17
「惨い…」
凄惨な人間の死体を前にした虎杖の口からポロリと言葉が転がり落ちた。
下半身のない血みどろの遺体に普段気の強い釘崎も若干顔色を悪くし、蘭もなるべくソレを視界に映さないようそばにいた玉犬に視線を落とし、ふわりとその頭を撫でた。
「この遺体持って帰る」
「え」
「あの人の子供だ 顔はそんなにやられてない」
「でもっ」
「遺体もなしで"死にました"じゃ納得できねぇだろ」
3人が建物の中に入る前、取り乱しながら息子の安否を問い掛けてきた女性がいた。
名前を確認した所、今目の前にある遺体はその人の息子だったのだろう。
息子を心配する女性の姿を見て"助けるぞ"と息巻いていた虎杖の事だ。例えその息子が死んでいても放っては置かないだろうと思ってはいたが…伏黒は虎杖とは反対に自分の頭の中がどんどん冷め切っていくのを感じ取った。
しゃがんで遺体の回収をしようとしていた虎杖を伏黒が掴み上げた。
「あと2人の生死を確認しなきゃならん その遺体は置いてけ」
「振り返れば来た道がなくなってる 後で戻る余裕はねぇだろ」
「"後にしろ"じゃねぇ "置いてけ"っつったんだ。ただでさえ助ける気のない人間を死体になってまで救う気は俺にはない」
「どういう意味だ」
「ここは少年院だぞ 呪術師には現場のあらゆる情報が事前に開示される。ソイツは無免許運転で下校中の女児をはねてる 2度目の無免許運転でだ」
「!」
「オマエは大勢の人間を助け正しい死に導くことに拘ってるな」
伏黒は一度言葉を切り、虎杖から視線を逸らさず続けた。
「――だが自分が助けた人間が将来人を殺したらどうする」
「じゃあなんで俺は助けたんだよ!!」
「いい加減にしろ!!時と場所をわきま――」
険悪な雰囲気を醸し出す2人を見かねた釘崎が仲裁に入ろうと動いた瞬間、トプンと釘崎の体が地面に吸い込まれていった。
「釘…崎?」
「(馬鹿な!!だって玉犬は――)」
伏黒が顔を向けた方角には既に生き絶えた玉犬の姿。瞬間、伏黒の脳内に警鐘が鳴った。いない。蘭の姿がどこにもないのだ。
ドッと嫌な汗が首筋を這った。
「蘭!!――クソっ!虎杖、オマエは先に逃げろ!!俺は蘭を捜す」
「仲間置いて俺1人で逃げれるかよ!捜すなら俺もここに残って2人を捜す!」
「いいから言う通りオマエは逃げろ!玉犬がやられた もうここは俺たちが対処できる範疇を超えて――」
伏黒が口を閉ざした。2人の目の前、至近距離に現れた特級。その圧倒的な存在に全ての動きを封じられた。動けと脳に呼びかけても体が動かない。いや、動けないのだ。未だ未知数の特級を前に体が硬直している。
「うあ"あああ!!!」
虎杖が全身を駆け巡る恐怖を振り切って動いた。
しかし次の瞬間、何か妙な音がした。
ボタボタボタ、と水よりもドロっとした何かが地面に滴り落ちる音。
虎杖と伏黒はゴロンと地面に転がったモノを見た。
――手。地面に転がったそれは虎杖の手だった。
――――――――――――――――――――
「コレが呪術界で噂の異端児、ね」
「そんな小娘を攫ってどうする 今回は宿儺の実力を確かめるのが目的ではなかったのか?」
「もちろん目的はそれだよ だけどやっぱり気になるじゃないか。呪術師であり呪術師ならざる力を持つ"お姫様"なんてさ」
袈裟を着た長髪の男、夏油傑は目を閉じピクリとも動かない蘭を見下ろした後、顔に笑みを貼りつけたまま漏瑚を見た。
「下らん そんな小娘が何の役に立つ」
「まぁまぁそう言わずにさ。これは君達の為でもあるんだよ漏瑚。万が一ここで彼女が特級にでも殺されようものなら人間と呪いの立場を逆転させるなんて夢のまた夢で終わるよ」
意味深にそう言った夏油に漏瑚が眉間に皺を寄せる。
「そんな小娘一人死ぬだけで我々の夢が終わる?フン、悪い冗談だ」
「冗談じゃないよ 仮にこの子が死んだら五条悟が動く。うん百年ぶりの無下限呪術と六眼の抱き合わせだ 彼が本気で動けばまず我々に勝機はないよ」
「ならその小娘を人質に五条悟を誘き出しそこで我々が五条悟を始末すれば悩みのタネが一つ減るな」
名案だとばかりに怪しい笑みを浮かべる漏瑚に夏油は瞳を閉じてゆるゆると首を振った。
「残念ながらそれも無理 何の準備もなしに誘き出せば返り討ちにあうのは私達だよ」
「では何か策を講じれば良い!さっきから聞いていれば無理だ何だと気分の悪い」
ボコボコと頭の火山を噴火させながら怒る漏瑚に夏油が笑う。
「そう怒るなよ。まあでも、そうだね――君の言った人質の案も使い方によっては完全に無しとは言えないな」
夏油は蘭を腕に抱きながら彼女の顔にかかるブロンドヘアーを手に取るとその髪に口付けた。漏瑚の軽蔑した眼差しが夏油に突き刺さる。
「貴様 一体何をしている」
「ククッ そんな軽蔑した目で見るなよ。私はただ五条悟封印の為に後々役立ってもらうお礼を先にしてるだけさ」
夏油がそう説明すればもう付き合ってられんとばかりに漏瑚がこの場から歩き去って行く。
その様子を見ながら夏油もまた蘭を抱えて歩き出すのであった。
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