それを最後に言葉にした日/gntm 沖田


※死ネタ 沖田くんが史実通り結核で亡くなる古のネタなのでご注意ください。



 沖田総悟という人がいる。泣く子も黙る真選組の一番隊隊長さんだそうだ。沖田さんがまた街を爆破させたそうよ、やぁねぇ、あの人あんな顔してやることはとんでもないんだから。女中の中でも一際古株の人がヤダヤダと洗い物を進めつつそんな話をするので、私もいやですねぇ、なんて顔を作りつつ、その人の洗った皿についた泡を落としていく。
 あ、洗い残し。こびり付いた油がヌルヌルと指に嫌な感触を残した。ペラペラと沖田さんが、土方さんが、近藤局長が、とあることないことを話続けているその人は気付かない。
 きっと土方さんの大好きなマヨネーズだ。あの人が食したあとのお皿に重ねると見えにくい皿の裏側まで油分が付着してしまう。ひっそりと溜息を吐いた。
 上の人は仕方がありませんね。私がそう言うと、その人は嬉しそうに破顔してそうよねぇ、なんて機嫌良さげにさらに口を動かす。私はその隙に今しがた手にしたばかりの皿をもう一度洗い場へと戻した。ほんと、上の人は、仕方がないのだ。
 
 
 
「アンタ、俺と結婚しやせんか?」
「……ご冗談でしょうか。笑えませんよ」
 
 沖田さんったらまだ寝てらっしゃるの。私の言葉に沖田さんは首にかけていた独特なアイマスクをいけねーや、と取り払ってポケットに戻す。それから、冗談に見えやすかい、とシラを切って話を戻そうとした。
 この人はこういうところがある。冗談なのか本気なのか、はたまた、面白がってそれが行き過ぎているのか。私が隊士の方々が使われる少し薄汚れたタオルをただひたすらに畳んでいると、沖田さんは私の手をゆっくりと握る。冷たい手だった。
 
「邪魔しないでください」
「アンタのそういうつれねェトコが好きなんで」
「……じゃあ乗り気ならいいんですか?」
「それはそれで唆られる」
「貴方は真選組の隊長さんです。私のような女中の端くれなんかより余程良いお嬢さんを貰うべきでしょう」
「いーや、アンタだねィ。アンタと俺の子どもは一等カワイイと思わねーか?」
 
 俺と子作りしやしょう。最低、他所へどうぞ。他所なんかあるか。諦めてください。諦めやせん、ホラ、どっかのセンコーも言ってたろぃ、諦めたらそこで試合終了なんでさァ。
 はあ、と諦めるような息が肺から押し出される。ああ言えばこう言うとはまさにこのことだ。手首は解放されるどころかギリギリと少しずつ拘束する力が強まっていくし、こちらを見つめる蘇芳色の瞳は真っ直ぐに私の双眼を射抜いている。
 
「……土方さん」
「ァ?」
「土方さんに、マヨネーズつけたお皿の上に皿を重ねないでと注意してください」
「土方に?」
「はい、そうしたら、まず、貴方の話を聞きます。真面目に、仕事をせず」
 
 言いやしたね、女に二言はねェですぜ。沖田さんはそうにやりと口角を持ち上げると私の手をヒラヒラと解放して楽しそうに歩いていった。次の日土方さんのお皿だけ、綺麗に避けられていて、中でも一際マヨネーズの残りカスが酷いものは1等上に重なっているのを見て私は思わず声を出して笑ってしまった。そうか、なんとも見事だろう。けたけたと笑う私を見て古株の人は気でも触れたのかい、と呆れた声を出す。だって、ねぇ。
 先程食堂を出ていく土方さんの後ろ姿を見かけたのだけれど、食事の後だと言うのに、疲れたように項垂れていたのだ。左側の後ろ髪だけ少し散切りになっていたのを思い出して、私はまたひとりで笑う。沖田総悟という人は、不器用な人だと思った。
 
 
「さあさ、俺の話を聞いてもらいやすよ」
「はい、聞きます。聞くだけですもの」
「やっぱりつれねーや。本題ですが、結婚してはもらえやせんかね。アンタの笑った顔が好きなんです」
「つれないところが好きなのではなかったのですか?」
「アレだけ食堂でけたけたけたけたと、楽しそうに笑ってりゃ、嫌でも聞こえてくるってんでィ」
「失礼ですね」
「何聞いてやがる、褒めてんだろーが」
 
