my angle


かなわなくてもfinal





「シュア!シュア!!起きてるか!?」


まぁとにかくこの日の俺は冷静じゃなかった。
宿舎に着くなり彼の部屋まで一目散に走り、扉をドンドンドンと叩きながら廊下に響き渡るくらい大きな声で彼の名を呼んだ。

この宿舎には俺とシュア以外の皆んなも居ることとか
この部屋にはシュアだけじゃなく有能なルームメイトが居ることとか、そういうのも全部分かっているはずなのに考えられなかった。

ノックを続け叫び続けていると、部屋の中から物音が聞こえる。
動きを止め扉に耳をくっつけると足音が近付いてくるのが聞こえて、少しだけ隙間のできた扉に手をかけ俺は急く気持ちを力に込めてこじ開けた。


「…っな」

「シュア悪い!俺約束してたのに本当にごめん!!もしお前さえ良ければ今からちゃんと、」

「ばかばかばか…ちょっと黙って」

「…えっ、あっ…」

「…しー」

「………っわ……るい」


彼は深く溜息を吐き、俺の身体の向きを変えるように背中を押した。


「…場所考えなよ。らしくないな」

「…ごめ、ん……冷静じゃなかった」


久しぶりに触れられたからか
彼の手が乗せられている背中がもの凄く熱い…


「汗すっごい」

「…走って、きたから」

「いつでも話せるでしょ別に」

「今日って、約束したろ」

「…」

「…な」

「……仕事は仕方ないじゃん」


背中に乗せられた手が離れていく…
俺はそれが無性に寂しくていけなかった。



運よく他のメンバーに見つからなかったからいいが、あらためて馬鹿すぎたと、落ち着いた今なら分かる。
話すとしたって場所を考えろよ場所を…
こんな話、誰にも聞かれるわけにいかないんだから
なんて勢い任せの行動だったんだろうか…馬鹿すぎる


「馬鹿すぎる」

「…俺も今そう思ってた」


俺の部屋の扉を開き、先に部屋の中へ入っていったジョシュアはデスクの椅子に腰掛けた。
遅れて後を追った俺はその目の前に立ち尽くす。


「…で?」

「…あ」

「話があるんだよね?」

「……あぁうん、そう…なんだけど」

「なに?」

「……うん」


額からツー…と垂れる汗を右腕で拭う。


「……シュア…俺、が……こないだ言ったこと、な」

「うん」

「…撤回する」

「ねぇ、そんなに俺のこと嫌いになりたい?」

「や、違う!それじゃなくて…あの、もうお前のこと好きなのやめる…ってやつ」

「……え」

「…の、ほう」

「……なんだ…そっちか」


自惚れでなければ


「………」


一瞬、微笑んだ彼の表情が
嬉しそうに…安心したように…見えた。


お前…
気持ち悪くないの?
俺お前のこと好きなんだよ、そういう対象で見てるんだよ?
気持ち悪いって突き放してよ
諦めてくれって、言ってくれよ
なんかそんな顔されたら俺…

ちょっとだけ

期待しちゃうじゃん


「…俺はねスンチョル」

「…」


ゆらゆらと…視線を揺らしながら顔を上げた彼と目が合って
俺は息を飲んだ。


「スンチョルのことそんな目で見たことは一度もない」

「は!?」

「ただの一度もなかった」

「おまっ、…は!?いやドキドキ返せよ馬鹿!俺めっちゃ恥ずかしいじゃん!!」

「いやいや最後まで聞いて」

「…っ」

「なかった、の。一度もなかった。でも今は」


…………エ?


「今はね。少しだけ見てる」

「…」

「気がする」

「お前…なに言ってんの」


なにこれドッキリ?

誰かこの部屋に潜んで見てるんだきっと

俺が嬉しがって飛び跳ねて喜ぶのを待ってるんだ

そうじゃなきゃおかしいこんなの絶対に


「なにって…告白の返事だけど」

「…いや貰ったし」

「ちゃんとは言ってない」


なんだよ…
なにを言おうとしてるんだよ…

お前は


「あれからアナタのことが気になって仕方ないです」

「…………」

「どうすればいい?」

「…いや、え?」

「こういうのはよく分かんないけど…俺」

「…」

「…教えてくれたら覚えるから」

「……待ってくれ…」

「俺のこと好きなの…やめないでほしい」

「シュアお前…正気?」

「困ったことに」


どんな思考だよ
なにがあってそうなったんだよ
俺は初めてコイツのことがなにも分からなくなった


『好きなのやめないでほしい』って…言ったの?
ねぇお前本気で言ってる?俺馬鹿だからそのまま信じちゃうよ…ドッキリならそろそろネタバラシしてくれないとマジで俺…

泣いちゃうよ……


「なんで泣く!?」

「いや泣いてない…」

「いやいや泣いてるから!ほら!」

「…お…まえが……優しいから…嬉しいこと言ってくれるから…おれ」


…おれ…もう…
なにがなんだか分かんない


「…けどめっちゃ嬉しいっ…」

「…子供みたいな泣き方しないでよ」


子供でもなんでもいいわ…もう
お前がどれだけ悩んでその答えを出してくれたのか、今の言葉に辿り着くまでどのくらい俺のことを考えてくれたのか…
そんなことを想像するだけでまた気持ちがいっぱいになって、胸が苦しくなる。

