my angle


それでも、ぼくは3




「ジュナ!」


呼び止められた声の主は統括リーダーであるクプスヒョンだった。


「飯食ったか?」

「一応」

「一応ってなんだよー!なんか食い行かない!?」

「おなか、減ってないから…」

「減ってなくても先輩の誘いは絶対なんだよ、馬鹿」


"馬鹿"という音に、あの日の彼の怒りのこもった声がフラッシュバックする。

あれから一ヶ月が経とうとしていて
彼は次の日から何事もなかったかのように振る舞い、あの記憶を完全に消去しているように見えたから、僕も同じようにそうした。

僕の方は完全に消去はできないけれど…でもなるべく忘れようと考えないようにした。

だから今フラッシュバックしたあの声が鼓膜にズキズキと響き、痛みに耐えるように両耳を押さえ顔を顰める。


「調子、悪いんだろ」

「……いや…」

「倒れる前にエネルギー取っとかなきゃ」

「……はい」

「着替えてこいよ」

「……うん」

「……」


心配をかけちゃいけない。
どれだけ悩んだって行き着くゴールは決まっているんだから、悩むだけ無駄だ。

それなら周りのメンバーに気を遣わせちゃ駄目だ…僕一人のおかしな感情のせいで。

美味しいものを食べて、楽しい話をして

違うことで心を満たせばあの人のことを考える隙間を無くせるはずだ、きっと。


「ジョンハンも呼んだからな」


「………………」


振り返った先のクプスヒョンの顔に、いつもの笑顔はなかった。


「お前ら、なんかあったろ」

「…ちがっ…ハニヒョンはなにも…」

「なにがあってもいいよ。ただお前らの苦しそうな姿見るのはもうしんどい」

「……っ…」

「シュアも呼んでるから。4人で飯だ」

「…やっぱ行かない」

「もう無理でーす、行くって言っちゃったもーん」


ジョンハニヒョンにも…?
と、聞こうとしたけど怖くて聞けなかった。
僕が来るって聞いたらきっと彼は来ないよ…

普通通りに振る舞っていると言っても、彼が僕から距離を取っているのは目に見えて分かった。
距離を取られている本人の僕は勿論だが、察しのいい数人のメンバーからも「何かあったのか」と
聞かれるくらいだ。そのくらい分かりやすく避けられていた。

話しかければ普通に返事をしてくれるが、目は合わない。

そんな僕が来るなんて聞いたら彼はきっと
「行かない」、そう言って部屋に篭っているだろう。








「……三人じゃなかったの」

「いやたまたま見つけたから誘ったんだけど。なんか問題あった?」

「……べつに」


たまたま見つけられたから誘われたのか僕は。

連れて行かれた店の個室には、ジョンハニヒョンとシュアヒョンが先に到着していて、後からそこへ入った僕は迷わずシュアヒョンの隣に座り、それを見てやれやれと呆れ笑いを零しながらクプスヒョンは最後に腰掛けた。


「まぁ飲みなよ」

「だな。飲まなきゃやってらんない」

「お前はさぁー…なんでそんな言い方しかできないの?」


僕は確実に要らない存在だった。

きっとこの三人だけの方が美味しいご飯もお酒も飲めたはずだろうに、僕の存在のせいでジョンハニヒョンは怒っていて、そんなジョンハニヒョンにクプスヒョンは呆れていて、とても空気がピリついている。

唯一シュアヒョンはその空気に触れず、「ジュニはどうする?」とドリンクメニューを差し出してくれた。


「…ぁ、えっと…」

「酒飲むなよお前は」


冷たく言い放たれた声は紛れもなくあの朝と同じ種類の、僕を軽蔑した声だった。


「だーかーらー!お前はなんでそんな冷たくするのって!」

「煩いクプス」

「なにに怒ってんだよ、いつまで怒ってんだよ」

「クプスには関係ない」

「関係あるわ!!」

「ふん」


二人の言い合いを目で追っていると、「なに頼む?」と再び聞かれて
僕が小さな声で烏龍茶と伝えると、シュアヒョンはキュッと口角を上げて優しく微笑んでくれた。


美味しそうな料理が運ばれてきても、僕は1ミリも食欲が湧かなかったし烏龍茶も全く減らない。

基本的にはヒョンたち三人の会話で場が持つから、特別沈黙で気まずくなることはなかったけれど
それでもふいに斜め前に座る彼と目が合っては逸らされ、僕も遅れて俯向く、そんな流れが数回あった。

嫌われている自覚があるのに彼の方を見ていた理由は、彼が酒を飲むペースがいつもよりも早かったから。

僕はもう随分前から彼のことを観察する癖がついていて、今日はいつもより特別ペースが早いと思った。
体調が良いのかもしれない。もしくは酔わなきゃ普通に喋れないくらい僕のことが嫌いなのかもしれない。

