6日目
コンコン
自室で書類整理をしていると、扉が叩かれる。
思えばここに来て、僕の部屋に誰かが来るのは初めてだ。
「はい!」
「山上くん?優生だけど、入っても大丈夫?」
「は、はい!どうぞ!」
慌てて机の上を整理すると、"あーあー、気使わないで"と言いながら優生さんが入ってくる。
「仕事は慣れた?」
「まぁ、ぼちぼち」
「そっか。この部屋、この時間は日当たりいいんだ」
縁側の方へ歩き出す優生さんについていき、2人で腰掛ける。
「今日は風が気持ちいいね」
「そうですね。今日は近藤局長いないんですね。たまに素振りしてるの見えるんですけど」
「げ、せっかく日当たりいいのに最悪だね」
きっとこんな話をしに来たのではないだろうけど、真選組という場所で、隊士同士がこう言う会話をするんだということに、少しホッとする。
きっと無意識に、ここにいる間ずっと気を張っていたんだろう。
「明日の夜、山上くんの入隊祝いするって」
「え…クビにされるのかと思ってました」
「クビ?」
「だって、土方副長のテスト、全然だめでした」
「あー、あんなの気にしなくていいよ」
優生さんはそう言ってくれるけど、僕的には結構凹んでいたりする。
「ただちょっとからかっただけだし。副長が1週間逃げ出さなかったら入隊って言ったんだから、それは変わらないよ」
"副長"と聞いて、胸が少し痛む。
「どうしてそんな顔するの?」
「え?」
「苦しそう。失恋したみたいな」
そんなことはない。
でもこの胸の痛みは、たしかにそれに近いかもしれない。
想いあっているのに自ら離れる選択をした2人を思うと、何故だか無性に心が痛い。
「あの…、優生さんは、好きな人と…」
無責任に言いかけて、言葉がない。
一緒にいたいと思わないんですか?
結ばれたいと思わないんですか?
結婚したくないんですか?
どれも違う。
土方副長とどうして別れたんですか?
大きなお世話だ。
僕の質問はどれも、居場所のない自分の中の切なさを、優生さんの中に見つけようとしているだけだ。
「いや、昨日沖田さんと見廻りに行ったんですけど、沖田さんて彼女とか」
「総悟くん、なんか言ってた?」
「えっ、いや、」
「総悟くん、意外と面倒見いいよね」
「はい…」
何も言っていないけど、おそらく大方の事はバレているんだろうと思う。
ここの人たちはみんな、不思議なくらいお互いの事を理解している。
「私、副長が好き」
「っ」
「じゃあどうして別れたんだって言われると、重たい話になるんだけど」
目を伏せた優生さんは、"誰にも言えないから聞いてくれる?"と少し笑った。
白々しく"はい"なんて返事をしたけどきっと、僕が気になっていることをわかっていて、話そうとしてくれている。
「私、ここへ来た頃は今と全然違って、命なんてどうでもよかったの。他人のも自分のも。だからこそ来たんだけど、ここへ来て、みんなに大事にされて、みんなを大事に思って、そうしているうちに副長のことを好きになって、」
ここへ来てからのことはきっと全て、優生さんにとって大切なことで、写真を指でなぞるように優しく丁寧に話し出す。
「副長は例え誰かを好いても、絶対に打ち明けない人だって総悟くんが教えてくれて。まあこんな仕事だし、ああいう人だし。わからなくはないんだけどね、腹が立って、副長に告白したの」
「はい」
「その告白に勝って、そしたら副長も私を想ってくれてたみたいで、その時副長に見合い話があったんだけど蹴ってくれて」
「はい」
腹が立って告白とか、告白に勝つとか、思うところはあったけど、
まるで昨日のことのように嬉しそうに話す優生さんを見ていたかった。
「結婚してみてね、わかったの」
「はい…?」
空を仰いだ優生さんは、冷静な声で唐突に結論を話し出す。
不思議な人だ。
丁寧にお辞儀をしたあと、大の男相手に長く稽古したと思ったら、夕飯を餌にされ瞬殺。
寝ぼけながらお茶をすすったと思ったら、真髄をつくような質問をしてくる。
僕を助けに来てくれた時だって、いつも通りふわふわしていたと思ったら呆気なく瞬殺。その1秒後にはまたふわふわしていて、瞬きの間に瞼の裏で別の世界を見たようだった。
今も、楽しく昔話を始めたと思ったら、天を仰ぎ冷静な声で、そこにある真実を取り出そうとする。
さっきまで暖かったこの場所は、その真実に簡単に熱を奪われることを知っているのに。
