いつもの10倍…いや、100倍位疲れた部活も終わり、スマートフォンの電源を入れるとメッセージが4件届いていた。1つはお姉ちゃんからで、今日の財布お届け大事件の事である。万里くんと一成くんが行ってくれたよ!落としてたら大変だったね!気を付けて!…と、言うメッセージだ。それが部活始まる直前に来ていたもので当然私は見れない。タイミングがとても悪い。それから、もう2つは今日のテロリスト2人で、カズくんからは、名前ちゃん、今日ゴメンね〜!!久しぶりに高校生とか制服とか見てテンアゲしちゃって!!…とか言う謝罪メッセージだ。あとは、部活でポスターとか作る事あったら全力でフォローしちゃうよん!!…との事なので、そのご厚意は有難く受け取ろうと思った。万里からのメッセージは、あの後どうだった?…とか言うスタンプ付きで、見るのも面倒になったが、放って置いたら煽りメッセージが増えるだけなので既読だけ付けておいた。暫く無視をしようと思う。問題は最後の1件…件名を見て戦慄する、赤葦京治と書いてあるからだ。滅多に来ないメッセージ、って言うか交換した事も忘れかけてた梟谷学園男子バレーボール部の赤葦くんからで、今日の事があるから嫌な予感しかしない。そもそも、黒尾先輩は梟谷学園の木兎先輩と主将同士だし、仲が良かったはず…そんなすぐ噂になりますかね…否、無いとは言いきれないから悲しいかな。そのメッセージ内容を開けずに女子更衣室で頭を抱えていると、急にバイブ音が響いて、思いっ切り腰を抜かした。幸い、バッグの上に落としたスマートフォンは傷もなく、腰を上げて取り上げるとディスプレイには黒尾鉄朗の文字。
「…はい」
『立花、着替え終わったのか。体育館閉めるぞ』
「あ、すみません!すぐに出ます!」
バッグを手に取り慌てて外に出ると、更衣室から少し離れた所に黒尾先輩が居る。私が出てきたのを確認すると通話を切り、少しだけ笑った。あ、よかった、いつもの黒尾先輩だ。
「お待たせしました。すみません」
「ああ」
「…あれ、孤爪くんと一緒じゃないんですか?」
よくよく見ると孤爪くんも夜久先輩も海先輩も居ない。黒尾先輩1人なのだ。私の問い掛けに少し考えた後、アイツらは腹減ったって言って先に行ったよ、研磨はそれに拉致られた、と言って歩き出した。その後ろを慌てて着いていく。
「黒尾先輩はお腹、空いてないんですか?」
「空いてるよ。運動した後だから」
「皆さんと行かなかったのは…」
どうしてですか、と言葉を続けようとすると、あのさぁ…、と黒尾先輩に遮られる。
「今何時でしょうか」
「20時30分です」
「外は暗いのにそんな時に女の子1人で帰すとか出来ると思ってる?痴漢にでも遭ったら大変だろ」
「別に大丈夫ですよー!私を狙う奴なんか居ませんって!」
やだなーって笑い飛ばしたつもりだったが、黒尾先輩はお気に召さなかった様で、じっと私を見た後…、さっきの奴らが守ってくれるからってか?と言われた。守る、とはよく分からないけれど、何だか怒っているのはよく分かった。
「あの、黒尾先輩…?」
「いや、なんでもない…遅くなったし送る」
黒尾先輩の口からトンデモワードが聞こえて、思わず浮かべたウチの銭ゲバヤクザの鬼の形相…もしかしたらまだ万里とカズくんが黙っててくれてこの事がバレていない可能性があるのに、このまま送って貰ったら大惨事になる事は間違いない。それだけは死守したい。
「え、いや、それは…」
「…どうした?」
「あ、ほら!私の住んでる所は天鵞絨町ですし、電車乗らなきゃ行けないから黒尾先輩来るの大変かなって…」
「大丈夫だ。つか、電車乗るなら余計に一緒の方が良くないか」
黒尾先輩、なんで今日に限ってこんなにしつこいんだ…いつもこんな時間に帰っているのに。いや、待て…そもそもいつもは私が先に帰るのにここまで遅くなったのは更衣室でモタモタしていた私のせいでもあるのか…いや、でもあんなことが無ければこんなに慌てることは無かったのに!もう、全部万里が悪い!…いや、待て、お姉ちゃんのお願い事を安請け合いした私が悪いのでは?何を考えても自己嫌悪に陥って埒が明かない。そしていつの間にか目の前は駅だ。黒尾先輩が切符を買おうとしてる!
