7日目




「なんとか1週間、もってよかったよ」
「なんだかここに来てからの毎日は目まぐるしくて…時間が早いです」
「一時はどうなることかと心配したけど」


今日で1週間。
約束の1週間。

明日から、僕は晴れて真選組に入隊だ。


「そういえば、人身売買の摘発って急遽決まったんですか?屯所で耳にしなかったので焦りました」
「いや、前々から流れてた噂を、やっとあの日逮捕にこぎつけたんでィ」


山崎さんにミントンを教えてもらっていると、沖田隊長が通りかかる。


「そうそう。内偵に内偵を重ねてようやく」
「新人のお前ェはスパイの可能性がある。お前ェには悟られねーように動いてたんでさァ」


なるほど。
僕は疑われていて、みなさんは秘密裏に作戦を練りながら、あくまで僕の前では日常を…
いやむしろ、屯所にスパイかもしれないやつが住み込むなんて、日常を装い警戒していたに違いない。


「やっぱり、すごい…。真選組は…」
「お前ェも明日から真選組だ」


ここの人たちはガサツで不器用な荒くれ者ばかりだと思っていたけど、それだけじゃ到底し得ないことをサラッとやってのける。
僕の憧れは、ここへ来てから何倍も強くなった気がする。


「あ!総悟くん!もー探したよー」


中庭の奥から優生さんが近づいてくる。
顔を見ると胸がチクリとする。


「副長が探してたよ」
「チッ、またあの野郎か」
「山崎くんも副長が呼んでたけど…なんかしたの?」
「えっ、僕ですか?!」


ラケットで顔を隠しながらふるふると震えている山崎さん。

ラケットすけすけなので…、丸見えですけど…。


「1週間経ったから切腹だって」
「えぇ?!あれ本気だったんですか?!!」
「心当たりあるんだ」


ーーーーー"1週間以内にこいつの心折らなかったら切腹"


青ざめた山崎さんとタルそうな沖田さんがいなくなると、2人。


「土方副長、どこにいますか?」
「部屋にいると思うよ?」
「そうですか」
「用事?」
「はい。少し話があって。もう少ししたら行ってみます」


仮入隊の間に、しなければならないことがある。


「午後からは見廻りだと思うから、帰ってきてからの方がいいかもね」
「わかりました」
「相談なら、乗りますけど」


僕が副長と何を話すつもりなのか、気づいているのかもしれない。
でも、これはもう決めたことだ。


「副長に話したら、報告しますね」
「わかった。近藤さん回収してきますっ」


遠ざかる背中と少しだけ残った匂いに、静かに胸元を握った。


……


「今日は宴だ!山上君の入隊祝いだからな、無礼講といこう!」


立ち上がる近藤局長の声に、キラキラした目を向ける隊士たち。
僕の入隊祝いをしてくださるそうで、それはすなわち浴びるほどお酒が飲めると言うこと。


「その前に、お前ェらに山上から報告だ」


座ったままタバコを吸う土方副長の声に僕は立ち上がり、隊士たちは不満そうな目を向ける。


「明日にしてくれよー」
「俺昼間から何も飲まずに待ってるのにぃ」


1秒でも早く乾杯をしようと、ほとんどの隊士がグラスを手に持っている。


「すみません。あの、僕、今日正式に、入隊取り下げ願いを土方副長に提出しました」
「えっ、トシ。俺そんなの聞いてないぞ」


僕は、真選組になれない。
いや、ならない。


「さっきすまいるから帰ってきたばっかでいつ話せってんだ」


僕が話をした時と同じように、フゥーッと煙を吐く土方副長。

"そうか"
ただ一言、そう言われただけだった。


「いやぁ、でも、山上くん、君は監察に向いていると報告を受けていたし…考え直し」
「こいつが辞めるっつってんだ。誰にも止める権利はねェだろ、近藤さん」
「トシ…」


悲しそうな顔をする近藤局長に、少し申し訳ない気持ちになる。

僕はここの人たちみたいに強くなれない。優しくなれない。
それが、1週間過ごして1番強く感じたことだった。

不器用で、天邪鬼で、強くて、優しい。

僕はそんな大きな人間にはなれないだろう。
憧れているのが丁度いい。


「じゃあ今日は山上の送別会ってことで。誰も死なねェ送別会なんざ、最初で最後かもしれやせんぜ」


グラスを持った沖田さんが立ち上がる。


「確かにそうだな。行く道は違えど、一度は同じ釜の飯を食い、同じ屋根の下で暮らした同士だ。山上君が信じた道を、振り返らずに歩まんことを祈って、無礼講だ!!」
「「「かんぱーーーーい!!」」」


