my angle


かなわなくても5




「それは引くわー」


悪魔は容赦なく俺の心を抉る。


「ゴミは捨てなよ」

「…本当な」

「しかもそれ見つかるって最悪だねぇ」

「…それな」


自分でもそう思っていたけれど人から言われるとあらためて落ち込む。
そうだよな普通引くよな、でもあんなの捨てられる?ゴミじゃないもん俺にとったら…

お疲れ様、というたった一言でも
書いてくれたシュアの気持ちが確実にあのアイスの蓋に乗っかってるはずで、俺はそれが嬉しくてたまらなかったんだ。


「大丈夫だよ、俺は引くけどシュアは優しいから。俺は引くけどね」

「…慰めてくれてんのか虐めてんのかどっち」

「慰めてるつもり」

「……本当かよぉ…」


今回は俺から声をかけたわけではない。
コイツの方から「ちょっと時間作って」なんて言われたから、きっと何か言いたい話があるんだろうと、例えばこないだ俺が無理矢理部屋に押し入ったことへの愚痴とか?ジュニとの惚気話とか?そんなのを聞かされるんだと覚悟して来たのに。

彼が聞いてくるのは俺とシュアのことばかりで、悪態つきながらも心配してくれていたんだなぁ…と思うと、もう悪魔だなんて言えないと思った…けど今再び思いかけてしまった。


「クプスはなんで話し合おうとしないの?」

「…いやぁ」

「なんでシュアを遠ざけるの?」

「…そっちの方がいいだろうから」

「なんで」

「アイツの為にも、俺の為にも…みんなの為にも」

「……なんか聞いたことある話だね」


え?と顔を上げると、彼は「ううん気にしないで」と軽く頭を振りドリンクメニューに目を通す。

しかし本当にどうしたらいいのか…
これからのことを考えるとマイナスなことしか頭に浮かばなくて嫌になる。

伝えたい衝動に負けて告白した結果振られたんだから、どうするもなにもただ俺がアイツへの気持ちに諦めをつけて前に進むしかないのだけど…
そうしようと思って、今自分の感情の整理をしている最中なんだけれども……

『この話は保留』とジョシュアは言った。
先延ばしにすればするほどお前はまた苦しむんじゃないのか?
『俺の気が済まない』とも言ってたな…
……え、もしかして…俺ボコボコにされる…?
保留期間って体鍛える期間ってことじゃないの…いや無理無理絶対負ける、死んじゃう…


「シュアもクプスのことナシじゃないなーって思ってたりして」

「……へ」

「告白されてから相手のこと意識し始めるってケースよくあるじゃん。気付かないフリをしてたけど好きって言われてから自分の気持ちにやっと気付く的な」

「……ありえないだろ」

「俺みたいに」

「…お前とシュアは違うんだよ」

「まぁね。でも俺より面倒くさくないと思うけど」

「………」

「シュアは」


コイツが自ら自分のことをそんな風に言うのは珍しい。
捻くれた性格だって全然気付いてないもんだと思ってたけど、お前ちゃんと自分でも分かってたんだな…
えらい…えらいぞジョンハン……


「…じゃなくて、そもそもお前はジュニへの特別な気持ちがあったわけでシュアはそうじゃないってこと」

「いやでもジュニの方が先に俺のこと好きになったからね」

「…まぁそうだとしても」

「そうだよ」

「…うん、もうそこはどっちでもいいんだけど」

「俺が後」

「分かった分かった、そうだな。
でも結局は互いに惹かれたわけだろ?シュアは俺に対してそんな気持ち一度だって抱いたことないよ」

「そんなの分かんないじゃん」

「分かるよ」

「なんで」

「俺はアイツのことなんでも分かる」

「中身まで全部?」


ゴトンッ、とグラスを強めに置く音と共にジョンハンの鋭い声が聞こえて俺は俯いた。

何も言えなかった
中身まで全部見えたことなんて一度もない…
分からない、すべて想像でしか。

もしかしたらシュアも俺のこと考えてくれてるのかもしれないとか、もしかしたらシュアも俺のこと意識してくれてるのかもしれないとか

もしかしたら、っていうのを自分の都合のいいように考えると嬉しくなってしまうんだけど、それが逆に怖い。
そうじゃなかった時に襲ってくる悲しみが倍になる気がするから、俺は自分都合の想像はイイことないと思う。


「思ってるだけじゃ伝わらないし。クプスがこんな風に考えてるってこともね」


…その通りだ。分かってる
俺が伝えたのは『好きだ』という一方的な気持ちと、
『忘れてくれ』という一方的な強がりだけで。


「シュアの気持ちも聞いてみなきゃ分からない。今どう思ってる?って。これからどうしていこうかって」


あのとき
俺が勢いでアイツに告白をしてしまった朝のアイツはえらく戸惑っていた、当たり前だけど…
そんな中で出してくれた返事は『No』だった。きっとその日からずっと悩ませてしまっていたのには違いないし、悩んだ結果今彼が何を思っているのかは俺には分からない。

分からない、くせに
決めつけて

歩み寄ろうとしてくれた彼を、遠ざけて


「……こわかった…んだ…おれ」

「…」

「……アイツに…これ以上嫌われるのとか…きょ、拒否されるのとか」

「…ん」

「………」

「分かるよクプス」




" それ全部、ちゃんと伝えないとね "










