第二話


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 二口とは小学校が同じだった。クラスは六年あるうち何回同じだったろうか。覚えていないけれど、そんなに多かった記憶もない。三回くらいだろうか。ただひとつ確かなのは、小学校最後の六年生のときはクラスが同じだったということだ。私はよく、いわゆる問題児みたいな生徒と隣にさせられることが多かった。この頃の私はとてもしっかりしていたと自覚があったし、品行方正、成績優秀だった。真面目であったと思う。問題児相手にもひるまず「ちゃんとしろ」と食ってかかれるところが幸いしたのかもしれない。問題児と言っても手が付けられない生徒、というより手のかかる生徒、という感じだったからというのもある。二口はそんな生徒と仲が良かった。先生の計らいだろうか、彼とその生徒も席が近いことが多かったから、自然と私と彼も席が近いことが多かった。そうすると必然的に話すようになった。そのとき初めて話したわけでもなかったから、自然に仲の良い友達になっていった。誤算だったのは私が彼を好きになってしまったことだ。とはいっても、小学生だし、その好意がほんとうに恋愛的な意味を持ち合わせていたかはもう定かではないが。私が彼のことを好きだと思ったきっかけは何だったろうか。私が中学受験を終えたのちに漸く気付いたんだ。気付いてしまったら、いてもたってもいられなくて__私は宮城でも都心の進学校に進むことが決まっていた。つまりは私と彼が同じ学校に通うのは今年が最後だと知っていたから__言ってしまいたくなったのだ。拒絶されても同じ学校には行かないから他の女子に比べ気楽だったのもある。小学生なんて誰が誰を好きなんだって、という話題だけで盛り上がって、付き合うという発想を持った人はそんなに多くなかった。私もそうだった。卒業式のあと、次の日だったか、次の次の日だったか、遊ぼうよと言って誘った、気がする。遠く幼い記憶のせいであいまいだ。私が二人で遊ぶなんて提案をするのがよっぽどおかしかったのか、終始怪訝そうな顔をされたのは覚えている。怪訝そうな顔をしながらも最終的には承諾してくれてとても嬉しかったと記憶している。誘いに乗ってくれたこと自体が嬉しすぎて、遊んでいるうちに趣旨を忘れそうになったのも覚えている。彼と別れる前に「好きです」といった。呼び出されているし、言う前に私がそわそわしているし、きっと予想がついただろうに、彼は動揺していた。マジ?って何回も確認してドッキリを疑うものだから、言ったきり黙るつもりだったのに、本当だって!と話さざるを得なかった。彼はあー、とかなんとかちょっと考えたのちに「おれも」といった。私はびっくりして。先ほどの彼のように、マジで言ってる?と聞きまくった。私だって彼が私を憎からず思っていることはなんとなくわかっていたけど、ここまで心よい返事が聞けると思っていなかったから。

「友達としてじゃないよ?友達としても仲良かったけど・・・」

「さすがに分かるって」

そうなるともう私はこの状況を認めざるを得なかった。

「じゃあ、」

両想いってこと?と言おうとして、やめた。もうわかっていることを改めて口に出すのが憚られた。なにより気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。彼は私の言葉を待って、私が黙り込むのを見て、話し始めた。

「おれと付き合ってくれる?」

ずっとそらしていた顔をぱっと彼に向けた。私とおんなじくらい気恥ずかしそうだった。だったけれど言ってくれたのだから、こんなにうれしいことはなかった。

「・・・うん。良いの?」

「良くなかったら言わないだろ」

このときの私は本当に気恥ずかしくて、でも嬉しくて、だらしない顔をしていたと思う。鏡がなくてよかった。自分の顔を見てしまったら、穴に入りたい思いだったろうから。家への帰路につくとき、さっきまでの空気は完全になくなったわけではなくて、ぎこちないながらもぽつぽつと会話していた。私はなんとなく彼の手をちらっと見てしまっていた。顔を見られなかったのもあるし、いわゆるカップルというものを思い浮かべた時に、もっとくっついているイメージがあったから。自然に話が途切れた時、おもむろに彼が私の手を取った。私はまたびっくりして彼の顔を見た。とっさに振り払ってしまいそうになって、あわててつなぎなおした。彼は私の方を向いていなかった。彼の手が汗をかいていたから、私はなんとなくそのことに安心して、また少し手に力を入れた。心臓が動きすぎて、今日一日だけで寿命が縮まるかと思った。この時も私はだらしない顔をしてたろうと思う。へへ、だか、ふふ、だかどちらともいえないような笑い方をした。何笑ってんだ、と咎められるかと思いきや、特に何も言わずに私の半歩先を歩くから、私もそれに倣って口元を緩めながら何を言うでもなく歩いていた。空気が澄んでいたからか、夕焼けの綺麗な日だった。

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