よろしくなんて、しないけどの続き。
なまえは驚いていた。
それもこれも、あの大男……巨人と言っても差し支えはないだろう強靭そうな身体、耳が痛くなるようなバカでかい声、センスの欠片もない服装、そして一向に酔わないざるのような飲み方。どれをとってもなまえの嫌いなタイプの人間なのに、いつの間にか恋仲と呼ばれる間柄になってしまった自分に。
あの日出会った最悪な男を好きになるような要素は何1つ無かった。あの時点では。しかし初対面のあの夜、興味と好意を抱いてしまったのが運の尽き。不本意ではあるが所謂お持ち帰りをされ、その後も足繁く店に通われ、好意を惜しげもなく隠さず表現し、強引なくせにたまに見せる紳士な面に最初は嫌々だったなまえもいつの間にか好意を持ってしまった。自分はもう少し慎重かつ面食いな人間だと思っていたが、予想以上に単純だったようで、全くもって好みではない男にいとも簡単に落とされてしまった。”恋はするものではなく、落ちるもの”とはよく言ったもので、まさに落とし穴のような恋に突き落とされてしまったと言える。
私の好きな味――
少し見た目の悪いパスタにかざした手を下ろしたところでリビングからなまえを急かす声がかかる。慌てて皿の乗ったトレーに少し汗をかき始めた水のグラスを2つ乗せ、スリッパの音をパタパタとさせながらダイニングテーブルへ急いだ。
「おせぇぞ」
「急に来たのはそっちでしょ」
「俺に会いたかったくせによ?」
「そんなことないし」
「その割に美味いもん食わせてやろうってのがまた可愛いところだなお前は」
「違います、私のついで!昨日ランチで食べたパスタが美味しかったから再現しようと思ったけどちょっと失敗しただけなの」
「昨日食べたばっかりなのにわざわざ作ろうってか?」
「……そうよ」
「相変わらず可愛気がないように見せかけて、可愛い奴だな。そういうところが気に入ってるぞ、俺は」
「そういうの恥ずかしいの止めてよ」
便利な念のおかげでなまえは今までまともな料理などしてこなかったため、いざ作ろうとしてもうまくいかないことの方が多く、結局念に頼ることになってしまう事が多かった。それでもウボォーギンが訪ねて来た際には幾度と挑戦し、その数と同じだけ
私の好きな味――を使うことになってもウボォーギンは何も言わず笑って食べるので、そうした食事は例え念を使ってしまった料理でも楽しく、また次回もチャレンジしようと思う。
「多分、ウボォーのそういうところかも、ね」
「なにがだ?」
「……内緒」
なんでこんな男を好きになってしまったんだ、と自分にうんざりするその実、嫌だと思ってた所すら好きなところに変化していることになまえは気付いていた。不意に零れた言葉の真意が分からず、不思議そうな表情を浮かべるウボォーギンはなまえの顔を見つめたが、答える気がないことを悟るとそれ以上は追及せず食事に意識を戻した。
「なぁ、ビールあるか?」
「この前全部飲み切ったでしょ」
「まじか……ちゃんと買っとけよな」
「ビールは重いから買い物付き合ってくれないと買えないし買わないって約束したよね?」
「そうだけどよ……しょーがねぇな、じゃあ水でも何でも良いから適当にビールに変えてくれや」
「何度も言ってるけど味は変えれても、水は水だからノンアルだよ」
「わかってるっての、雰囲気だ、雰囲気!水だと味気ねぇだろ」
「……まったく、それくらい我慢すればいいのに」
なまえは煩わそうにしながらも、強く否定しないまま椅子から立ち上がりキッチンへ向かう。ウボォーギンが言うように水でも良いが、何かそれらしいものが無かっただろうかと冷蔵庫を覗いて見るものの、使えそうなのは先ほど封を開けたミネラルウォーターくらいしか入っていない。しょうがなく、その水のボトルのキャップに手をかける。……あ、そういえば。昨晩仕事終わりにジンジャーエールを買ったものの、飲んだ記憶がないことを思い出した。すっかり忘れていたが、冷蔵庫にも入れ忘れているという事は、鞄の中に入れたままか。ソファーに置きっぱなしのトートバッグの中を探れば、常温のそれが出てきた。常温の炭酸は美味しいとは言えないが、その点は特に問題ないので、それを持ってもう一度キッチンへ戻る。食器棚からステンレス製のビール用タンブラーを取り出して、ジンジャーエールを注いでから手をかざし念を発動させた。味だけでなく、温度も冷蔵庫でキンキンに冷やしたかのように下げることも忘れずに。
「はい、ビール」
「おっ、水じゃなくてそれっぽい雰囲気してんじゃねーか」
「ジンジャーエールだよ。炭酸ある方が良いでしょ?色味も水より少しマシだし」
「おお、そうか!ありがとな」
にっこりと表すには豪快すぎる笑顔を浮かべ、ビール味になったジンジャーエールを豪快に飲み込んでいく。勢いよくウボォーギンの中に吸い込まれていく様がなんだか滝壺みたいで可笑しくて、なまえは思わず声を漏らしたがゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んでいたウボォーギンは気付かなかった。
「ごちそうさん」
「お粗末さま」
お皿に目一杯大盛りにしたパスタは、ゆうになまえの数倍はあったがウボォーギンの方が早く完食し、食べ終わるとダイニングテーブルからソファーへ移動してテレビを付けた。なまえの方はウボォーギンに遅れて最後の一口を頬張ってから、皿やグラスをキッチンのシンクで水に浸け、新しいグラスに水出ししておいたコーヒーを注いで自分もソファーの方へ移動した。
「はい、コーヒー」
「お、サンキュー」
2つ持ったグラスの片方をウボォーギンに手渡し、1つは2口ほど飲んでから目の前のローテーブルに置いた。なまえの手からグラスが離れるタイミングを見計らって、腰に腕が回されグッと引き寄せられた。ウボォーギンという男は、スキンシップが激しめで距離感も近い。隣に座るのは大前提の上で、ぴったりと横に座らないとこうして無理にでも引き寄せられてしまうのだ。そんな風には見えないのに、好意もしっかり態度や言葉にするのでなまえの方が照れたり、逃げ腰になることが圧倒的に多い。でもそういうギャップが嫌ではなく、むしろ好きだったりするのだからお互い様なのかもしれない。引き寄せられた腕の中で顔を見上げていると、視線を感じたのかテレビに向けていた視線がなまえの方へ移り、目が合った。
「……お前誘ってんのか?」
急に後頭部を掴まれ乱暴に唇を奪われる。なまえは反射的に突き放そうと腕を上げかけたが、その腕はウボォーギンの胸を押すことはなく、背の方へ回した。そうこうしてる間に舌が侵入し深いものになっていく。初めて会った時を彷彿とさせるような様態に、なまえは遠くはない少し前のあの夜を思い出した。
しかし、前回と違うのは自分の意思でこの男の腕の中にいることだろうか。あの夜の自分が聞いたらびっくりするだろうな、なんて。そんな事を考えながらなまえは未だ続く愛撫のようなキスに意識を戻した。
念発案者:しろ様(LiMb)