「…お、おはよ!」

「おはよう」

「今日夜時間あるか?…少しでいいから」

「……」

「こないだは…曖昧にして悪かった」

「……ご飯食べ終わったら行く」

「…ごめんな」


じゃあね、と彼は俺の横を通り過ぎて皆んなの元へと向かった。
俺はしばらくその場から動けず、立ち尽くしたまま心臓に手を当てる。


自分が勝手に抱いた感情だ
自分が勝手に伝えた気持ちだ
全部俺の"勝手"がもたらした現状だ

最後を曖昧にするなんて卑怯だ
傷つきたくない、なんて言って逃げない
アイツの為だ、なんて言い訳はもうしない

俺は俺の気持ちをちゃんと、全部伝えて
アイツの気持ちをちゃんと、全部聞かなきゃ

「好きなのはやめる。もう忘れてくれ」って、最後まで勝手なことを言ってしまった自分を深く反省した。
そんなこと思ってもないくせに。

この自分勝手な恋をどうやって終わらせて、これからどうしていくのかは二人で決めなきゃいけない

俺はずっと勝手だった

せめて最後くらいは、アイツの気持ちを優先したい
アイツの望むようにしたい

どんなことしたって償いきれないくらい、俺はアイツを苦しめてしまったから


「………シュア」


もう


解放してやりたい









『今からだ』

「…今、からですか」


失敗した
出なければよかった…と
そう気付くのはいつも通話ボタンを押したあとで。


「…いやもう上がってはいるんですけど」

『マネージャーももう着いてるから。あとはお前だけだ。なるべく早くな』
 
「あ、いや今日は、」


……なんて言うつもりだ俺


『どうした?』

「…いえ分かりました。急いで向かいます」


電話が切れた瞬間すぐにタクシーを呼び、到着するまでに着替えを済ませ荷物を纏める。
10分もしないうちに来てくれたタクシーに飛び乗り行き先を伝えた後、俺は再び携帯を取り出して彼の名前を探した。


「すみません、ちょっと電話してもいいですか?」


運転手に断り電話をかけてみるが、どれだけ呼び出しても応答はなかった。
彼の方ももう終わっているはずだけど晩飯を食べているのか風呂に入っているのか、もしかしたら自主練中なのかも…と心当たりはいくらでも見つかる。

本当は電話で伝えた方がいいことは分かっていたけれど、たちまちこうなってしまった状況を文字で打ち込んで送った。

時刻を確認すると20時17分。
急な会議だしそんなに長引くことはないだろう…頼むそうであってくれ、いやそうじゃないと困る

今日は…
今日だけは


「……なんで…っ」


なんでよりによって今日なんだよ……










慌てて会社を飛び出し俺は走った。
マネージャーが車で送って行くと言ってくれたのも無視して。

「急いでるから!走るわ!!」
「なら車で送ってきますよ」
「走ったほうが速い!」
「……なわけなくね」

冷静じゃなかった。
完全に馬鹿なことをした。素直に送ってもらえばよかった…


会議が終わったのは22時前。
早い方だと思う。けれど待たせている人が居る今日の状況だとそれでも遅いと感じてしまった。

終わってすぐに携帯を確認すると、彼からの返信がきていて
" 了解。頑張ってね。俺のことは気にしないで "
と短い文章だったが、余計に気になった。

走りながら電話をかけてみるが応答はなく、大きく溜息を吐いて走る速度が少し緩む。
緩んだ場所がちょうど例のコーヒーショップの前で、あの日と同じく優しく微笑む店員さんと目が合った。




「チョコフラッペとピーカンパイですか?」

「…あ、いや。ピーカンパイだけください」

「かしこまりました。おひとつでよろしいですか?」

「…はい。今日はひとつで」

「お口にあったようで良かったです」

「…あはは」


実はこの間のピーカンパイはシュアとディノにやったから食べ損ねていたんだった…この店員さんにはとても伝えられないけど…
でも今日は自分の分もって気分にはなれなくて、せめてものお詫びの品として買って帰ろうと思い店内に入ったのだ。


「お仕事帰りですか?」

「…あっ、はい、まぁ」

「汗が凄いですねぇ」

「ですよね、走ったから…」

「お待たせ致しました。
彼女さんもきっと許してくれますよ」


……え 

え!?


「お仕事帰りにそんなに汗だくになって帰るなんて、なにか外せない約束の為なんじゃないかなと思って」

「探偵!?」

「ごめんなさい、余計なことを言いました。ピーカンパイ好きな彼女さんに許してもらえますように」

「やっ、彼女とかじゃないんです!でも、凄い好きな人で!!」

「…」

「あっ」

「そうだったんですね。じゃあその方と上手くいきますように」

「……ありがとう…ございます…」


ピーカンパイの入った袋を受け取り店を後にする。
中で店員さんがどんな顔をしてるのか怖くて振り返れなかった…


「……なにを言ってんだ俺は」


てか立ち止まってる場合じゃない
急いで帰らなきゃ…
未だ彼からの着信も返信もなくて もしかしたらもう寝てしまっているかもしれないけれど、それでも俺は急いだ。

今回のコレは
まぁいいや明日でも、とか
いつでも話せるし、とか
そんなんで済ませたくなかった

今日話し合おうと約束したんだ
どうしても今日のうちに果たしたい


俺はとにかく走った。

袋の中で揺られるピーカンパイがカシャカシャと苦しそうに擦れる音を立てている。
アイツに会いたくて、ただひたすらに走った。
俺こんな速く走れたんだ…と自分でも驚くくらい。

多分、
過去最速のタイムが更新された気がする。





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