「私は、副長の側にいられない」
「どうして、ですか」
「副長は、右手に将軍様、左手に近藤さんを持ってる。背中には真選組を背負ってるし。あ、胸にはタバコ。わかってて好きになった、わかってて結婚した。守ってもらいたいとか、隣に行きたいだとか、禁煙しろだとか、思ったことないよ」
「なら」
「でもね、あの人はそれでも、私を分かりやすく愛そうとしてくれた。お前は近藤さんの次の仕事の次のタバコの次のマヨネーズの次、くらい言ってくれればよかったのに、わかりにくくても理解できたのにね」
それでも、優生さんは笑う。
「それはダメなんですか」
「私と近藤さんに同時に刃が向けられた時、迷わず私を見捨ててほしい。土方さんが守ってきたものを、守りたいものを、そのままずっと守れるように、私が土方さんを守りたかったんだけどね。それを私が邪魔してるのは、耐えられなかった。ボロボロになって、それでも私を見捨てられない土方さんを見るのが、耐えられなかった。全然、守れなかった」
「愛してるから、」
そんなの、当たり前だ。
愛しているから、守りたい。生きていてほしい。選ぶなんて無理だ。そんなのは当たり前だ。
「うん。愛されなければ、土方さんを苦しめなくて済んだのにって、思ったよ」
愛しているから、
自分なんて愛さなくていい。
貴方が笑っているためなら、変わらずその場所にいられるためなら、邪魔するものは消してしまおう。この手がどれほど汚れようと、それが自分に向けられた愛であろうと。消してしまおう。
苦しんでいても幸せだったはずの土方副長を見て、優生さんが苦しみを取り除こうとしたのなら、
土方副長もまた、自身を見て苦しそうな優生さんの苦しみを、取り除こうとしたのかもしれない。
「そんなの」
互いを深く愛するが故に、側にいられないなんて、そんなのおかしいじゃないか。
「なんで山上くんが泣いてんの」
「僕はそんなの」
そうか、僕は、苦しい。
2人の気持ちを考えて、苦しい。
優生さんの気持ちを考えて、苦しい。
優生さんの事が好きで、苦しい。
失恋して初めて恋に気づいたから、苦しい。
好きな人が悲しくて、苦しい。
「そんなの、知りません。そんなに深い愛を、知りません」
愛する人のため、その選択を間違いにしないため、笑うことは僕にはできない。
愛せば愛すほど遠いのに、
愛されれば愛されるほど叶わないのに、
「今でも、」
愛していますと、笑うことはできない。
監察日記
6日目
コンコン
自室で書類整理をしていると、扉が叩かれる。
思えばここに来て、僕の部屋に誰かが来るのは初めてだ。
「はい!」
「山上くん?優生だけど、入っても大丈夫?」
「は、はい!どうぞ!」
慌てて机の上を整理すると、"あーあー、気使わないで"と言いながら優生さんが入ってくる。
「仕事は慣れた?」
「まぁ、ぼちぼち」
「そっか。この部屋、この時間は日当たりいいんだ」
縁側の方へ歩き出す優生さんについていき、2人で腰掛ける。
「今日は風が気持ちいいね」
「そうですね。今日は近藤局長いないんですね。たまに素振りしてるの見えるんですけど」
「げ、せっかく日当たりいいのに最悪だね」
きっとこんな話をしに来たのではないだろうけど、真選組という場所で、隊士同士がこう言う会話をするんだということに、少しホッとする。
きっと無意識に、ここにいる間ずっと気を張っていたんだろう。
「明日の夜、山上くんの入隊祝いするって」
「え…クビにされるのかと思ってました」
「クビ?」
「だって、土方副長のテスト、全然だめでした」
「あー、あんなの気にしなくていいよ」
優生さんはそう言ってくれるけど、僕的には結構凹んでいたりする。
「ただちょっとからかっただけだし。副長が1週間逃げ出さなかったら入隊って言ったんだから、それは変わらないよ」
"副長"と聞いて、胸が少し痛む。
「どうしてそんな顔するの?」
「え?」
「苦しそう。失恋したみたいな」
そんなことはない。
でもこの胸の痛みは、たしかにそれに近いかもしれない。
想いあっているのに自ら離れる選択をした2人を思うと、何故だか無性に心が痛い。
「あの…、優生さんは、好きな人と…」
無責任に言いかけて、言葉がない。
一緒にいたいと思わないんですか?
結ばれたいと思わないんですか?
結婚したくないんですか?
どれも違う。
土方副長とどうして別れたんですか?