屯所が揺れんばかりの乾杯の後、思ったより沢山の隊士が別れを惜しんでくれた。
たくさん笑って、たくさん話をして、やっぱり僕の勘違いをまた笑って、1週間だけでもこの人達の仲間になれたことが誇りになった。

明日から、僕は晴れて一般市民だ。


……


「山上くん」
「優生さん…」


今夜中には出ようと荷物をまとめていると、いつのまにか優生さんの姿が。


「優秀だったよ、山上くん」
「ありがとうございます。でも、みなさんはすごいなーって、いっつも思ってました」
「こんなに規律の厳しいところへ来て、新しい仕事を覚えて、それをきちんとこなして、その上他人の行動の僅かな揺らぎや違和感を感じ取れる。それってかなりすごいよ?」


いつもと変わらない淡々とした声に、いつもと変わらない表情だけど、なぜだか本当に残念がってくれている気がしてしまう。


「そんなに褒めていただけただけで、もう充分です」
「総悟くんも副長も近藤さんも山崎くんも、私も、期待してたのになぁ。これから一緒に働けることも、君の実力にも」


みんなの顔が浮かんで、苦しくも楽しかった1週間が浮かんで、唇を噛みしめる。


「優生さん、聞きましたよね、何のために戦うのか、どうして強くなりたいのかって」
「うん」
「ずっと考えてたんです。でも、答えは出ませんでした」


僕がここに来たのは憧れ。
市民を守るためとか、愛する人を守るためとか、愛する人の愛するものを守るためとかじゃない。
何かの為に戦えない僕は、何かの為に戦っている人より強くはなれない。


「自分の実力不足を感じただけじゃないんです。僕は真選組になるより、真選組に憧れていたいんだと思います」


あなたを好きでいるより、小さい頃からの憧れのままにしておきたい。

それが僕の弱さで、こんな僕じゃ誰も守れない。
この弱さを、強さに変えられない。
失う怖さと戦いながら、手放して守ろうとするほど強くなれない。
だって僕には、失うものがない。

そう痛感したから、ここを出る。

並大抵の強さは、ここでは通用しない。
圧倒的に強くないと、戦場は生き残れない。


「憧れ、か」
「そうだ。土方副長のことだけ役職で呼ぶの、ちょっと訳あり感ありますよ」
「えっ?!あっ、た、たしかに…」


僕のこの少しの意地悪は、
真選組への憧れと、敬愛と、ここへ来た証と、意外と恥ずかしがり屋な貴女へのプレゼントです。
愛しい人の名前くらい、たくさん呼んでください。


「お世話になりました」


屯所の扉の前で深くお辞儀をすると、


「こちらこそ」


相変わらずペコリと吹き出しがつきそうな丁寧なお辞儀を返される。


「お父上のお店、今度みんなで使わせてもらいます」
「待ってます」
「じゃあ、また今度」
「はい、また」


人気のない道を歩き始める。
もう戻れない。
もう振り返れない。

思い出は、今は思い出さずにしまっておこう。


振り返ってしまいそうになり、通りかかったタクシーを止める。


「すみません、とりあえず、出してください。後ろが見えなくなるまで」
「お兄さん、真選組の人?」
「っ…いえ、違います」
「あぁ、そう」


ルームミラーで後ろを見た運転手の呟きに


「この時間にあんなに隊士が出てるなんて、何かあったんでしょうねぇ」
「っ…」


振り返りたくて、戻りたくて、


代わりに、ぐちゃぐちゃな顔で敬礼した。



不器用で、天邪鬼で、強くて、優しい、

そんな侍になれるまで、振り返らないように。





-完-2018.10.14.


