一等星は君にあげる(佐野)


※イザナの結婚式をマイキー目線でお送りします
※イザナに嫁が存在します
※これはマイキーが相手の夢小説です
イザナに相手がいるという前提でお話が進みますので、苦手な方は御遠慮ください。





 イザナが結婚する。
 オイロナオシ、と退席し、空いた主賓の席。花の種類はよく分からないケド、多分この場に相応しいのであろう飾り付け。会場は次のドレスは何色だとか、久しぶりだと再会を喜ぶ声で騒がしい。1番煩い捌番隊、元天竺の面々が集まるテーブルでは灰谷兄弟以外の全員がメソメソと泣いている。嬉し泣きだろ、ケンチンが言うので多分そうだ。
 オレと同じテーブルには佐野家は勿論、エマとオレの間にケンチン。そして、俺の逆隣にはこの披露宴が始まってからというもの泣き通しのナマエ。イザナさんの奥さんキレイ、素敵、良かった、幸せ。ナマエがあまりにもそう繰り返すので、口から吐露される順番さえも覚えてしまいそうだ。
 そんな言葉に、そうだな、よかったな、と適切な相槌を挟みつつ、オレはずっと考えていた。結婚について。
 
 正直、イザナは1番そういうものから程遠い人間だと思っていた。自分の兄貴ながら、イザナが、少し、いや、かなり、家族というものについて特殊で固執した考えを持っていると思っていたからだ。かつて、イザナが死んだとき、イザナは鶴蝶を庇い、お前しかいない、と笑ったことをオレは忘れたことがない。
 
 イザナの隣で穏やかに微笑むヨメ。聞けば施設からの付き合いだったらしい。オレとタケミっちを始めとしたメンバーで創設した東京卍會に天竺が下ったその日、イザナから一時も離れなかった女。長い付き合いなのだろうとは思っていたが、そんなガキの頃からとは流石に驚いたのを覚えている。
 
 イザナが死んだ、あの時にもイザナにはヨメがいたのだろうか。
 
 オレは何月かに1度の頻度で催される佐野家親睦会なるもので「結婚する」とケロリとした顔で言い放ったイザナを見て考えた最初のコトがそれだった。
 その後にコイツに結婚なんて概念が存在したのか、と頭に浮かんだ。キャーキャーと騒ぐエマを適当にあしらい、グラスを煽るイザナ。その顔には僅かな笑みが浮かんでいて、ああ、イザナもこんな顔ができたのか、とイザナの人間らしさを垣間見る。そしてコイツにそんな顔をさせる女は、恐らく、あの日の女だとオレはなんとなくそう思った。
 
 そんなこともお構い無しなエマは久しぶりの浮いた話だと、ニコニコしながら、どこで出会ったのか、どんな人なのか、どのくらい交際したのか、プロポーズをしたのか、矢継ぎ早に質問をした。答えも聞かず一方的に質問をするものだからイザナは面食らっている。
 するとそんなイザナに助け舟を出すように、兄貴、真一郎は未だ騒がしいエマの頭を押さえ付けた。ぐ、と口を閉じさせるように力を込められたのか押し黙ったエマはその手をうっとおしそうにしながらも払いはしない。兄貴はエマに落ち着けよ、と声を掛けた後イザナを見つめた。
 
「おめでとう、イザナ」
 
 まずはコレだろ、と笑った兄貴をイザナは無言で見つめ返す。その言葉に他意がないことが分かったのか、イザナはすぐに目を逸らし、自分の手の中で揺れる琥珀色の液体を眺めた。
 ああ、ありがとう。そう呟くように返す。表情こそいつも通りの顔で分かりにくかったが、ほんのりと赤らんでいた。ニィ、照れてる。エマが揶揄うと、イザナは酒のせいだ、とウンザリしたように言い返す。
 ウソだろ、オレ見てたケド、イザナ、まだ1杯も飲んでねーじゃん、今まで誰が揶揄っても言い返すだけだったのに、オレがそう言うとイザナは容赦なくオレの脛を蹴り上げた。
 
