「なまえ」


放課後、部活に行く前に赤葦に呼ばれる。まだもやもやとしたものは続いていて、そんな中目を合わせるのは難しいことだった。赤葦の声からは少しだけ怒っているような気配が感じられた。たかだかこんなことで拗ねているような彼女なんて重いだろうか、と私は不安でいっぱいだった


「ちょっとついてきて」


鞄と手を掴まれ連れて行かれたのは、体育館の近くにある人気のない空き教室だった。昼休みのことだけど、と話し始めた彼の表情はどこかバツが悪そうに見えた


「ちゃんと断ったけど、告白、されて」

「女の子からの呼出しだったから、なんとなく気づいてたよ。赤葦モテるしさ」


なんて嫌味な言い方だろう、と自分が嫌になる


「赤葦さ、かっこいいし背も高いし、勉強もスポーツもできるし、そんなの女の子が放っておかないって...ちゃんとわかってるよ」

「そんな顔で言われても全然説得力ないけど」


言い切るのと同時にぽろりと涙が溢れた。こんなことで嫉妬なんて、と思っていたのに"こんなこと"で嫉妬してしまうほど赤葦のことが好きだと気付いた。それをわかってか、赤葦は少しだけ笑っていた


「俺が好きなのはなまえだけだから」

「うん...っ」

「嫉妬してくれるほど好きになってくれてありがとう」


けらけらと笑って言われるとなんだか子ども扱いされているようでとても不服だ。悔しいことにそれが事実なのだから言い返すこともできないけれど


「覚えておいてほしいのはさ...」


トン、と肩を押され壁に背中がくっつく。赤葦の足が私の足の間に入り込み、逃げないようにと顔の横に片手を抑え、もう片方の手で顎をぐい、と掴まれる。深い深い、とろりとしたキスに呼吸をするのを忘れる。酸素を求めて口を開くと、もっと奥までちゅるりと舌が這っていく


「ふ、んっ、...や、っ」

「っ......、俺がこういうことしたいって思うの、なまえだけだから」


はぁ、と熱い息を吐いて、唇から首へとキスが降りていく。擽ったさにピクリと身体を震わせ、ただひたすらに赤葦を受け入れていると、廊下をバタバタと走り抜ける木兎先輩の声が聞こえた


「あ、あかあし...部活...」

「......わかってる」


少しだけ気不味そうに剥れる赤葦に少し笑うと、漸く心の中のもやもやが晴れていったのを感じた。部活行かなきゃね、と言うと、最後に...と襟元を少し引っ張られ、呆気に取られていると鎖骨の辺りにちくりとした痛みが走った


「ぃっ...な、に」

「本当はもう少し待ってあげようかと思ってたけど、もう我慢できないから覚悟しろよ」


ギラついた赤葦の目と低い声に全身がぞわりと泡立った。覚悟ってそういうことだろうか、と考える前にまた廊下を歩くマネージャーであろう会話が聞こえ、部活に行かなくてはとハッとする


「今日はここまでだね」

「う、ん...もう先輩たち集まってるみたいだし、早く部活行こう?」

「なまえが俺のこと名前で呼んでくれたらね」

「は......?」

「ほら早く」


本当は、部活でのマネージャーと部員という立場とか、先輩たちの前では、とか、色々な場所ではこうしようあぁしようと考えていたのにも関わらず、急かすように赤葦がするりと首筋を撫でるものだから早く逃げなくては、と防衛反応が働いたのだ


「け、京治.........?」

「なまえ、好き」

「うん、...私も京治が好き」


名前を呼んで、ちゅう、と触れるだけのキスをして、早く部活に行こうと手を引くこの彼氏は本当に意地悪だ


体育館に着くまでにこの頬の赤みが引いていますように



2016.03.22