監察日記
7日目




「なんとか1週間、もってよかったよ」
「なんだかここに来てからの毎日は目まぐるしくて…時間が早いです」
「一時はどうなることかと心配したけど」


今日で1週間。
約束の1週間。

明日から、僕は晴れて真選組に入隊だ。


「そういえば、人身売買の摘発って急遽決まったんですか?屯所で耳にしなかったので焦りました」
「いや、前々から流れてた噂を、やっとあの日逮捕にこぎつけたんでィ」


山崎さんにミントンを教えてもらっていると、沖田隊長が通りかかる。


「そうそう。内偵に内偵を重ねてようやく」
「新人のお前ェはスパイの可能性がある。お前ェには悟られねーように動いてたんでさァ」


なるほど。
僕は疑われていて、みなさんは秘密裏に作戦を練りながら、あくまで僕の前では日常を…
いやむしろ、屯所にスパイかもしれないやつが住み込むなんて、日常を装い警戒していたに違いない。


「やっぱり、すごい…。真選組は…」
「お前ェも明日から真選組だ」


ここの人たちはガサツで不器用な荒くれ者ばかりだと思っていたけど、それだけじゃ到底し得ないことをサラッとやってのける。
僕の憧れは、ここへ来てから何倍も強くなった気がする。


「あ!総悟くん!もー探したよー」


中庭の奥から優生さんが近づいてくる。
顔を見ると胸がチクリとする。


「副長が探してたよ」
「チッ、またあの野郎か」
「山崎くんも副長が呼んでたけど…なんかしたの?」
「えっ、僕ですか?!」


ラケットで顔を隠しながらふるふると震えている山崎さん。

ラケットすけすけなので…、丸見えですけど…。


「1週間経ったから切腹だって」
「えぇ?!あれ本気だったんですか?!!」
「心当たりあるんだ」


ーーーーー"1週間以内にこいつの心折らなかったら切腹"


青ざめた山崎さんとタルそうな沖田さんがいなくなると、2人。


「土方副長、どこにいますか?」
「部屋にいると思うよ?」
「そうですか」
「用事?」
「はい。少し話があって。もう少ししたら行ってみます」


仮入隊の間に、しなければならないことがある。


「午後からは見廻りだと思うから、帰ってきてからの方がいいかもね」
「わかりました」
「相談なら、乗りますけど」


僕が副長と何を話すつもりなのか、気づいているのかもしれない。
でも、これはもう決めたことだ。


「副長に話したら、報告しますね」
「わかった。近藤さん回収してきますっ」


遠ざかる背中と少しだけ残った匂いに、静かに胸元を握った。


……


「今日は宴だ!山上君の入隊祝いだからな、無礼講といこう!」


立ち上がる近藤局長の声に、キラキラした目を向ける隊士たち。
僕の入隊祝いをしてくださるそうで、それはすなわち浴びるほどお酒が飲めると言うこと。


「その前に、お前ェらに山上から報告だ」


座ったままタバコを吸う土方副長の声に僕は立ち上がり、隊士たちは不満そうな目を向ける。


「明日にしてくれよー」
「俺昼間から何も飲まずに待ってるのにぃ」


1秒でも早く乾杯をしようと、ほとんどの隊士がグラスを手に持っている。


「すみません。あの、僕、今日正式に、入隊取り下げ願いを土方副長に提出しました」
「えっ、トシ。俺そんなの聞いてないぞ」


僕は、真選組になれない。
いや、ならない。


「さっきすまいるから帰ってきたばっかでいつ話せってんだ」


僕が話をした時と同じように、フゥーッと煙を吐く土方副長。

"そうか"
ただ一言、そう言われただけだった。


「いやぁ、でも、山上くん、君は監察に向いていると報告を受けていたし…考え直し」
「こいつが辞めるっつってんだ。誰にも止める権利はねェだろ、近藤さん」
「トシ…」


悲しそうな顔をする近藤局長に、少し申し訳ない気持ちになる。

僕はここの人たちみたいに強くなれない。優しくなれない。
それが、1週間過ごして1番強く感じたことだった。

不器用で、天邪鬼で、強くて、優しい。

僕はそんな大きな人間にはなれないだろう。
憧れているのが丁度いい。


「じゃあ今日は山上の送別会ってことで。誰も死なねェ送別会なんざ、最初で最後かもしれやせんぜ」


グラスを持った沖田さんが立ち上がる。


「確かにそうだな。行く道は違えど、一度は同じ釜の飯を食い、同じ屋根の下で暮らした同士だ。山上君が信じた道を、振り返らずに歩まんことを祈って、無礼講だ!!」
「「「かんぱーーーーい!!」」」