 
 ほらよ、ふらりと連絡もなしに整備場に現れたイザナに投げつけられたのは分厚い封筒だった。尖った角が額に当たる前に受け止め首を傾げる。金一封か?急に?ワイロ?と考えながら佐野万次郎様、と書かれた封筒を掲げた。
 言っとくが、金一封でも賄賂でもねェぞ。オレの考えを見透かしたようにイザナは言う。そしてもう1枚同じような封筒でオレの頭を叩いた。それも受けとりつつ、何コレ、とオレが聞くと何故かケンチンがバイクの整備の手を止めて振り返る。その顔には呆れが浮かんでいた。
 普通に考えて招待状だろ、見て分かれよ。そう言われて初めて、ああそうか、と漸く合点がいったが納得はできない。
 
「なんで二通?」
「宛名見ろ、愚弟が。もう一通はオマエのヨメの分。挙式は親族だけのつもりだから、披露宴から来いって言っておけ」
「あー……」
「いつまでもチンタラしてっから集合バラけんだよ。オマエ慎重過ぎ」
 
 一緒に参列出来ないことに不満がある、というのを見透かしたイザナは呆れたように苦言を呈した。ムカつくケド、イザナの言葉は一理ある。イザナまでとは言わないが、オレとナマエはそこそこ長い付き合いだ。それこそタケミっちとヒナちゃん達位には。そこまで長く一緒にいるヤツらはもう大体結婚している。
 タケミっちも、ケンチンとエマも、そしてイザナも。オレの周りのヤツは殆ど結婚をした。当たり前だが、みんな幸せそうだ。なのになぜか、ドシン、と腹の底に鉛が落ちる。
 慎重にもなンだろ、悪ィかよ。オレが独り言ちると2人は顔を見合せて笑った。マイキー、オマエ、ちゃんと大人になってンだな。ケンチンは嬉しそうだった。
 
 
 イザナは天竺メンバーと親族のみの控えめな挙式を挙げて、その後仕事場での関係者や東卍のメンバーを招いてそれはそれは派手な披露宴を開いた。家族がいるならそれも連れてこいよ、派手にやろう。王様らしい言葉にもう既に結婚しているタケミっちはヒナちゃんを連れてきている。直接関わりこそないが、ヒナちゃんもイザナとその嫁を囲んで笑っているので、まあ、楽しんでいるハズだ。
 ボロボロと泣き続けるナマエは、そんな顔を見せたくないとずっとオレの隣で小さくなっている。
 
「なー、戻ってきたら行くからな?オマエも写真撮りてェって言ってたじゃん」
「バカなの、こんな顔で撮れるワケないじゃん、万次郎3人で撮りなよ、撮ってあげる。私カメラあるもん」
「マジ?」
 
 ナマエはそう言うと足元に置いていた黒い無骨なカバンを指差す。最初から気にはなっていた。ホテルのエントランスで顔を合わせた時、身に纏っているカワイイ服には全く似合わないゴツさのカバン。こういう時って大体オンナは小さい何も入らないようなカバンだけを持つモンじゃねーのか。
 だけれどあまりに自然に肩から提げていたし、その後すぐオレを見つけて安心したように駆け寄ってくる姿に胸が締め付けられ、すっかりと聞くのを忘れていた。
 確かにオレのレースを見に来る時、たまにその小さい手が持つには大き過ぎるほどのカメラを持っていたような。ほら、新しくしたんだよ。そう楽しそうに見せられてもオレには前のものとの違いなんてひとつも分からない。へー。自分でも興味が無い、と呆れてしまうような声しか出なかった。
 それでもナマエは楽しそうに話し続ける。本当はホテルの教会での写真も撮りたかったなあ、ねえ、やっぱりキレイだった?その言葉にギクリとする。慎重過ぎ。イザナに言われた言葉が脳裏を過ぎった。
 
「万次郎?聞いてる?」
「え、なに?」
「もーちゃんと聞いてよー。いいけど、別に。あ、次のレースこれでまたカッコイイ写真撮るね。楽しみ」
「……じゃ、負けられねェな」
 