「あの、黒尾先輩…」
「あれ、そこに居るのって…鉄朗くん?」
私以外に黒尾先輩の名前を呼ぶ人が突如として現れ、2人して声のした方に顔を向けた。すると、声の主は、ああ、やっぱり鉄郎くんだ、と柔らか微笑んだ後、こちらへ向かって来た。その聞き覚えのある声と表情に思わず顔が歪むのが分かった。
「紬先生、こんばんは」
度重なる偶然に目眩がした。紬さんと駅で出くわすとは…。
「こんばんわ。こんな所で偶然だね」
「あー…ちょっと、ね…」
幸か不幸か紬さんからは黒尾先輩の影になっていて私はまだ見えてないらしい。黒尾先輩が何故か私を隠そうとしている動きを見せている。黒尾先輩が答えを濁したせいか、部活や勉強以外でも休息取りたくなる時あるよね、と笑った紬さん。それに釣られて黒尾先輩も笑っている。この状態をどうやって切り抜けるか考えていると、あれ、妹ちゃんじゃん、って声が後ろから聞こえて背筋が凍った。ゆっくり振り向くと外面だけはエベレスト級エリートサラリーマンが立っている。紬さんと話していた黒尾先輩もビックリしてコッチを向いた後、また微妙な顔をしていた。
「え、名前ちゃん居たの?見えなかった〜こんな時間までどうしたの?」
そしてそれは同時に紬さんにも見つかると言うパターンであって、紬さんに割と本気で心配されているからちょっと困る。
「…紬さん、学生が夜遅くまで2人っきりで居るなんて、察しが付くじゃないですか。聞くなんて野暮ですよ」
クソエリートサラリーマンはニヤニヤしながらコッチを見ている。本当にウチのガチゲ組はロクな事をしない。紬さんがよく分かってなくて首を傾げてるのがまだ救いである。すっかり大人2人に板挟みで逃げようにも逃げれない状況と成り果てたので、開き直って黒尾先輩を2人を紹介した。
「先輩…コチラ、ウチの劇団員で春組の茅ヶ崎至さんと冬組の月岡紬さんです。至さん、紬さん…コチラ私の先輩で黒尾鉄郎さんです」
「紬先生…劇団員もしてたんですね」
「僕も驚いたよ。鉄郎くんが名前ちゃんの先輩だったなんて…後輩って事は部活かな?鉄郎くんは確か男子バレーボール部だったよね」
「へー…妹ちゃんの部活の先輩ね。よろしく」
最後の足掻きであえて、先輩、とだけ言ったのに紬さんに敢え無くバラされる始末である。ガチゲ組に弱味を握られ、パリピに証拠を撮られ、天然爆弾を装備してしまったのでもう、左京さんに知られるのは待ったナシである。
「そっか、じゃあ鉄郎くんは部活が遅くなったから名前ちゃんを送ってくれようとしてたのかな。わざわざありがとう」
「…いえ、大丈夫です」
「じゃあ続きは俺達が責任持って家に送るよ。監督さんの大事な妹ちゃんだからね」
「それにいくら男子高校生だったとしても遅くなったら危ないし、親御さん心配するだろうから…気をつけてね」
「あ、はい。じゃあよろしくお願いします。遅くさせてしまってすみません」
そう言って私は至さんと紬さんに連れていかれ、黒尾先輩と離れた。黒尾先輩は一礼した後、後ろを向いてしまったので、少しだけ声を張ってお礼を言うと、先輩は手をヒラヒラさせて振り返った。怒ってない、のかな?よかった、のかな?とりあえずホームへ向かい、電車に乗ると、妹ちゃん彼氏居たんだね、と至さんに言われて飛び上がる。
「いやいやいやいやいやいやいやいや待って待って待って待って」
「え、鉄郎くんが名前ちゃんの恋人だったの?」
「紬さんも待って待って。違うよ、黒尾先輩は部活の先輩だしって言うか今日本当に厄日だし、万里も余計な事を言うし、カズくんもなんか来てるし目立つし、真澄くんもちゃんと起きないし、送るの大変だったし、寝ぼけてるし、そもそも同じ春組なのになんで真澄くんの面倒を見ないのかな至さんは」
「やっべー…地雷踏んだっぽい」
「そもそも至さんはまあ、仕事でしょうけど…紬さんはどうしてあそこに?」
「僕、鉄郎くんの他にもう1人受け持ちの生徒居るから、今日はその子の家庭教師だったんだよ」
紬さんの話を聞きながらふと、時間を見る為にスマートフォンを取り出した。そう言えば赤葦くんから連絡が来ていた。何となく開きたくないが、もしかしたら梟谷グループ合宿の大事な話かもしれない。でもなぁ、今日で1年間培って来た色々なものを壊れた気がするから本当になんかもうこれ以上何もあって欲しくない、と言うのが本音だ。頭を悩ませていると、紬さんが何か思いついたようにまたこっちを見た。
「そうそう、その生徒、確か名前ちゃんと同じ年齢で、部活はバレーボール部だって言ってたかなぁ…部活同じなら会ったこと有るのかもね」
なんてニッコリ笑った紬さん。紬さんが電車に乗って会いに行く場所で?同じ年齢?バレーボール部?嫌な予感しかしない。いつの間にか開けていたメッセージ画面には【赤葦京治】の文字が映っており、その内容は…、名前さんって天鵞絨町だったよね、である。冷や汗が溢れた。今日は本当にツイていない。
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