どちらにしても心配だった。


「飲み過ぎだよ、ジョンハン」

「…大丈夫だし…べつに」

「また酔って潰れたら、弟に迷惑かけるよ?」

「……はぁ…?」


ヒヤリ、背筋が凍った。

いったいどこまで覚えいるのかは分からないが、あの朝の様子だと記憶が全くないような状態に見えた。

酒に潰れて、僕に運ばれて、酔った勢いだとはいえ誘ったのは彼の方からだったはずだ。
別に酔ってもいないのにその誘いにまんまと乗ってしまった僕が悪いのには間違いないけれど。

その事実を、なんで忘れてるんだよ…って気持ちと
まったく覚えていなくて助かったって気持ちが同じくらい、…いや覚えていなくて助かった、の方が大きかった。

取り返しのつかないことをしてしまった自覚はあったし、日に日に後悔の念に苛まれていたから。

もういっそこのまま
死ぬまで思い出さずに、なにもなかったみたいに過ごしていくのが一番穏やかだろうと思った。

だからシュアヒョンが今、あの日の彼の状態を匂わすようなことを言ったのに僕は焦った。


「……迷惑かけられたのはこっちだよ」

「……………」


チラリ、彼は僕を睨み溜息を吐いた。


「…んあーー…シュアのせいでなんか気分悪くなってきた」

「俺のせいなわけない」

「先に帰る」

「おい、一人じゃ無理だって…、ジュニと一緒に帰れよ!」

「なんでだよ!嫌だ!!」


あぁ…あの日と同じだ。

普段あんなにも落ち着いている彼が荒げた子供みたいな声。

僕は嫌われているんだ

泣いて喚いて駄々をこねてでも
どうにかして彼を手に入れたかった。

この世で一番の気持ちを、余すことなく彼に捧げたかった。

いつから抱いたのか忘れてしまうくらい昔から、僕は彼のことが好きだった。

嫌われてしまった今も、

彼に拒否をされて、背中を向けられて、どんどん遠いところへ行ってしまっても

それでも、僕はどうしても彼のことが好きだったんだ





「…ごめん、なさい」

「なんでお前が謝るんだよ…あいつが悪いだろ、どう考えても」


結局気分が悪いと怒った彼はシュアヒョンの腕を無理やり引き、一緒に帰っていった。

残された空間に、
余った料理と、溜息が止まらないクプスヒョンと、一杯目から全然減っていない僕の烏龍茶。


「…本当は、さ」

「………?」

「本当はハニ…あいつ、嫌ってなんかないんだよ。お前のこと」

「…僕は嫌われてるよ」

「なんつーかな分かりにくいんだ、あー…いや、もはや俺からしたら分かりやすいんだけどね」

「…………」

「嫌ってたらあんな態度とらないよ。本気で拒絶してる相手には逆に繕って笑ってんの、残酷なくらい感情のない笑顔でな」

「…………」

「お前のこと、嫌いになろうとしてるのか…もしくは」

「……もしくは…?」

「お前に、"嫌われたい"んじゃないかな」


嫌われたい…?

もしも本当にそうだというのなら、何故なのかが知りたい。
何故彼は僕に嫌われたいのか。単純に考えれば、僕に好かれているのがイヤだから、か?

彼の気持ちが分からない…
彼の気持ちを知りたい…

クプスヒョンがかけてくれた言葉で少し心が救われた僕は、ようやく烏龍茶を口に運び、乾いた口内を湿らす程度含んで飲み込んだ。


「よーやく飲んだな」

「……えっ」

「それ飲んだら俺らも帰ろう。あいつには俺からもよく言っとくよ」

「…あり、がと、クプスヒョン…」








自室に帰り、シャワーを浴びてから僕は髪も乾かずにベッドに寝転がった。

無機質な天井をぼーっと見つめ思い浮かぶのはやはり彼の顔だった。

シュアヒョンに連れて帰ってもらっていたから無事に帰れてるだろうけど、それにしてもかなりの量飲んでたから心配だなぁと…


「………………」


もし彼が、酔ったらああなる人なんだったら
相手は誰でもよくてただそういう気分を満たしたいだけの人なんだったら

今までいったい何人の人を相手にあんなことしてきたんだろう?

彼を介抱したのがあの日はたまたま僕だったけれど、僕じゃなかったら……僕じゃない他のメンバーが、今頃こんな風に頭を悩ませているのか。
…いや、そもそもあの挑発に乗らないか…普通。

彼の言う通り、僕は呆れるほど馬鹿だと思う。

後先考えずにしてしまった行動で自らを苦しめるだけならまだしも、ヒョンたちにも迷惑をかけて、なにより好きな人に嫌な思いをさせて、本当にもう何もかも失ってしまいそうだ…

そのくせ、まだ往生際悪くあの人のことが好きで

なんなら、今もシュアヒョン相手に同じようなことしてるのかなとか考えて嫉妬して苛立って心が乱暴になる。


「……嫌いに、なれるなら」


なりたいよ


どれだけラクだろう
この想いをすべて断ち切れたら。

この日僕は初めて、

彼のことを想って泣いた。




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