 レースの最中はレースに集中したいから、終わったらバイク撮らせてほしいなあ。あ、でもそういうのって別で許可必要?困らせたくないなぁ、と鼻をすすりながら楽しそうに話すナマエ。それに答えようと口を開いたが、オレはすぐに口を噤む。
 皆さんご歓談のところ、申し訳ありません、と司会がにこやかにマイクを使って話し出した。恐らく主役が戻るのだろう。イザナの好きそうな音楽が流れ始めた。それを聞いて、何故か自分のことのように緊張し出した隣のカワイイだけの生き物を俺は見つめる。
 くるくると変わる表情、ペラペラで薄い手に細い指、細い髪は櫛に気を遣わないとすぐに絡まったり切れたりするらしい。楽しいことが大好きで、怒られるのが苦手などこにでもいそうでいない女。オレの、今のトコ唯一の弱点と言ってもいいだろう。
 またふたつの大きな目から涙が溢れた。これも嬉し泣きなんだろうか。ケンチンを見たけど、1度も目は合わない。自分のオンナが自分以外の為に泣いている。それはなんとなく面白くはなかった。
 
 
 嫌がるナマエを半ば引き摺るようにしてイザナとそのヨメの前に連れて行くと、散歩を嫌がる犬のようなその姿を見て、クスクスとヨメは笑う。天竺の特服のような紅のドレスがよく似合っていた。ナマエはその笑顔に一瞬見蕩れ、そのあと、はっとしたように頭を振ると、オレの背中に隠れる。その姿はまるでイタズラがバレた子どものようだった。
 オイ、なんだよ、怖いの?オレが聞くと怖くない、と小さい声が返ってくる。するとイザナが呆れたように小さく息を吐いてナマエに声をかけた。
 
「聞こえねェ。オイ、オレ達に言うことがあるンじゃねェのか」
「イ、イザナさんは、怖い」
「ア?」
 
 イザナ、とオレが咎める前に柔らかい声がイザナを制した。ヨメだった。ヨメはゆっくりと立ち上がり、オレ、正しくはオレの背中に隠れ続けているナマエに近寄る。
 ねえ、私に何か、言うことあるでしょう。
 確信めいた言葉にオレのスーツのジャケットを握っている指がピクリと動いた。そのあとおずおずと顔を出したナマエは、しっかりとイザナのヨメの姿をその目に焼き付け、もう何度目かも分からないほどの涙をまた流す。
 
「す、すごくキレイです」
「うん、ありがとう」
「イザナさん、も、カッコイイし」
「そうだね、イザナはいつもカッコイイけど、今日は特別だね」
「その、えっと、お、おめ、おめでとう……ございますうう……うう」

 ナマエはそう言うと本格的に泣き出してしまった。ひくひくと見てるこちらが痛々しく思うほどに肩を揺らし、おめでとう、と切れ切れに呟きながらも泣く姿は誰の目から見ても健気に映る。近くにいたイザナの仕事関係者も、可愛らしいお嬢さんだ、とナマエに目を向けた。見せモンじゃねーぞ、ときっとまだガキだった頃ならその視線から守るようにナマエを抱き締めたけれど、今はそうもいかない。畜生、オレのだぞ、見るな、そう思っているとイザナのヨメがナマエの手を引き、その体を守るように抱き締めた。
 
 司会者に目配せをし、にこやかに笑うイザナのヨメ。司会者はマイクを持って近寄ってくると、可愛らしいお嬢さんですね、どういった御関係ですか、と態とらしい質問を投げ掛ける。主人、イザナの弟である佐野万次郎さんの恋人です、妹のように思っています。その答えに事情を知らない仕事関係者のテーブルからどよめきの声が上がった。
 イザナはヨメの大胆不敵な行動を咎めるでもなくただ見守っている。ヨメは人の良さそうな顔で微笑みながら、なので万次郎くんにはお見合いの話なんて必要ないんですよ、と冗談めかして話し続けた。
 オレと、ナマエの関係を明らかにすることで今でも辟易していたオレの結婚相手に、と自分の親戚を勧める下品なヤツらへの牽制。そして未だ踏み出さないオレの逃げ道を塞ぐ、よく出来た陽動。流石にイザナと長く一緒にいるだけある。オレは突き刺さる視線は無視を決め込んでようやく戻ってきたナマエの腰に手を回し守るようにしながらテーブルへと戻った。
 