思わず流れた涙を慌てて拭い、俺はジョシュアを見上げるように座り込んだ。


「信じていいんだよな…?今の言葉」

「…う、うん」

「ヨッシャーーーーーッッ!!!」

「うわっ、ちょっ…と、何!?」


たまらず彼を抱きしめる。
胸いっぱいの想いを全部ぶつけるように力を込めて。

腕の中でジタバタと暴れる彼はとても迷惑そうな声を出していたが途中から諦め俺に身を委ね、スリスリ擦り付ける俺の頭を「よしよし」と優しく撫でてくれた。


「…もう怖くないか?」

「…ん?」

「俺のこと…警戒してたろ?」

「……警戒なんてしてないよ」

「でも俺が好きって言ったとき…さ」

「…」

「離れてって」

「………あー…」


「あれは…」と、
俺の肩口に顔を埋め、彼はその表情を隠した。

耳にかかる彼の吐息はもの凄く熱っぽくて、小さく吐かれた溜息が鼓膜に入ってきた瞬間俺はゴクリと唾を飲んだ。

自分の感情が今にもパンクしてしまいそうで
自分で自分が怖かった


「…恥ずかしくなっただけ」


あ…
やばい


「……スンチョルに触られるのが…」


いや…


「…恥ずかしかった」

「そうか」

「………」

「…安心した。よかった」


もうとっくに限界だったし
衝動的な感情を止める方法が分からないくらい、俺がもう少しだけ若かったら、きっと後悔しか生まない行動をとってしまっていたと思う。

勢いに任せて好きだと感情をぶつけるには早すぎる。
せっかく彼が時間をかけて丁寧に慎重に導き出してくれた気持ちなのだから、俺はその気持ちを彼と同じくらい大切に受け取りたい…

俺にはもったいないくらいのジョシュアの気持ちを


「ありがとな、シュア」

「……ん」

「…なんか」

「なんかお腹すいた」

「あっそうだ俺…あれ買ってきてたんだよ!」

「あれって?」

「どこやったっけ…」


キョロキョロと部屋の中を見渡すと、扉のそばに鞄と一緒に放られていた紙袋を見つける。

あーーー!!と大声を出しながら駆け寄り、慌ててそれを拾い上げて中身を確認すると、お姉さんが上手に包んでくれたピーカンパイがボロボロに崩れてそれはもうとてもじゃないけど食べれるような状態じゃなかった。


「シュア!シュア!!ペカンパイが!!」

「ペカンパイ?また買ってきたの?」

「けど…ぐちゃぐちゃ」

「食べたら一緒だよ」

「見て」

「食べ………たら一緒だよ」

「いやお前食べる気なくしたろ」

「てかこないだ食べてないでしょ?食べなよ」

「お腹すいたって言ってたくせに!食べる気なくしてるじゃん!!」


俺の手から紙袋を奪い取った彼は、中で崩れてしまったピーカンパイのカケラを取り出して俺の口に無理矢理突っ込んだ。
細かくなったパイの部分がカサカサと喉に擦れて咽せる。


「なははははっ」

「…っおま、ゴホッ…ゴホッゴホッ…」


悪魔の尻尾が生えたジョシュアを涙目で睨みつけると、それはそれは楽しそうに笑っている顔があって
…あぁコイツのこういう顔久しぶりに見たなぁ…と切なくなった。
切なくなったけど、俺やっぱりお前のその笑顔が大好きなんだよ、って温かくなった。


「なに笑ってるの?」

「…いーや別に」

「大丈夫?水飲む?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ俺部屋戻るね」

「うん。ありがとな、本当に!」


彼は照れくさそうに微笑んで、「おやすみ」と呟き部屋を出て行った。
俺はその扉をしばらく立ったまま見つめ、この数分の幸せな時間を思い出してまた嬉しくなって
ニヤける口を隠すように下唇を噛んだ。


「…うそみたい」









「どうなったの?お前たち」


どうなったのと聞かれたら返答に困る。
だってどうなったわけでもなくて、関係が今までと変わったわけでもないから。

『ただ俺の気持ちをジョシュアが受け入れてくれた』
それだけなんだけど、俺にとってはそれ"だけ"なんてもんじゃない、もう奇跡みたいなことで。
今でも信じられないし彼が言ってくれた言葉を思い出すと嬉しくなって暴れそうになる。


