「………え?」
「……………」
「…どうし…たの…?」
「悪かった、冷たくして」
「………いやそんな…」
「じゃ」
「…あっ」
ある日の朝、部屋のドアがドンドンドンドンッと乱暴に叩かれ僕は起こされた。
慌てて来客を確認しにいくと、今僕の部屋に一番訪ねて来なさそうな人が仏頂面で立ち尽くしていて
その表情のまま彼は謝り、僕の言葉を待たずにスタスタと帰っていってしまった。
寝起きで頭が回っていないから余計に何が起きたのか理解できなくて、やっと覚醒して廊下に出るともう彼の姿は見えなくなっていた。
「……………」
僕は彼の行動の意図がいまいち分からなくて頭を悩ませたが、あぁクプスヒョンたちに言われたのかな…とすぐに気付いた。
あきらかに自分が悪いと思って謝っている表情ではなく、謝ってやってる感が凄かったから…
それでも久しぶりに彼と目があって僕は嬉しかった。
けして以前までの優しい表情ではないけれど、それでも彼の視界に入れたことがとても嬉しい。
僕はいつもよりも幸せな気分で朝を迎え、着替えたのちに朝食へ向かった。
「おはよう、ジュナ」
「おはよう」
シュアヒョンは僕の隣に腰掛け、キツネ色に焼けたトーストをパクリとかじる。
「…あの」
「ん?」
「…なんだか……迷惑かけてしまって、ごめんなさい」
「ん、なんにもかかってないよ?俺には」
彼は目を細めて笑いながら、「クプスがおせっかいなんだよ」とミルクを口に含んだ。
「さっきもまた怒られてた。朝食抜きだって」
「…ジョンハニヒョン?」
「仲直りしてこいって言ったろーーって」
「…あぁ朝の…」
「拗れてるよねぇ、あの人」
「…僕のせいだから」
「………。今日は練習昼からだよね、しっかり食べたら部屋でゆっくりしときなよ」
僕より後に食べ始めたシュアヒョンの方が先に食べ終わり、席を立った。
僕も冷めて固くなった残りのトーストを食べ切って自室へ戻った。
◆
昼からの練習も終わり、同期メンバーから夕食に誘われたが断った。
風呂に入ってぼーっとしてたらもう21時を過ぎていて、今日という日も彼に関わることなく後3時間で終わってしまう。
…あぁだけど今朝は久しぶりに言葉を交わせたのか…
最近の中じゃ関われた方だったのかもしれないな。
一人でいるといけない
考えない方がいいことばかり考えてしまう
このままの状態が続いたら、今察していないメンバーたちも気付き始めてグループ内の雰囲気が悪くなって、もしかしたら……
僕のせいでそんなことになったら、どうしたって責任の取れない大変なことになる。
いろんな人を巻き込んで。
もう居なくなった方が…いいのかなとか一番最悪の場合を想定してみる
僕が居るからジョンハニヒョンはああなんだ
僕さえ彼の目の前から消えればきっと元どおりの彼が戻ってくる
今までどおりの皆んなの日常が戻ってくる
「…え」
一番考えなようにしていたことが
つい頭に過ぎってしまった僕の目を覚まさせるように、部屋をノックする荒々しい音が響いた。
ドンドンドンドンドンッ
朝と同じだ。
そのドアの先に誰が居るのかもきっと想像通りだと思う。
僕は恐る恐る近付き、うるさい鼓動を落ち着かせながらドアを開けた。
「……ジョンハニヒョン」
「……入る」
「え?」
今朝は二言だけ喋って消えてしまった彼が、今夜は僕の部屋の中へ僕を押し除けるようにして入ってきた。
突然のことに混乱する。
「…ど、どうし…」
「クプスが煩いから」
「……あ…朝食抜きだったって」
「食べたよ。聞くわけないだろ」
「…そっ…か、よかった」
大丈夫
普通に会話できてる…
窓際の椅子にドスンと腰掛けた彼は、両腕を大きく開いて脚を組み、王様のような格好で僕を見上げた。
立ち尽くし、おろおろとしている僕に「座れよ」と声をかけた顔は怒っているようにも見えたが、声色は最近向けられた中では一番穏やかだったように思う。
「あの日のこと、覚えてんの?」
いきなりその話が飛んでくるとは思っていなかったから僕はギョッと目を見開き、喉から変な声を出した。
「覚えてんのかって」
これは正直に言うべきなのか、それとも嘘でも記憶がないと言うべきなのかどっちなんだろう…
頭の中でぐるぐると考えた結果僕は一番ずるい方法を選んだ。
「…ジョンハニヒョンは…覚えてるの?」
「まずおまえが答えろ」
「…てことは覚えてるの?」
「だからおれが先に質問してんだよ!」
「僕は覚えてるよ」
…あ。
口を滑らす、ってこういうことなのか
本当に滑るように言葉が漏れてしまった。
僕は嘘ではなく本当のことを言った。
本当は、何度も忘れようとしたけど忘れられなくて、今もすべて覚えていたから。
「……ジョンハニヒョンは覚えてるの?」
今度は僕の番になったはずだから質問してみると、彼は黙ってしまった。
王様のような格好も徐々に丸まっていき、最終的に今は椅子の上で膝を抱えて小さく縮こまっている。
こういう人なのだ。
偉そうだし、たしかに我儘だし、思い通りにいかないとイライラする自分勝手な人
けれどそれよりも僕は
繊細で、壊れやすくて、愛情深く優しい人という印象の方が強い。
愛情深く優しいこの人に幾度となく助けられてきたから
繊細で壊れやすいこの人のことは僕が助けてあげたいと思った。
「…おぼえて、ない」
「……そうだよね」
「…なんでおまえ覚えてんだよ…忘れろよ」
「……」
「おまえだけ覚えてんのむかつく…」
彼はそう言って悔しそうに下唇を噛んだ。
僕はそれを見て、自分でも知らない自分の中のなにかが覚醒し始めるのに気付く。
気付いた、けど
気付いたからといってその覚醒を止める方法が分からなかった。
「思い出させてあげようか?」
「………は?」
強気な目で睨み返してくるが、低い声を聞いて彼が怯えているのを僕はすぐに見破った。
「僕だけ覚えてるのが、嫌なんだよね」
「……何言ってんの、馬鹿じゃない」
「嫌ならいい」
「嫌に決まってんだろ」
「それならいい。僕は全部覚えてるけど」
「…………」
「知らないままがいいなら、それでいい」
「……………」
正直その時の記憶はあまりないけど、おそらく僕なりの最後の賭けだったんだろうと思う。
もう、すべてを失うことを覚悟で
それでも、それでも、僕は手に入れたかった
「あの日と同じこと、してあげられるよ」
「………上等だよ」
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