 返事は、そう催促されてもやはり頷くことなどできない。私はこの人のことを何も知らないのだ。ちろり、と沖田さんへと視線を滑らせる。市中見回りの後だと言っていたが果たして本当なのだろうか。分からない。息を吐くように嘘をつく人だと聞いたことがある。
 失った刀を取り戻した侍。首に侍の魂をぶら下げた幕府の狗。そう罵られているのを聞いた。実際彼等にその自覚はきっとあるのだろう。それでも彼等はこの国を守ることをやめたりしない。その姿は、どれだけ泥にまみれていても美しいと思う。
 だが実際はどうか。剣術の才で彼より秀でるものはいないと言うのに、沖田さんが手に取るのは肩に背負うバズーカばかり。そしてそれはよくよく街の至る所を破壊してはお怒りを食らっている。
 
「それ、1週間禁止してください」
「それ、ってコレのことかィ」
「はいその背中に背負ってらっしゃる物騒なもの。1週間それを使わずに街の平和を守ってください。そうしたら、貴方のことをもっと知る努力をします」
「マジか。……まァ、こんなモンなくってもアンタが生きる世界は、オレが守りやすぜ」
 
 お安い御用だ。沖田さんはそう言うと突然山崎ィ、と声を出す。どこからともなくはい、と現れた山崎さんにポイ、と軽く背負っていたバズーカを投げ渡した。預かっとけ、落としたら殺す、誤作動なんかしても殺す、無くしたら殺す。呪詛のように何も悪くない山崎さんを睨めつけて、頭を掻きながら去っていった。
 ひぃ、と息を呑んでいた山崎さんは沖田さんがいなくなったことを確認したあと、私を見て微笑む。沖田さん、貴方のことが本当に好きなんですね。まるで夢見る女のようなことを言うので耳を疑った。
 何を根拠に、と私が目を逸らすと、山崎さんはそれを見てけらけらと笑う。そして、おれはね、仕事柄、人の機敏を察するのが得意なんですよ、と前置きを置いて言葉を吐き出す。
 
「貴方も、存外沖田隊長のことを、気にしてるように見えますがね」
 
 
 沖田さんは約束通り、1週間騒ぎを起こさなかったそうだ。珍しいこともあるもんだよ、と洗い残しのない皿をこちらに寄越す古株の人はつまらなそうに吐き捨てる。くつくつと笑い声が漏れないように飲み込んだ。
 知らないでしょう、あなたの洗うお皿、私があの人に言ったから最近洗い物が楽なんですよ。そう動きそうになる口も無理やり縫い止めて、私はただ皿についた泡を落として重ねることを繰り返した。
 すると慌てたような声が私の名前を廊下で叫ぶ。事務方のおじいさんだった。ひいひい、と肩で息をして漸く私の姿を見つけると、すぐに連絡を、と私に紙をよこす。走り書きの忙しない文字が並んでいた。
 なんだなんだと野次馬のようにそれを覗き込んだ古株の人は、私の肩を守るように包み込む。大丈夫、大丈夫だよ。そんな声がどこか遠くで聞こえた気がした。
 
 
「田舎に帰るって聞きやしたが。なんでまた。アンタは出稼ぎに来てるみてェなモンと聞いたのは間違いかィ」
「……間違いではありません。父が結核で、母もその看病で中々働けず、ここに来た次第です。……その父が、危篤で、亡くなる前に、ひと目、私に会いたいと」
「……へェ、そりゃ、行かねェと」
 
 沖田さんはいつものかっちりとした隊服ではなく私服のはかま姿で私の前に胡座をかく。どの程度行くのか、いつ戻るのか、そう聞くので私は何枚かの着物を畳んでは風呂敷にし舞い込んで、恐らくは二月程、亡くなれば相応の後始末があるし、長く寄り添った母の心も心配だと、答えた。沖田さんは私の答えを聞くと封を切ったように、お腹を抱えて笑い始める。
 やはり気が触れてしまった、長らく騒ぎなんかひとつも起こしてないものだから、と私が目を丸くしていると、沖田さんは冷たい手を私の手の上に重ねた。
 