屯所が揺れんばかりの乾杯の後、思ったより沢山の隊士が別れを惜しんでくれた。
たくさん笑って、たくさん話をして、やっぱり僕の勘違いをまた笑って、1週間だけでもこの人達の仲間になれたことが誇りになった。

明日から、僕は晴れて一般市民だ。


……


「山上くん」
「優生さん…」


今夜中には出ようと荷物をまとめていると、いつのまにか優生さんの姿が。


「優秀だったよ、山上くん」
「ありがとうございます。でも、みなさんはすごいなーって、いっつも思ってました」
「こんなに規律の厳しいところへ来て、新しい仕事を覚えて、それをきちんとこなして、その上他人の行動の僅かな揺らぎや違和感を感じ取れる。それってかなりすごいよ?」


いつもと変わらない淡々とした声に、いつもと変わらない表情だけど、なぜだか本当に残念がってくれている気がしてしまう。


「そんなに褒めていただけただけで、もう充分です」
「総悟くんも副長も近藤さんも山崎くんも、私も、期待してたのになぁ。これから一緒に働けることも、君の実力にも」


みんなの顔が浮かんで、苦しくも楽しかった1週間が浮かんで、唇を噛みしめる。


「優生さん、聞きましたよね、何のために戦うのか、どうして強くなりたいのかって」
「うん」
「ずっと考えてたんです。でも、答えは出ませんでした」


僕がここに来たのは憧れ。
市民を守るためとか、愛する人を守るためとか、愛する人の愛するものを守るためとかじゃない。
何かの為に戦えない僕は、何かの為に戦っている人より強くはなれない。


「自分の実力不足を感じただけじゃないんです。僕は真選組になるより、真選組に憧れていたいんだと思います」


あなたを好きでいるより、小さい頃からの憧れのままにしておきたい。

それが僕の弱さで、こんな僕じゃ誰も守れない。
この弱さを、強さに変えられない。
失う怖さと戦いながら、手放して守ろうとするほど強くなれない。
だって僕には、失うものがない。

そう痛感したから、ここを出る。

並大抵の強さは、ここでは通用しない。
圧倒的に強くないと、戦場は生き残れない。


「憧れ、か」
「そうだ。土方副長のことだけ役職で呼ぶの、ちょっと訳あり感ありますよ」
「えっ?!あっ、た、たしかに…」


僕のこの少しの意地悪は、
真選組への憧れと、敬愛と、ここへ来た証と、意外と恥ずかしがり屋な貴女へのプレゼントです。
愛しい人の名前くらい、たくさん呼んでください。


「お世話になりました」


屯所の扉の前で深くお辞儀をすると、


「こちらこそ」


相変わらずペコリと吹き出しがつきそうな丁寧なお辞儀を返される。


「お父上のお店、今度みんなで使わせてもらいます」
「待ってます」
「じゃあ、また今度」
「はい、また」


人気のない道を歩き始める。
もう戻れない。
もう振り返れない。

思い出は、今は思い出さずにしまっておこう。


振り返ってしまいそうになり、通りかかったタクシーを止める。


「すみません、とりあえず、出してください。後ろが見えなくなるまで」
「お兄さん、真選組の人?」
「っ…いえ、違います」
「あぁ、そう」


ルームミラーで後ろを見た運転手の呟きに


「この時間にあんなに隊士が出てるなんて、何かあったんでしょうねぇ」
「っ…」


振り返りたくて、戻りたくて、


代わりに、ぐちゃぐちゃな顔で敬礼した。



不器用で、天邪鬼で、強くて、優しい、

そんな侍になれるまで、振り返らないように。





-完-2018.10.14.



- 10 -


*前 次#

戻る
好きだけじゃやってけない