「いいんだよ幸せだから」

「甘い」

「…え?」

「甘いねクプス。そんなんでいいの?しっかり繋ぎとめときなよ、シュアの気持ちが変わんないうちに」

「繋ぎとめる権利もないし、方法も分からないよ俺は」


ジョンハンは呆れたように溜息を吐き立ち上がった。
俺の肩をポンポンと叩いて「まぁよかったじゃん」と口を閉じたまま微笑んで部屋を後にした。


思い出してみると俺は、アイツのことが好きだったけれど、だからどうなりたいとかそういうのはなかったような気がする。
付き合うとか恋人同士になりたいとか、勿論叶うなら叶えたいけどそういう"形"よりも"気持ち"の面で通じ合いたかったから…

好きという気持ちが止まらなかったのは確かだし
特別な目で見てるのも本当だった。
アイツにこの気持ちを伝えたいとか
アイツにも特別に思われたいとかそういうのは願ったけれど…

恋愛においての正解というのは、誰に聞けば答えを教えてもらえるのだろう?

片思いが実った、というのは、恋人同士になるということ?

シュアは俺にそんなこと一言も言わなかった
俺も言わなかった

じゃあ…俺のこの片思いは叶ってないってことか?

だけど俺
めちゃくちゃ幸せなんだけど今…


「ん…??」


どうしたらいいんだろう
いや…どうしなくてもいいのか

今のままでも全然


「クプスヒョン!」

「はいっ?!」


……扉の隙間から覗かせる無邪気な笑顔と小さな身体。
突然かけられた声に驚いてしまった俺にディノの方も驚いていた。


「考え事?」

「あぁいや、ビックリしただけ…ごめんな」

「歌詞のことで気になったところがあったんだけど、この…」

「ディノ」

「はい?」

「お前は恋をしたことがあるか」


ぽかんと開いたマンネの口から大きなハテナマークがもくもくと出現してくる。
だが俺は続ける。申し訳ないけど続ける。お前は俺より何倍も冷静で賢いから。


「なにを言い出すの…ヒョン」

「真剣に聞いてる」

「僕歌詞のことで」

「それも聞く。でもまず答えてくれ俺の質問に」


どうしたってこの話題から逃れられないと悟ったディノは、持ってきた譜面を折りたたみ俺と向かい合うように座った。


「好きな人とかはいたけど…」

「その子とはどうなった!?」

「…子供の頃の話だし」

「お前の片思いだったの?」

「うん。でも相手も好きって言ってた」

「じゃあ片思いが叶ったんじゃん!」

「叶ったって言うのかな?それ」

「……言わないの…?」

「お付き合いをしたわけでもないしね」

「つ、付き合わなかったとしてもさっ、」

「グープースーヒョーーン…なんでこんな話してるの僕たち」


ハッ…と我に返ると、じっとりと不満そうに俺を見上げるディノと目が合い、俺は慌てて彼の差し出してきた譜面を受け取る。
一番年下の弟になにを相談してるんだ…


「ここなんだけど、」

「うんうん…」









結局
あれから俺たちの関係は特別変わっていない

けれどそれが、もどかしいこともなく
不思議とそれ以上を求める自分も居なくて、なんなら今のこの感じが心地良いとすら感じていた。

だからたとえ、この先もずっと
このままなにも変わらなかったとしても
それでもいいと思った。
付き合うとかいうのはきっと現実問題難しいだろうしそうじゃなくても俺の気持ちが彼に伝わって、彼がそれを受け入れてくれたという事実だけでもう充分だった。


「クプス〜。さっき買ってきたピザ冷たくて全然美味しくなかった…お腹空いてたのに最悪」

「温めなかったの?」

「買いたてなんだから冷たいなんて思わないじゃん!生地もかったいしさ…」

「そりゃ最悪だったな〜」

「だから今度美味しいピザをご馳走してください」

「お前それ言いにきただけだろ」

「受け取り方変えたらデートのお誘いに聞こえない?」

「…そう考えたらめっちゃイイな」

「ちょろいな」


長年の片思いが叶ったのか?と聞かれたら叶ってないのかもしれない。
なにがゴールで、なにが正解なのかは分からないけれど俺たちは付き合っているわけでも恋人同士なわけでもない。

だけど、二人しか知らない気持ちがあって
それはきっとどんな形よりも特別なものだと思うから

誰かがそんなのおかしいって言ったって
俺はそれでもいいんだって笑うと思う。
叶わない恋のままでいいの?って言われても
それでもいいってまた笑うと思う。


アイツが俺の気持ちを知ってて
俺もアイツの気持ちを知ってる
これ以上の奇跡も幸せも、もうない…


「いつにする?」

「明日」

「…いや今日ピザ食ったんだろ」

「早いとこ上書きしたいんだよ…それにしても美味しくなかった」


当たり前のように過ぎていく時間が心地良い
いつも通りの日常の中に彼が居るのが愛おしい…

温め続けたシュアへの気持ちも
想い続けたシュアのことも
この奇跡も幸せも、すべて

自分の一生をかけて守り続けていきたいって

今願うことは、それだけだ





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