突然松平のとっつぁんが来たと思えばこれを着ろと押し付けられたのは紋付き袴だった。
「どういう事だよ」
「ほら、トシもそろそろ身を据えた方を考えるきっかけにね。俺にはお妙さんがいるじゃん?」
「俺は、」
「うん、トシにとっても悪い話しじゃないと思うから、ね?」
まるで俺が我が儘をいうガキかのように宥められる。まずそれに袖と通して客間に来てよ。とっつぁんと一緒に話はそれからするからと近藤さんは行ってしまう。何がなんだか分からない。どうしていつも勝手に事を進めるのだろうと頭が痛む。そして頭の中でふと浮かんだひろの顔であった。こんな縁談は体裁よく断ればいいと袴に袖は通さず部屋を出れば、総悟がニヤつきながらこっちをみている。
「あれ、七五三って聞いたんですが、違いやしたか?」
「んなわけねぇーだろ!」
「そんなカッカしてたら相手さんに失礼じゃないですかぃ」
「断るに決まってんだろ」
「へぇー断るんですかー」
まるで様子を伺うかの様にまたニヤニヤと笑い出す。
「まぁ、頑張ってくだせぇ」
肩をポンポンと叩き客間とは逆方向へと消えていく。盛大にため息をつき客間へと向かう。
「あれ、袴は?」
「着るわけねぇだろ」
「せっかく用意したのに」
プッと膨れる近藤さん。可愛いと思ってやってんのかとイラつきを募らせる。
「まぁ、トシ座れや」
とっつぁんがそういい、大人しくとは行かないが腰を下ろす。
「うちの娘と仲良くやってるらしいじゃねぇか」
「は?やってねぇよ!」
「とっさぁんトシわかってない」
「ひろだよ、ひろ」
「ひろ?別に仲良くやってるわけじゃ、」
「なんだ、そんな無責任な付き合いなの?おじさん撃っちゃうよ」
銃をこちらに向けるとっさぁんは真顔で奔放過ぎると呆れてしまう。
「夜な夜な通ってんだろが」
「それは、」
「おじさん何でも知ってるからね」
腹決めたらどうなんだ?と伺うかのように聞いてくる。
「いいきっかけになると思うんだ、ひろちゃんがここに腰を据えてくれれば真選組も安泰だし」
どいつもこいつも勝手だ。自分の事は自分で始末をつけたいと思うのは我が儘なのだろうか。そんな時、襖の前でひろの声がした。遅れて申し訳ありません。入ってよろしいですか?と聞こえて近藤さんが、どうぞどうぞ入ってと襖をあける。他所行きの着物に身を包んだひろが入ってくる。目元が赤いのは気のせいだろうか。
「まぁ、ひろちゃんがも座って」
「はい」
向かいに腰を下ろし一瞬だけ目を反らされた気がした。
「来て早々なんだけどひろちゃんはどう思う?」
なんだ。先に話を聞いていたのかとまた困惑してしまう。
「とても良いお話をいただいたとは思っております。」
ただ、と続けたが言葉に詰まっているように見える。
「どうしたの?」
近藤さんがそう尋ねれば言い出し辛そうに言葉を紡ぐのを耳を澄まし聞く。
「私は元攘夷志士でございます。松平様に一度は捨てようとした命を拾って頂き感謝はしております。この命は貴方方為に使うと決めておりますが、ただその様な者が縁者となるのはいかがなものかと」
それはもういいんだよ。と近藤さんが宥める。それとは元攘夷志士をさしているのだろう。何も今すぐ籍を入れろってわけじゃないし、もしその気があるならって話で無理に進める気はないんだよ、と近藤さんが少し苦い顔をしていう。それには訳があるのだ。
それは真選組立ち上げ当初の話まで遡る。女中としてとっつぁんからの紹介でやってきたひろ。もちろん俺や近藤さんも身元は聞いていた。最初は警戒していたし、監視としてここに置かれたのもわかった。縛り付ける訳ではないがある程度の監視が付きの生活を送る。それに反して最初の1、2年は ただただ身を粉にして働く姿が見受けられて、信頼を積み重ねてきたのだった。よく気が利いて気遣いもできる。力もあり、増えてきた女中達の面倒見もいい。株は上がる一方だった。そしていつしか俺もその気遣いに気を許しす仲になった。何か足らない部分を補うかの様に求めたのだ。
「二人ともいい歳だから身の置き方を少しは考えないと下にも示しがつかなくたなっちまうだろうよ」
「まぁ、結納とはいかなくてもね。頭の隅にでもいれててくれないかな」
二人ともと交互に俺たちをみる。俺たちは曖昧にしか返事ができなかった。
「ひろちゃん、休みのとこ呼び出して悪かったね」
「いえ、」
「トシもこの後は休んでいいから、二人でちょっとよく考えてみてよ」
そんな勝手なと思いながらも二人は客間から退室していき、重い沈黙が流れそれを破ったのはひろだった。
「もう、本当勝手ですよね」
「……そうだよな」
「本当に勝手ですよ、」
ハハと笑うひろは何処か遠くの何かをみているような気がした。
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