大きなお世話だ。
僕の質問はどれも、居場所のない自分の中の切なさを、優生さんの中に見つけようとしているだけだ。
「いや、昨日沖田さんと見廻りに行ったんですけど、沖田さんて彼女とか」
「総悟くん、なんか言ってた?」
「えっ、いや、」
「総悟くん、意外と面倒見いいよね」
「はい…」
何も言っていないけど、おそらく大方の事はバレているんだろうと思う。
ここの人たちはみんな、不思議なくらいお互いの事を理解している。
「私、副長が好き」
「っ」
「じゃあどうして別れたんだって言われると、重たい話になるんだけど」
目を伏せた優生さんは、"誰にも言えないから聞いてくれる?"と少し笑った。
白々しく"はい"なんて返事をしたけどきっと、僕が気になっていることをわかっていて、話そうとしてくれている。
「私、ここへ来た頃は今と全然違って、命なんてどうでもよかったの。他人のも自分のも。だからこそ来たんだけど、ここへ来て、みんなに大事にされて、みんなを大事に思って、そうしているうちに副長のことを好きになって、」
ここへ来てからのことはきっと全て、優生さんにとって大切なことで、写真を指でなぞるように優しく丁寧に話し出す。
「副長は例え誰かを好いても、絶対に打ち明けない人だって総悟くんが教えてくれて。まあこんな仕事だし、ああいう人だし。わからなくはないんだけどね、腹が立って、副長に告白したの」
「はい」
「その告白に勝って、そしたら副長も私を想ってくれてたみたいで、その時副長に見合い話があったんだけど蹴ってくれて」
「はい」
腹が立って告白とか、告白に勝つとか、思うところはあったけど、
まるで昨日のことのように嬉しそうに話す優生さんを見ていたかった。
「結婚してみてね、わかったの」
「はい…?」
空を仰いだ優生さんは、冷静な声で唐突に結論を話し出す。
不思議な人だ。
丁寧にお辞儀をしたあと、大の男相手に長く稽古したと思ったら、夕飯を餌にされ瞬殺。
寝ぼけながらお茶をすすったと思ったら、真髄をつくような質問をしてくる。
僕を助けに来てくれた時だって、いつも通りふわふわしていたと思ったら呆気なく瞬殺。その1秒後にはまたふわふわしていて、瞬きの間に瞼の裏で別の世界を見たようだった。
今も、楽しく昔話を始めたと思ったら、天を仰ぎ冷静な声で、そこにある真実を取り出そうとする。
さっきまで暖かったこの場所は、その真実に簡単に熱を奪われることを知っているのに。
「私は、副長の側にいられない」
「どうして、ですか」
「副長は、右手に将軍様、左手に近藤さんを持ってる。背中には真選組を背負ってるし。あ、胸にはタバコ。わかってて好きになった、わかってて結婚した。守ってもらいたいとか、隣に行きたいだとか、禁煙しろだとか、思ったことないよ」
「なら」
「でもね、あの人はそれでも、私を分かりやすく愛そうとしてくれた。お前は近藤さんの次の仕事の次のタバコの次のマヨネーズの次、くらい言ってくれればよかったのに、わかりにくくても理解できたのにね」
それでも、優生さんは笑う。
「それはダメなんですか」
「私と近藤さんに同時に刃が向けられた時、迷わず私を見捨ててほしい。土方さんが守ってきたものを、守りたいものを、そのままずっと守れるように、私が土方さんを守りたかったんだけどね。それを私が邪魔してるのは、耐えられなかった。ボロボロになって、それでも私を見捨てられない土方さんを見るのが、耐えられなかった。全然、守れなかった」
「愛してるから、」
そんなの、当たり前だ。
愛しているから、守りたい。生きていてほしい。選ぶなんて無理だ。そんなのは当たり前だ。
「うん。愛されなければ、土方さんを苦しめなくて済んだのにって、思ったよ」
愛しているから、
自分なんて愛さなくていい。
貴方が笑っているためなら、変わらずその場所にいられるためなら、邪魔するものは消してしまおう。この手がどれほど汚れようと、それが自分に向けられた愛であろうと。消してしまおう。
苦しんでいても幸せだったはずの土方副長を見て、優生さんが苦しみを取り除こうとしたのなら、
土方副長もまた、自身を見て苦しそうな優生さんの苦しみを、取り除こうとしたのかもしれない。
「そんなの」
互いを深く愛するが故に、側にいられないなんて、そんなのおかしいじゃないか。
「なんで山上くんが泣いてんの」
「僕はそんなの」
そうか、僕は、苦しい。
2人の気持ちを考えて、苦しい。
優生さんの気持ちを考えて、苦しい。
優生さんの事が好きで、苦しい。
失恋して初めて恋に気づいたから、苦しい。
好きな人が悲しくて、苦しい。
「そんなの、知りません。そんなに深い愛を、知りません」
愛する人のため、その選択を間違いにしないため、笑うことは僕にはできない。
愛せば愛すほど遠いのに、
愛されれば愛されるほど叶わないのに、
「今でも、」
愛していますと、笑うことはできない。
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好きだけじゃやってけない