 
 テーブルに戻るとニヤニヤとしているケンチンとエマ、それに兄貴になんだなんだと言われたけど適当に返事をする。ナマエはまだグズグズと泣いているのでそんな声も聞こえていないようだ。
 ようやく落ち着いたのか、運ばれてくる料理の皿が2枚並んで、オレの方へ侵食してきた頃ナマエは写真も撮った、挨拶もした、と今日やらなければいけなかったことを指折り数える。よし、と意気込むと今度は目の前に並んだ料理をカメラに収め、美味しい、と食べ始めた。
 子どもみたいだ。やっぱりカワイイ。他人のことで泣いていたのがウソみたいにニコニコしている姿に安心する。それと同時にその姿をずっと見ていたいと思った。
 きっと純白のドレスが似合うだろう。イザナのヨメとは違ってストンと落ちるようなのではなく、フワフワでソレこそよく昔エマが読んでいた御伽噺の中のお姫様みたいなヤツ。
 それを着て教会に佇む姿はきっと絵になるし、多分、見たら泣く。誰にも見せたくないけど、世界中に自慢して歩きたい、なんて矛盾をオレに抱えさせるのはきっとコイツだけだ。
 
 
 泣き疲れたのか、はしゃぎ疲れたのか、飲み慣れないシャンパンを真一郎に付き合って飲んだからなのか、はたまた全てか。披露宴が終わったと同時にうとうとと船を漕ぎ始めたナマエ。退場してくゲストたちを見送り終わったイザナ達がそんな姿を見て呆れている。なんでこの子がいちばん疲れてるの、なんて笑うイザナのヨメ。私見てるから、ホテルの手続き済ませてきたら?どうせこの子も泊めるつもりだったんでしょう。
 さっきから危なげに揺れていたナマエの頭を自分の肩に寄りかからせると、イザナの嫁はそう言った。挙式から披露宴。友人だけのそれならここまでの疲労感はなかったであろうが、今日はそうもいかない。何故ならイザナとは仕事でも関わりがある。
 挨拶くらいはしてもらわねェと困るからな、疲れるぞ、とオレはイザナに勧められ、このホテルの一室を借りていたのだ。
 
 その申し出は有り難い。兄貴は明日も仕事だと早々に帰ってしまったし、エマもケンチンも東卍のヤツらと連れ立ってホテルから出て行ったので困っていた。
 サンキュー、と声を掛け先を歩いていたイザナの背中を追い掛ける。チェックインだけだし、そんなイザナまで要らないのに、と思っていると万次郎、とイザナが俺の名前を呼んだ。
 
「なンだよ」
「どうだ、悪くなかっただろ。結婚式も、披露宴も、結婚も」
「んー、まァ、そう、だな。うん、イザナもイザナのヨメも楽しそうだったし、幸せそうで、良かったよ。オメデト」
「ああ」
 
 イザナは立ち止まった。急に止まったのでオレは振り返って、どうした、と聞く。するとイザナは今まで見た事のないような顔で笑った。穏やかで幸せそうな。でもどこか兄貴に似てる笑顔だった。
 
 次はオマエの番、な。そう言うと自分の胸ポケットに刺していた白い薔薇の花をオレの胸ポケットに刺す。白い薔薇の周りには赤い名前もよく分からないような花が飾られていた。よく見ればソレは挙式の時にヨメが持っていたブーケに使われていた花だ。
 もらっていいモンなのか、と聞くとイザナはオレのモンだし誰にあげようと自由だ、とさも当然のように言い放つ。なんとなく、やっぱりイザナは、兄貴なんだなあと思った。
 
 
 手続きを済ませて戻ると本格的に眠りについたナマエを肩で受け止めているイザナのヨメ。本当に子どもみたい、と楽しそうに笑っていて何かあったのか聞くと、どうやら眠りにつく前、ずっとドレスが素敵だった、飾り付けも、料理も全部凄かったと話し続けていたようだ。
 同じこと何度も言うから笑っちゃった、カワイイところがあるのね、と言うので思わずその肩から小さな頭を取り上げる。オレの、と言うとハイハイ、と呆れられた。
 
