01

 寺の境内へ続く冷たい石の階段のてっぺんに、背すじを伸ばし、ひとりの女の子が静かに腰かけている。
 眉毛のあたりで綺麗に切りそろえられた前髪から、色素の薄い大きな瞳が覗いている。彼女の視線はまっすぐに石段の下で立ちすくむ僕へと向けられた。煤竹色の髪は肩の上でやわらかく揺れ、陶器みたいに白い肌は冷たい日差しをきらきらと弾いている。
 ――年は、たぶん、そう変わらないのだろうとおもう。僕が試衛館に預けられ、近藤さんたちと過ごすようになってからいくらか時が過ぎたけれど、年の近い女の子をこの辺りで見かけたのは今日が初めてのことだった。
 冬の匂いを含んだ風がそよそよと僕たちの間を通り過ぎていく。
「……なにしてるの?」
 ただじっとそこに座っている彼女につられるように、おもわずそう声をかけてしまった。僕のことばに、ぴくり、と彼女の身体がちいさく揺れる。……きっと話しかけられるとはすこしもおもっていなかったのだろう。じいっとこちらを見つめながら、彼女は僕のことばの真意をさぐろうとしているようだった。表情を変えぬまま、そうして自身の隣を左手で指し示した彼女は、僕の質問には返事をせず「ここ座る?」と言った。
「え?」
「どうぞ。となり、空いてるから」
 声をかけたのは僕の方なのに、どうしよう、と一瞬だけ躊躇ってしまった。見ず知らずの女の子とこのままおしゃべりを続けたいとはおもわないし、けれど、彼女が腰かけている場所はちょうど僕のお気に入りの場所でもあるから、このまま引き下がるのも釈然としない。
 む、と考え込む僕を、彼女は静かに見つめていた。その視線を受け止めたあと、結局「……うん」と首を縦に動かしたのだった。今までの僕なら、たぶん適当な理由を付けてこの場を立ち去っていたのだろうとおもう。ひとと深く関わると、ろくなことにならないと身をもって知っているので。けれど、その思考の延長にふと近藤さんの顔が浮かんだ。
 ――ご縁は大切にした方が良いぞ、総司。何か大きな意味があるかもしれん。それが人との出会いであるなら、なおさらな
 僕にとって、それは近藤さんだ。彼だけが、今の僕にとってかけがえのない存在だった。だから、彼の言うことをすこしくらいは信じてみようかなという気持ちになったのだ。
 階段を上がった僕は、彼女のとなりへ言われた通り腰を下ろした。僕の行動に気を良くしたのか、こちらへ顔を向けた彼女はにこにこと機嫌の良さそうな笑みを浮かべている。
「……なに」
 その視線に耐えられず、僕はぽつりとことばを落とす。
「同年代の子、あまりここで見ないから」
 彼女は首をちいさく傾けながら「だから、嬉しくて」と言う。
「このあたりに住んでるの?」
「うん。最近、こっちに来たんだ」
 ふうん、と適当な相槌を打つ。訊ねておきながら、彼女に興味があるわけではないので、会話をふくらませる努力をしようとはおもわない。膝の上に頬杖をついて手のひらにあごを乗せながらぼんやりと彼女の顔を眺めていると、彼女のぽってりとしたくちびるが「君は?」と問うた。
「僕?」
「君も、このあたりに住んでるの?」
「うん、まあ、そうだね」
 ふわふわ、楽しそうに笑う彼女は、年の近いご近所さんを見つけたことが嬉しくて仕方ないようだ。……やっぱり、声をかけてしまったことは失敗だったかもしれない。なんとも言えない後悔を胸のなかに抱えていると、そんな僕の心中など知る由もない彼女がとうとつに「名前」と言った。
「名前、なんて言うの?」
「……」
 素直に答えるべきだろうか。むむ、とふたたび考え込む僕を、けれど彼女はすこしも気にするふうもなく、――自身の名前を紡ぐのだった。
「……沖田、総司」
 聞いてしまったから、言わざるを得なくなったというか。眉間に寄ったしわをそのままに、僕は重々しく名乗る。「そうじ、くん」ひとつひとつの音を確かめるみたいに彼女が僕の名前を呼ぶ。
「……」
 なぜか、それが身体の内側に違和感なくすとんと落ちたような気がした。

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