飾られないリボン/佐久早


※キャラクター▶︎夢主への失恋描写しかありません。幸せじゃないので苦手な方はご注意ください。






世界中の綺麗なものを集めて、君の周りに飾りつけてもし君が俺から目を背けても美しく煌めきに満ちた世界で生きていけますように。

ごめんなさい、と頭を垂れた彼女の肩からひと房綺麗な髪の毛が落ちた。好きな人がいます、あなたじゃありません、と続けられた言葉に頷いた。知ってます、とその意思が伝わったのか頭を上げた彼女がほ、と安心したように息を吐く。

知らないわけが無い。どれだけ俺があなたを見つめ続けていたと思っているんだとその細い肩を掴んで力に任せて握ってしまえれば、俺のこの行き場のない積もり続けた気持ちもいくらかは報われるんだろう。私立にしては地味なカラーリングのブレザーを見つめた。
断った手前、自分から去りにくいのか彼女はそこに立っていられることが不思議なくらい不安げな様子でそこに立っている。寒さのせいで赤らんだ指先が、プリーツスカートの裾を音が聞こえそうなほどに力強く握っていた。
哀れだな、と思う。今しがた告白を断られたのは俺だと言うのに、彼女はまるで自分が悲しみの最果てにいるような、そんな顔をしていて。
逆に俺はマスクをしているから、恐らく彼女に顔色一つ変えない男だと思われているはずだ。
確かに、この結果は考えずとも予想なんて容易だったから、その分情緒の用意が出来て、今動揺せずに済んでいる。

「……俺は、これまで通り接してもらえれば嬉しいです」
「も、勿論それは私もだよ。うん。ありがたい、です」
「言いたかった、だけなので」
「……うん。ありがとう、佐久早くん」

彼女は、もう一度俺にありがとうと言ってまた軽く頭を下げた。また部活でね、と軽く走ってそこから立ち去っていく。すれ違う時、彼女のブレザーの肩に糸くずがついていた。咄嗟に振り返ったけど、まるで逃げるように立ち去っていく彼女にこれ以上かける言葉も見つからなくて俺は伸ばそうとした手を引っ込める。


彼女は一個上の先輩だった。飯綱さんと同じ学年の、この男子バレー部に何人かいるマネージャーの中でリーダーのようなまとめ役をする頼りになる女性。クラスも同じでよく飯綱さんと2人で話す後ろ姿を見ていた。
同年代の女は好きでも嫌いでもなかった。うるさすぎるのは男女関係なく嫌いだったし、女だからだとか男だからだとかと考えたこともない。男には男の中で嫌いなタイプがいて、女もそうだった。俺の中で大切なのは男女の性差などではなく、単純な俺の好みの問題で、飯綱さんと彼女は、どちらかと言えば好きなタイプ。最初はそれだけだった。

好きなタイプが、好きな人に変わったのは半年経った頃。土壌に蒔かれた種子が根を張り茎を伸ばして、蕾をつけるようにゆっくりと徐々に変化した。

誰よりも早く体育館にいるところ。彼女に聞けば大抵のことが解決に導かれるところ。穏やかなところ。人にだらしがないところを見せないところ。人をよく見ているところ。
彼女に持った好感を1から全てあげていけばキリがない。要するに人として既に完成された聖人のような人だった。もしも将来伴侶をもつならきっとこういう人がいい、と思えるくらいの魅力に溢れた人。
誰に対しても笑顔で接するその人に、ああ、好きだと思ったのは、ある瞬間を見たからだった。
彼女は飯綱さんを唯一掌と下の名前で呼ぶ。付き合っているのかと思っていたがどうやらそうでは無く、ただなんとなくそう呼ぶようになったのだと言っていた。
そして俺はそれを見た。彼女が掌と紡いで、笑うその顔を。それはまるで花が開くような笑顔だった。喜びと煌めき、或いは、慈しみ。彼女が飯綱さんを好きなことを、俺でも勘づいた。
それと同時にその笑顔がどうにか自分に向けられたら、どれだけ幸福に満ちるだろうと考えた。
それが、恋に落ちるということだと知ったのは、彼女の背中を呼び止めて好きです、と口からまろび出たその瞬間のことだった。

彼女には綺麗なものが良く似合う。例えば汚れた雑巾とかよりもほうきとちりとりよりも、レースの刺繍が美しいハンカチと花柄の傘。使い過ぎて薄汚れたバレーボールよりも光に当たれば7色に光るビー玉。暗闇でもその輝きを失わないダイヤモンド。
もしも孤島に残されて食べ物がポケットにある飴玉一つだけしかなかったら、その最後のひとつも俺は彼女に譲って後悔はしない。
そして彼女は、多分それさえも飯綱さんに譲る。そういう人で、俺はそんな彼女が好きなのだ。

「佐久早くんはいつも丁寧だよね」
「……そうですか?」
「うん。たまに世界生きにくくない?大丈夫?ってなるけど。きっとここのバレー部の人たちのほとんどがこれから大きな世界に行くんだろうなあって思うから、そんな心配もお節介なんだろうけどね」

彼女は俺の手の抜けない性格であったり、何かを始めたらやり終えないと納得ができない性分に対して、よく生きにくくないかと聞いてきた。確かについてくるような人はこれまで古森以外にはいなかった。だがそれを気にしたり、病んだりは決してなかった。
そう答えると、今までの世界は少し狭かったんだねと笑う。世界が狭いだとか広いだとかよく分からない喩えをする人だな、と思った。
俺の顔から何かを読み取った彼女は擽ったそうに笑い声を漏らすと、彼女の細い足の下に転がっていたボールを両手で拾い上げる。それを俺に手渡して「佐久早くんの世界、きっとこれからどんどん大きくなるね。そしたらもっと息がしやすくなるよ」と言った。

