白練の春の日差しが、ひらひらと舞う桜の花びらをそっとすり抜けていく。花を散らす桜の木に背を預けながら、ぼんやりと掠れた視界の中で、僕は春の終わりを静かに眺めていた。
 物心ついた頃から数えて、季節の移り変わりを何度目にしてきただろう。春には、桜を見ながら他愛のない話に花を咲かせ、夏には、すっかり熟れた甘い西瓜をふたりで食べる。秋、炎のように真っ赤に染まった紅葉を並んで眺め、冬には、空から舞い落ちる白い雪にそっと手を伸ばした。

 僕の長くない人生のほとんどは、彼女との想い出で埋め尽くされている。

 腕の中で眠る、ふたりで見た冬の雪のように冷たく美しい彼女に視線を落とす。身勝手な僕は、涙を流す資格を持ち合わせていなくて、残るのは朽ちかけの身体と、胸を満たす春を照らす太陽のような暖かい愛おしさだけだった。
 最期の最期まで、僕の我儘を優しく受け入れてくれた彼女の頬に、そっと手を添える。
「……ありがとう、――」
 大好きだよ、と。
 紡いだことばと共に、僕の意識も浅葱鼠を纏った灰の中へ消えていく。

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