかった。

冷蔵庫の中のペットボトルを取り出し、冷え過ぎていたそれを両手で温めながらもう一度寝室へ向かう。

よく分からないけど冷た過ぎるのは良くないような気がした。飲むんだったら冷た過ぎるくらいがスカッとして気持ちがいいけれど。でも身体がびっくりしちゃうかもしれないから。


「ハニヒョン?大丈夫??」

「……………」

「お水、どうぞ」


自分の体温で少しの間包んだくらいじゃ大して温められなかったペットボトル、それでもキンキンではないから大丈夫かな…と蓋を開け、寝かせられてからずっと沈黙の彼の口元に近付けた。


「………いらない」


ようやく聞けた声に安心すると同時に、不安にもなった。
そんなに気持ちが悪いの?だけど気持ち悪くても水は飲んだ方がいいはずだ…

いらない、とはっきり聞こえたけれど、僕は無理やり飲ませようとペットボトルの口を彼の唇にちょん、と当てた。


「飲んで」

「……いいって」


彼が顔を背けた拍子に満杯の水がピチャリと零れ、彼の顔と枕を濡らした。
僕は慌ててペットボトルをサイドテーブルに置き、ティッシュで枕を拭く。


「…ごめんっ、大丈夫?」

「……………」

「ハニヒョン、顔濡れたでしょ?拭こう」

「………ねえ」


僕の方に向いた顔を覗くと、その目は虚だが両目ともしっかりと開いていて、彼は顎まで垂れた水をそのままに小さな口をゆっくりとあけた。



「………シない?」



響いた声は彼のものに間違いなくて、"なにを?"なんて聞き返さなくてもその声色と表情を見ればなんの誘いなのかはすぐに分かった。

分かったから困った。
僕は意味が分からなかった。

でもなんとか意味を分かろうと脳を動かした結果、酒のせいでそういう気分になっているのだろうという単純な答えに案外早く辿り着く。

まぁそうとしか考えられない。
そうじゃなきゃいくら性欲処理の為だろうが男相手に、しかもメンバー相手にそんな台詞言えるわけがないもの。

冗談なのか、本気なのかは彼にしか分からなかったけど、僕は本気にした。

だって僕は目の前で虚な瞳を潤ませ、その柔らかそうな唇をぱくぱくと動かして誘う顔にまんまと欲情してしまったから。

それは僕も酒を飲んでいたから、じゃなくて
正直そんなのは全然関係なくて、

ただ


ただ焦がれる人に誘われて、
反応しない男なんて、この世に居ないと思うんだ


「え?」


それでも僕は聞き返した。
意味が分からないながらも自分の中で考えは纏まって、どうするかも決めていたけど、それでも。


「…おれが、下でいいからさ」


察していた通りのことだったと、彼の口からしっかりと確認する。
嬉しくて、嬉しくなって、今すぐ彼に抱きついてめちゃくちゃにしたいって衝動を抑えられた僕はいつのまにかかなり大人になっていたらしい。


今までの人生で、手に入らなかったものは?と聞かれれば僕は頭を悩ますと思う。
手に入らなかったものが特別あったような記憶がないから。
というよりは、

手に入れたい、と思うものが無かったからだ。


どうしても諦めがつかなくて
あなたを手に入れる為にだったら僕は、泣いたり喚いたり怒ったり、どれだけでも子供になる。

買って欲しいおもちゃも、お菓子も、特別駄々をこねるような幼少時代ではなかったのに
いい大人になった僕は生まれて初めての駄々をこねていた。

誰に向かってでもなく
たった一人で

呆れて帰っていく母親もいないから
僕はいつまでも一人で、泣いて喚いて怒る。


欲しい


どうしても彼が


欲しい、と。



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