 
 元々預けていた荷物はもう部屋にあるらしい。よかった、さすがに眠っている人間を1人抱えてさらに荷物も、となると骨が折れる。ナマエくらい対した重さではないけど。
 背中に乗っている温もりをなるべく起こさないように抱え直してオレはホテルの廊下を歩く。時間はもう夜なのでそこまでの人はいないが、ぱらぱらと疎らにいるヤツらの視線が煩わしい。
 寝顔も全部オレのなンだから、見るンじゃねーよ。ナマエに視線を向ける男を睨んだ。すると、ゆっくりと身動ぎしたナマエがまんじろ、と舌っ足らずにオレを呼ぶ。起きたのか、イヤ、でもまだ半分寝てンなコレ。そう思いつつ返事をするとふにゃふにゃと嬉しそうに俺の首に擦り寄ってきた。
 
「カワイイことすンなよ。ここ、部屋じゃねーぞ」
「ふふ、今日、楽しかったね、キレイだったなあ、お姫様みたいだった、イザナさんも、王子様みたいだったね」
「ハァ?オレのが似合うね、絶対。つーかオレ以外にオウジサマとか言うな。ムカつく」
 
 いくら比喩だと分かっていても、その口から他の男の名前が出てくることはどうしても許せない。オマエはオレだけ見てればイイの。そう言うと楽しそうな笑い声が耳を擽る。
 わかってる、万次郎しか見てない。でも素敵だったんだもん、とふわふわした声。機嫌が良さそうだ。半分夢の中なんだろう。
 
「ナマエも、結婚式とか、したい?」
「えーそりゃあ、憧れるけど……ふふ、でも、万次郎とならなんでもいい」
「オレとなら?」
「うん。万次郎はヤキモチ焼きだから、私のドレスとか他人に見せたくないでしょ、だから、いいの。結婚式がしたいんじゃなくて、私は」
「待って」
 
 そこから先の言葉はいくらなんでも予想が着く。オレは立ち止まって、背中にいるナマエを抱え直した。
 タケミっちから色んな未来の話を聞いた。その中でナマエはどんなオレとも一緒にいたというのも聞いた。誰の目にも触れさせないように部屋に閉じ込めたり、時には自分の手にかけ、命を終わらせたりもしたらしい。何度も闇に墜ちるオレは、その度に背中の小さな唯一のオンナを一緒に巻き込んだそうだ。
 それでも、ナマエは、幸せそうだったと聞いた時、オレは1人で泣いた。本当に幸せになって欲しい、ならこの手は離した方がいい、そもそも出会うべきではない、何度も思ったのに、オレはそれが出来なかった。
 万次郎、大好き。オレの記憶には、その言葉がもうどの言葉よりも甘美でオレを満たすと、刻まれてしまっていたから。
 
「ナマエ、オレのこと好き?」
「ふふ……いまさら?」
「イイから、教えて」
 
 オレが聞くと、ナマエは相変わらずふわふわした柔らかい声で、万次郎、大好き、と囁いた。胸の奥がじんわりと温まる感覚に情けないが涙が込み上げる。
 オレも、と呟いた。好きだよ、大好き。愛してるよ。オマエ以外いらない。オレだけにして。
 
「結婚して、ナマエ」
 
 オレがそう言っても答えは聞こえない。代わりに規則正しい小さな寝息がオレの首を擽った。今かよ。聞いておけよ、オレの一世一代のプロポーズ。無敵のマイキーである、オレの。ムカつくけど、その寝息があまりにもカワイイので許すことにした。
 見ておけよ、オマエが泣いて喜ぶようなプロポーズしてやる。きっとナマエはその目が溶けてしまうんじゃないかと思うほどに泣いたあと、こんなの初めてだと言うんだろう。だからその時には、オレは2回目だけど、と言ってやる。精々悩めばいい。でもオレはナマエの悲しそうな顔を見てはいられないだろうから、すぐにネタばらしをしてしまうんだろう。その2回ともがオマエに向けられたものだと。
 オレの胸元でがっくりと首を落とすように、イザナから引き継がれた花が揺れた。

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