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「"帳"を下ろします お気をつけて 闇より出て闇より黒くその穢れを祓え」
今回の任務地である宿舎を中心に帳が下された。
「夜になってく!」
「"帳" 今回は住宅地が近いからな 外から俺達を隠す結界だ」
伏黒が虎杖に説明しているのを横で聞きながら、蘭は初めての任務に物珍しそうな顔で辺りを見渡す虎杖を不安そうに見つめた。
初めての任務だというのにいきなり特級絡みの案件だ。蘭が心配するのも無理はない。彼女は前を歩く虎杖の制服の袖をキュッと掴んだ。
虎杖が不思議そうな顔で蘭の方を振り向く。
「――悠仁 絶対気抜くダメ。危ない思ったら無理しない……約束」
「おう!心配ありがとう!蘭ちゃんも気をつけてな」
女の子なんだし、と付け加えてニカッと笑った虎杖に蘭もまた頷く。
しかしその数秒後、虎杖の体がユラッと前のめりに倒れ込んだ。
「おわっ!!」
幸い横にいた伏黒が咄嗟に蘭を引っ張ったおかげで彼女が虎杖と衝突する事はなかった。
が、当の虎杖は倒れはしなかったものの、二、三歩よろめいてから何とか体勢を立て直した。
「虎杖のクセに何私を除け者にしてんだよ ここにも一人か弱い女子がいんだろーが」
おお"ん?と唸りながら親指で自分を指し示す釘崎にイテテ、と虎杖が背中を擦った。見るにどうやら釘崎が虎杖の背中を足蹴にしたようで。
「ってー…何も蹴ることねーだろ?」
「うっさいわね アンタが鼻の下伸ばしきってるの見てたらなんかムカついたのよ」
釘崎の放ったその一言に蘭がピコン!と何かを閃いたような表情で言った。
「…野薔薇」
「?なによ」
「野薔薇、悠仁の事好き?」
「…………は?」
「悠仁好き、嫉妬?」
その言葉を聞いた瞬間、釘崎の顔の筋肉がひとりでに動いて大きく歪んだ。
蘭としてはただ純粋にそう思ったから聞いただけであって、特に深い意味はなかったのだがそれが彼女に伝わるはずも無く。
釘崎が顔に笑顔(しかし目は笑っていない)を貼り付けながら蘭に歩み寄った。
「蘭?アンタの頭にはお花畑が咲いてるのかしら。ねえ 誰が誰を好きだって?いくらアンタがすっとぼけの甘ったれ女でも今の発言は許さないわよ」
「の、野薔薇 いひゃい。ごめんなひゃい そんなに怒る思わなかった 許して」
釘崎が顔を鬼瓦のように変貌させながらグニグニと蘭の頬をつねる。そんな様子の二人を見た伏黒がため息を吐きながら仲裁に入った。
「オマエらいい加減にしろ これから任務なんだぞ。揃いも揃って緊張感が無さすぎる」
「ええ、俺も?」
「う…ごめん」
「ふん」
ヒリヒリと熱を持つ頬に手を当てながら伏黒の言葉にしゅんと項垂れる蘭。その一方でツン、と不機嫌そうな表情でそっぽを向く釘崎。虎杖に関しては完全にとばっちりだがひとまず場が収まったようだった。
「曲がりなりにも特級絡みの任務だ 何かあってからじゃ遅い。全員気を引き締めろ」
伏黒はもう一度そう忠告すると玉犬を出した。
「呪いが近づいたらコイツが教えてくれる 行くぞ」
伏黒を先頭に一年の面々が受刑者がいる建物の扉を開け中に入る。――建物に入った瞬間、全員の表情が驚きの色一色に染まった。
「??どうなってんだ!?2階建ての寮の中だよなココ」
「おおお落ち着け!メゾネットよ!!」
「野薔薇も落ち着く!」
「うっさいわね!少し任務こなしたことがあるからって先輩風吹かせてんじゃないわよバカ蘭!大体さっきの事だってまだ許してないんだから」
「許す許さない、今違う!」
「クッ、甘ちゃん女のクセに…!」
バチバチと睨み合う女子2人に虎杖がおずおずと止めようと手を伸ばす。一方、伏黒は建物の中の光景に瞬時に頭をフル回転させていた。
「(呪力による生得領域の展開!!こんな大きなものは初めて見た…!!)――扉は!?」
伏黒がハッと気づいた時には既に遅かった。入って来た時の扉は無くなり、そこはパイプ管の瓦礫の山と化していた。
「ドアがなくなってる!!なんで!?今ここから入ってきたわよね!?」
虎杖と共にどうしようと踊り出す釘崎に蘭は近くにいた玉犬の頭をよしよしと撫でながら口を開いた。
「2人共、白いるから大丈夫。心配ない」
「ああ コイツが出入口の匂いを覚えてる」
虎杖と釘崎の2人はアラマ〜!と顔を綻ばせて玉犬を見た。2人揃って良くやったと言わんばかりに玉犬の体をわしゃわしゃと撫でる。
「わしゃしゃしゃしゃしゃしゃ」
「ジャーキーよ!!ありったけのジャーキーを持ってきて!!」
「野薔薇、白はジャーキー食べない」
「え!犬なのに!?」
「だから緊張感!!」
生得領域が展開されているというのに暢気な会話を繰り広げる3人に伏黒が再び注意する。
「やっぱ頼りになるな 伏黒は。オマエのおかげで人が助かるし俺も助けられる」
曇りない笑顔でそう言われた伏黒は、そのあまりに真っ直ぐな瞳をした虎杖の視線に耐えきれず目を逸らした。
虎杖は、きっとこの中にいる受刑者達を助ける気でいる。だが伏黒は違う。虎杖のように誰彼構わず助けようなどという考えは持ち合わせていない。
現に最初から伏黒には少年院にいる受刑者達を助けようという気はない。ただ任務だから。一番は生存者の確認。伏黒にとって救出はそのついでだった。だから、真っ直ぐな瞳をした虎杖から目を逸らしたのだ。
「……進もう」
そんな伏黒の様子を見ていた蘭は幼馴染みの心中を察するとポンポン、とその背中を撫でた。