「これで最後にしやす。結婚、しやせんか?」
「……沖田さん、私の田舎では、男性が女性に結婚を申し込む時に、自分で編んだ紙紐を渡すんです。その女性を思って一つ一つ、丁寧に編んだものを。それを贈って求婚するんです」
「へぇ、難儀なモンだ」
「その難儀なことを、してください。2ヶ月後、私がここに戻ったら」
 
 それは、はいってことでいいンですかィ。沖田さんは少し赤らんだ顔で私を見つめる。私の手の上の、温度が少しだけ上がった気がした。沖田さんが、それでいいなら。私がそう答えると恥ずかしそうに目を逸らして、沖田さんはわかりやした、と本当に聞こえるか聞こえないかギリギリの声で呟く。
 2ヶ月後、必ずここに戻ります。私は誰に誓うでもなく、そう言った。ぎゅ、と握られた手は、少しだけ暖かかった。
 
 
 
 沖田さんは亡くなったそうだ。結核。もう随分と前から酷い状態だったそうで、医者曰く、あんなに元気だったことがほぼ幻のようなものだったらしい。1ヶ月と25日。予定よりも少しだけ早くなった帰りに、心を躍らせていたのは私だけのようだ。
 ああ、明日からどんな日々が待っているのだろう。彼は恋人として夫としてどんな顔を見せてくれるのだろう。
 時に砂糖をドロドロに溶かしたように甘やかしたり、分かりにくい星の煌めきのように仄かな優しさをくれたり、時には嵐の海のように怒りをぶつけあったり、そしてそれを後悔したり、そんなことを繰り返しながら、私たちはお互いのことを知り尽くしていくのだろうか。
 そんなことを思っていたのに。
 
 
「沖田隊長、急に容態が悪くなったんだ。本当に、急に。君が帰ってくる、って、連絡を寄越したときには、もう、」
「そう、ですか」
「……これ、沖田隊長から、君にって」
 
 要らなきゃ捨てろって、言ってたよ。山崎さんは、ただただ立派な仏壇の前で立ち尽くす私に桐の箱を押し付けてきた。受け取るしか無かったそれはほんの少し、彼の匂いがする。きっと亡くなるギリギリまで持っていたに違いない。
 上等な桐の箱の蓋を、ゆっくりと開けて、1度閉めた。もう二度と会えないのに。なんてことをする男だ。ありえない。大嫌いだ。最初から嫌いだったのだ。澄んだ顔をして、中身はどす黒い。軽薄が服を着て歩いているような人。
 
 ぽたりぽたりと、水滴が箱に落ちて染みを作る。違う。そんなことが、言いたかったんじゃない。そんなこと、ひとつも思っていない。ぽたぽた。室内だと言うのに雨と見紛うような勢いで水が落ちてきて、それが己の涙なのだと気付いた時には、私の両の膝は畳にくっついていた。
 ひくつく喉、情けなく漏れる声。どうして、どうして。
 私父親が結核だって言ったじゃない。どうして教えてくれなかったの。知っていたら、貴方の近くにいたのに。試すことなんかしなかったのに。もっともっと最初から、ずっとそばに居て、貴方だけを見ていたのに。
 
 そこまで思って気が付いた。彼は姉を同じようにして亡くしていた。ああ、そうか。家族の死に目と自分のそれを私に選ばせたくなどなかったのだ。馬鹿な人。駄目な人。優しい人。どうしてそんなに自分のためだけに、生きられなかったの。
 
 耳に心地よく響く桐の箱独特の音を立てて、もう一度開いたそこには彼の瞳の色のような少し暗い、血のような蘇芳色と清らかで美しい白色の紐で編まれた髪紐が鎮座していた。収まるべき場所に、収まっている。そんなような様子でそこにある髪紐を編んだのはきっと沖田さんに違いない。難儀だって、言ったのに。面倒なことが嫌いだって、そう聞いたのに。
 
「ばかなひと」
 
 私の涙に濡れた言葉を、拾い上げて、笑う人はもういない。本当に馬鹿な人。けれどそんな貴方を好きな私も大馬鹿者である。後悔しか残らない、思い出ばかりを胸にこれからの長い人生を生きていかねばならないのだろうか。苦しいばかりだと思った。
 彼は結局、私の手以外に触れることなどしなかったなあ。そのことを残念に思いながら私はただただ髪紐を胸に抱いて泣いた。きっと、この人以外に愛することなど、生涯を共にしようだなんて、思うことは無いだろう。

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