01
――東京都立呪術高等専門学校。
そこは日本に二校しか存在しない四年制の呪術教育機関の一つ。
この春入学した一年女子・王城蘭は呪術師としては少々…いや、かなり特殊な枠組みに位置付けられていた。
その理由は彼女の呪霊に対する力に所以があるのだが――
「やー蘭ちゃん!恵に拉致られたと思ったらやっぱりここにいたんだね」
「!悟…?観光…どうして?」
「それを聞くなんて野暮だなあ蘭ちゃんは!そんなの観光よりも君に会いたかったからに決まってるじゃない」
何故ここにいるのか、と驚く蘭の両手をぎゅっと握るのは特級呪術師である五条家のトップ。呪術師最強の男・五条悟だ。
今蘭と、蘭の幼馴染みである呪術高専一年の伏黒恵は特級呪物・両面宿儺の指の回収任務の為仙台に来ていた。本来なら指の回収は五条の任務であるのだが、伏黒に任務を一任(五条曰く愛の鞭)して彼は呑気に観光をしている筈なのだ。
そしてこれは余談だが、仙台に着いた途端蘭と観光する!と伏黒を一人任務に当たらせようとしていた五条だったが蘭が伏黒が心配だと言う事でフラれ一人泣く泣く観光しに行った。らしい。
故に現場にいるはずがない五条の存在に蘭は少々驚いていた。
「蘭ちゃん、改めて言うよ」
「?」
「君を世界一幸せにできるのは僕だけだ 蘭ちゃん 僕と結婚しよう」
そう言って五条が蘭の目の前で片膝をつきドラマでありそうなプロポーズよろしく、パカっとジュエリーボックスを開けて見せた。
中には聞くのも恐ろしい程の高そうな指輪がキラキラと輝いていて、暗い校舎内でも眩い輝きを放つそれは五条の手により流れるような動作であっという間に蘭の薬指にはめられた。
うきうきとした表情の五条とは反対に蘭は薬指でキラキラと輝くそれを見ながら困ったような表情でふるふると首を左右に緩く動かした。
「結婚、蘭早い。それより任務。宿儺指、お札剥がす、危ない」
「それより!?僕の一世一代のプロポーズを"それより"で済ますなんて…!流石一筋縄じゃいかないなあ、蘭ちゃん」
"あ、でも僕これっぽっちも諦める気ないから蘭ちゃんが折れるか無理にでも既成事実作っちゃってゴールインするかってプランも考えてるから素直にコレにサインするのをオススメするよ!"
言いながら五条がピラッと一枚の紙を見せてきた。紙の題目が書かれている場所には婚姻届の字。後は蘭の名前と印鑑を埋めるだけになっている。
ちなみに、"無理にでも既成事実作っちゃって〜"のくだりで蘭は「??既成…なに?」状態だったが一方の五条は「それはその時のお楽しみだよ」などと恐ろしいセリフを吐く始末。
ひとまず婚姻届を丁寧に仕舞った五条は蘭の手を引いて校内に歩みを進めた。
「で、蘭ちゃんは恵に"危ないから来るな"って言われてたのに来ちゃったってワケだ」
「だって恵無茶する、心配」
「ウン、そうだね。心配するのも分かるよ。けどさ、蘭ちゃんの事が心配だから来るなって言った恵の気持ちも考えよう。いくら君が"特別"でもやっぱり心配なんだよ、恵は」
「…恵、蘭心配?」
「ウンウン。――あ、勿論僕はそれよりもっともっと心配だったけどね!!心配の種を消すにはどうしたらいいか考えて、考えた末に役所から婚姻届もらって来ちゃったぐらいには蘭ちゃんが心配で心配で胸が苦しかったんだ。この最強の僕がだよ?最強でグッドルッキングガイな僕の胸を苦しめる事ができる唯一の女の子。この凄さ、蘭ちゃん本当にわかってる?」
一回で言うセリフが長い。そう思った蘭はところどころ飛ばしながら五条の話を噛み砕き、少し考える素振りを見せると、コクンと頷いて見せた。
「悟凄い、蘭わかる。いつも伊地知、悟見てビクビクする」
「そうそう、って待って蘭ちゃん、今伊地知全く関係ないよ?」
「そうなの?」
「うん。あー、なんかムカつくから伊地知後でマジビンタしよ」
全くなんとも理不尽な理由である。
五条が声を低くしてボソッとそう言った同刻、東京では――
「くしゅんっ!!」
「なんだ伊地知、季節外れの風邪か?」
「家入さん!風邪…いや、風邪と言うより一瞬どこか身に覚えのあるゾクっとした感覚がしたような気がしてですね」
「ほう なら誰かがお前の噂でもしているのかもな」
「私の噂を?はは、そんな噂されるような内容ない人間なんですがね、私」
「確かにな」
自分で言ったはいいがそこはかとないやるせなさを感じた伊地知。だが彼は知らない。
そう、完全なる私怨、いや、私怨でもなくただの八つ当たりで仙台から帰って来た五条にマジビンタされるという未来を。
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