「ところでラビ、何でここにいるの?」
コーヒーを眺めているとナマエからの鋭い一言に思わず肩が揺れた。そしてすかさず、リーバー准教授の講義中のはずよね?と言われてしまう。目が合わせられないさ。
「少年、講義サボってまで来たのか」
「うるさいさ」
「そんなにこの子がねぇ…」
「だー!もう!悪いかよ!」
「いや、別に」
ニヤケ顔のティキ。完全に弱み握らてる…。そしてその隣にはいかにもご立腹ですみたいなナマエが俺をチラチラ見ながら誰かに電話を掛けていた。
「…そう、ありがとう。ごめんね」
「何してるんさ」
「…アンタに補講取ってあげたわ」
「えっ」
「リナリーにお願いして、コムイ教授の助手するなら考えるって」
よりによってあのコムイにお願いしたんさ?!リーバー准教授も窶れるほどのコムイの助手?!すっごいヤダ…遊べなくなるさ。しかしそんなことを言ったら間違いなく唯でさえ底辺であるだろうナマエの俺への信頼は全くすっからかんになってしまうさ。それは何としても避けたい。だから…仕方なく頷いた。
「あの人の助手か、少年…災難だな」
「誰のせいさね」
「おや、彼女が自ら来たんだよ?俺が呼んだんじゃない」
うーわー…その顔本当にムカつくさ。本当に本当に本当に本気で本当にナマエ泣かせた日にはこの地球上に居られなくしてやるさね。そう心に誓っていると、ナマエが、じゃあ行こうか、と不意に俺の腕を取った。柔らかくて、あたたかい手にびっくりしてると、よかったな、と口パクで言うティキが見えた。殴りたいさ。でも、本当に良かったさ。ムカつくけどな。2人で、正確に言うと幼なじみに手を引かれて、ティキの研究室を後にする。白くて、細くて、小さい手は俺の手のひらに包まれて…あ、前にもこんなことあったなぁ、いつだっけ…そうそう、5、6歳の頃公園でこんな風にナマエに手を引かれてさぁ。
「着いたよ」
その一言の後、すぐに手は離されて温もりはどこかへ行った。ボケっとしない、と言った幼なじみはドアを開けて暗闇に入っていく。そして数秒後、書類に押し出され俺の目の前に戻ってきた。
「…入れないさ」
「コムイ教授ー?」
呼ばなくていいさ。コムイに会いたくないんさ。あー…本当に助手嫌なんすけど。てか、まずこれ部屋の掃除しなきゃなんないんじゃないんさ?なんて思っていると、校内放送で俺の名前が呼ばれてしまう。呼び出してるのは…リーバー准教授。棒読みだがそーとーご立腹なのか、至急研究室へ、とだけ。放送が切れる瞬間、コムイを怒る声がしたから、余計イライラしてるんさね?
「…コムイ教授はリーバー准教授の所か」
いくよ、とまた手を引かれてさっきとは逆方向へ。雪崩のように書類がコムイの研究室から出てきてるのが目の端に映ったけど、ナマエは知らん顔。ズンズン歩いていく。また、手を繋いで、だ。表情はわからない。覗き込もうとと思ったけど、オーラが少し怖いんさ。だから恐る恐る聞いてみる。
「…怒ってるんさ?」
ピタ、足が止まる。ぶつかりそうになりながらも俺も止まる。手は繋いだまま。離れない。振り向いた幼なじみは相変わらず綺麗だと思った。そして振り向いた時に靡いた髪から俺の知らない香りがして、少し胸が傷んだ。
「…香水でも付けてるんさ?」
オシャレになったんさねー、なんて笑う。胸の痛みを吹っ飛ばせる様に。でも、内心は思った、朝あった時はこんなメスの匂いなんかしなかったさ、と。目の前の幼なじみは表情を変えず俺を見ている。大きな瞳には俺が映っていて、吸い込まれそうだった。
「近い」
気づいた時には目と鼻の先にナマエ。思わず仰け反った。まってまって、俺今何しようとした?!ま、まさか、キス…しようとしたんさ?!冗談止めてくれ。でも、実際ナマエはこんなにも近い。
「ラビ」
顔色変えずに幼なじみは言葉を続ける。アンタは何のために勉強しているの、と。俺は目をぱちくりさせた。大学なんてとりあえず入っただけ。大した意味なんてない。この大学に来たのも地元だし、何よりナマエが居たからで…アレ、俺は相当ナマエが好きさ?追っかける程に?ああ、自覚したら恥ずかしいの何だので冷や汗が止まらない。このままだとボロが出そうでろくな返事もせずに慌てて話題をナマエの事に変えた。ナマエはどうして勉強してるんさ、と。
「追いつきたいからよ」
「何にさ?」
聞き返すとまたじっと俺を見つめる。そして、ラビ、と名前を呼ぶ。その声が嫌に脳に響いた。
「ほら、行くわよ」
頑張りなさいよ首席、と笑われてまた手を引かれた。フラッシュバックの様に子供の頃に思っていた気持ちも蘇る。なんでナマエのこと好きになったんだっけ。なんでこんなに愛おしいんだっけ。答えはさっきの香水の香りに掻き消された。甘い甘い、チョコレートの様な香りで、普段なら誘われる様に口にするのに、今は何故か虚しさと吐き気がして、ただただ俺を引っ張るナマエのあとを追いかけるだけだった。
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