「お邪魔します」


他人行儀に小声で挨拶をし敷居を跨ぐひろをすぐに抱きすくめるとびくりと体が揺れていた。すまねぇ、と言えば大丈夫だよと弱々しく笑うのだ。


「適当座ってくれや、茶でも出す」


返事は無かったが小さく頷いたのが見えて茶を入れに台所へと入り茶を汲む。自分は冷蔵庫からイチゴ牛乳を取り出してそれをコップへといれて戻ればキョロキョロと頭を動かし周りをみていた。


「どうしたんだよ」
「ここで生活してるんだなって」


お互い案外近くにいたんだ。と笑い茶を啜りふぅーと息を吐く。


「…何で戻って来なかったんだ」
「戻った、戻ったけど誰ももう居なかった」


あの頃。天人が次から次へと現れて目の前の敵を切り臥すのが精一杯だった。自分が倒れなけば背中を守る仲間も倒れないとそう信じていたのだ。どれくらいの時間が経っただろうか切っても切っても何処からか湧いてくるその敵に嫌気がさした頃だ。無謀にも一際は天人の渦ができているその場所へ走り込んでいく仲間が数人みえた。ヅラに余所見をするなとどやされて前にいる敵に集中しようとした時だ。ひろがそれに入っていくのが見えた。一回りくらいだろうかまだ背丈も十分に伸びきっていない子供が震える手で剣を握る姿。そしてそれを囲うように天人が武器を向け今にもと行ったところでひろそこへ駆け込む。子供をかばうよう体を滑り込ませて剣を取る。加勢しようとした時だった。地面が崩れ落ち天人共々それに飲み込まれるように落ちていき子どもがこちらへとと放られて受け止めるとひろの姿は見えなくなっていた。それからだ、戦が終わって数日探したがその亡骸すら見つけることは叶わなかった。


「…生きててよかった」


そういったひろは目を潤ませこちらをみて目を反らす。それは幻ではないのだ。もう手の届く距離にいるのにを感じるのは何故なのだろう。そとっと触れればまたびくりと震えこちらを見ようとはしない。


「ひろこっちみろ」
「……っ」
「俺が嫌か?」
「嫌じゃないの、嫌じゃないけど」
「じゃ、こっちを見てくれよ」


もっと俺をみてほしくて頬を両手で固定する。今にも泣き出しそうなひろと目がようやく合う。


「ひろあの約束まだ有効か?」
「……っ、」


分かりきった返事を聞く前にそっと少しかさついた唇へと口付けをする。あれほど恋い焦がれた相手が目の前にいる事全てが何もかも夢みたいな話だ。何度も何度も名前を呼び確かめる。誰かのものになろうが関係ない。


「……銀時っ、待って、」


抱き抱えるように隣の寝室へと運ぶ。万年寝床へと優しく寝かせる。


「ひろごめんっ、」


もう、止まらなかったんだ。傷付けようと思ったわけじゃない。ただあの頃のように名前を呼んでほしくて、あの頃ように求めてほしかった。


「ひろ頼むからこっち見てくれよ」


いつの間にか俺は泣いていた。


「銀時泣かないで、大丈夫だから」
「ひろっ、」
「私はここにいる、お願いだから」


泣かないでと先生が連れていかれた時のようにひろは痛いくらいの優しくで抱き締めてくれるのだ。
あの時のように夜の月が優しく俺達を照らしていた。


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