息がしにくいと、思ったことは無い。感じたこともない。ただ、居心地がいいと思ったことも決してない。そんな心を見抜かれたような気がして、俺はそのボールを上に放りあげる。そのままオーバーで上げ続けていると、ガラリと体育館の重い扉が開いて「もう居たのか、早いな」と驚く飯綱さんの声が響いた。
それはほんのりと暑い日のことで、俺はそれ以降彼女とふたりきりで会話をすることはなかった。


そしてその思いが溢れたのが今この瞬間であった。随分と重たそうな袋を2つ休み休み運ぶ背中が気の毒で気が付けば声を掛けていた。
ジャンケンに負けてゴミ捨て場まで行くらしい。よくもまあここまで詰め込んだもんだと思わずにはいられない袋を見つめていると、部室のゴミもついでに入れたのだと言われた。
わざわざ部室に寄ったのだろうか、本当に律儀な人だと思う。俺は特に重たそうなひとつの袋を持ち上げてゴミ捨て場へと歩き出した。

「え?佐久早くん?」
「手伝います。今日の部室のゴミ当番、俺なので」
「……そうだっけ?」
「そうです」

ゴミ捨て場までは歩いて5分ほど。彼女にとって俺が気心知れた友人であったなら、おそらくあっという間に過ぎる時間は地獄のように長かった。ひんやりとした空気が鼻腔に入り込む。慌てて鼻下に下がっていたマスクを引き上げると、それに気付いた彼女は俺を見上げて笑った。

「予防接種の時期だけど、もう済ませた?」
「明日行く予定です」
「抜かりないねぇ」
「春高も来月ですし。先輩も必ず、受けてください」
「はいはい。私は来週掌と行くよ」

何の気なしに呟かれたその言葉は思いの外俺を削り取る。そうか、病院まで同じで、同じ日にわざわざ予約をしてまで行くのか。そう思って気付かれないようにそっと息を吐き出した。
先輩たちと過ごす最後の冬がいよいよ始まって、終わりを迎えようとしている。誰かのために何かをしたことは今までなかった。そしてこれから先も誰かのために、特にバレーをすることはないだろうと思う。そして今回の春高もそうだろう。
だけれど袋の縛った口を持つその指が重さによって白くなってしまっていることが余りにも哀れで可哀想だった。なるべく早くそれから解放してあげようと俺も懸命に足を動かす。きっともしここにいたのが飯綱さんだったなら、彼女の気持ちもいくらかは変わるのだろう。
それでも俺は飯綱さんではなく、佐久早聖臣であるので彼女の気を紛らわせることは出来ない。2つとも奪っても良かったが、彼女の性格を考えれば怒られることはあっても喜ばれるようなことは決してない。
ゴミ捨て場に着く頃には彼女の手は赤く震えていた。重い扉を開けて、袋をふたつ放り込む。ありがとう、と細く呟くような彼女の声に振り返って首を横に振った。気にしないで欲しい、そう伝わればいいなと思う。

「寒いね。早く戻ろう。本当にありがとうね」
「いえ」

予期せぬエラーのようなものは突然だった。冷たい風が突然吹いて彼女の夏より少しだけ伸びた髪の毛がふわふわと綿毛のように一瞬だけ漂う。そこから甘い匂いが香った。
気が付けば呼び止めた彼女の前に回り込んで「好きです」と言っていた。

「すみません。好きでした。好きです」
「……ごめんなさい」

突然の告白に大きく目を見開いた彼女は暫く俺と目を合わせる。恐らく嘘か本当かを見極めるために。きっと俺のことをこんな冗談を言う人間だとは毛ほども思ってはいないだろうが、そういうのを抜きにしても俺のこの告白はあまりにも脈絡がなかったのだ。自分でもそう思う。
だけれど吐いた唾はもう飲めない。一度口に出したそれが俺の体を駆け巡る。
好きだから気になっていた。好きだから知りたい。何が好きなのか、癖なのか、苦手なのか。聞く勇気さえないからただ見ていたのだ。だからわかってしまったのだ。
彼女の思いは全て飯綱さんに向いている。だから彼女が俺の思いを受け入れないということは当然であった。

立ち去っていく彼女の背中があまりにも細く頼りないので、まだスポーツバッグに入ったままのエネルギーバーを彼女にあげよう。いつも冷たい水でビブスや雑巾を洗う彼女の手が荒れないようにせめてなにかハンドクリームをあげよう。そう考えることは簡単だと言うのに、行動に移すことは何もかもが忍ばれる。

飯綱さんは多分彼女をとても大切に思っているだろうから、きっと春高が全て終わった暁には晴れて交際をスタートさせるんだろう。いや、空気を読む飯綱さんと彼女のことだからきっと俺がいる高校生活中には何も始めることはないのかもしれない。
まあ、でもどちらでも構わないと思った。もうどうせ叶わないものだから、早くさっきのゴミのように袋にまとめて捨ててしまえばいい。幸いにもあげられずに俺の手元に残った彼女に向けたものばかりが、俺の自室の隅に置かれている。ゴミ袋はきっといっぱいになるんだろう。

きっと、この燃えきらなかった感情の欠片はいつまでもいつまでも俺の中で燻り続けるだろう。捨てられない捨て切ることが出来ないものは、意外とあるものだ。
だからその思いはせめて美しく飾り付けて置いておく。俺自身の手で彼女の世界を美しいものでいっぱいに出来ないのだから、せめてこれだけは許してほしい。どうか美しい彼女が幸せに溢れますように。

彼女についた糸くずの塵さえ取れないその手で、俺はただそれだけを祈った。

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