街を十分に散策すれば、本丸に戻る約束の時間が近づいていた。ゲートをくぐれば久々の本丸だ。どうなっているのだろう。どう変わっているのだろう。不安がここにきて再び首をもたげた。ふう、と息を吐くと意を決して足を踏み出す。
 初めに感じたのは清らかな空気であった。
 そして視界に入るは私の刀剣たち。一振りも欠けることなくそこに揃っている。

「…ただいま、戻りました」

「おかえり、主」

加州は今日ずっと一緒にいたのに、そう言った。

「……お土産があるので、後で食べてください」

初めに言うべきはそれではなかったはずだが、何も思いつかなくて、結局そういった。私のもとに一番に短刀たちが駆け寄ってくる。

「本当?」「なんですか?」

「桜の、饅頭だよ」

「わあ、楽しみです!」

「きっと美味しい。私の行きつけのところのものだから。…一緒に食べよう」

「…はい!」「ぜひ!」

「主さん、おかえりなさい」「おかえり!」「待ってたぜ、大将」

 お土産と、私自身の荷物_身一つで病院に担ぎ込まれたのでそもそも私物は大した量ではないが_も持っていたので手がふさがって、彼らに触れられないことだけが残念だった。

「お手紙ありがとう」

「こちらこそ、主さんからお返事もらえて嬉しかったな」「うん…主さんに喜んでもらえて良かった…」

 太刀以上はもちろん、脇差や打刀もこの輪に入りにくそうであったので「荷物を運びたいから手伝ってもらえる?」と声をかけた。すると大和守が荷物を受け取りに来てくれた。荷物を半分渡し、「荷物を置いてくるから、広間で待っていてください」と告げる。大和守にはお土産を渡していたので「広間までもっていってくれる?先に食べていてもいいので」と言うと間を空けて「…うん」と頷いてくれた。
 自室に荷物を下ろし、広間に向かうと、皆が静かに待っている。その雰囲気に少し困惑した。先ほどまで、少なくとも短刀たちは喜んで私を迎えてくれていたと思っていたのに。
 机の真ん中に散らしてお土産の饅頭の箱が置かれている。余っている席がいつも私が座っていた上座しかなかったので自然とそこに腰を下ろした。誰も何も言わないから不安に思って、近くに座る加州や薬研に視線で助けを求めてしまう。すると、燭台切が口を開いた。

「今日の夜は、主が帰ってきたお祝いに、ご馳走を用意したから楽しみにしていてね。そのあとに宴会もする予定なんだけど、参加してくれるかい?」

「…もちろん」

その話は既に面会の時に彼から話されていたので、知っていた。改めて言ったのは、私の了承あってのことだと皆に分かりやすく示すためであろうか。

「…皆さん、食べませんか?……あ、それともご馳走の前におやつは良くなかったでしょうか」

「ううん。食べようか」

 加州が皮切りとなって包装を開けると、それぞれ刀剣が箱を開けだす。皆の口数が少ないのが妙に落ち着かなくてそわそわしてしまう。饅頭を口にした者は、「美味しいです」と言ってくれはするものの、それだけだ。私も困ってしまって「それは…良かった」としか返せなかった。
 この後すぐに夕飯にするとのことで準備をする刀剣が何振りか、皆で食器の用意などをして場を整えるのだが、そこでも談笑があまりに少ない。いくら適度な距離感を保つ本丸だったからと言って、ここまで静かになるよう規制した覚えはないし、実際、もう少し会話があった。考えても分からないものは仕方がないのでとにかく体を動かした。
 食事の用意ができれば、乾杯の挨拶を任されたが、それどころではなかった。

「良いんです、良いんですけど…どうしてそんなに皆さん静かなんですか?会話を禁じた覚えはないんですが、……私が何かしましたか」

「…………」

 そうとも違うとも言ってくれない刀たちに、今度は私が押し黙る。せっかくの料理が冷めてしまうから、早く食べてしまうべきなのに。
 そこに、はあ、と加州が息をつくと「…俺が言うべきじゃないと思って黙ってたけど。流石に皆が黙りすぎだから」とひとりごちて私に向き直る。

「主が調子を崩して、結果的に病院へ行くことになったのが、…見習いとの話し合いが原因だとみんな思ってるからね。それだけじゃないって“俺は“分かるよ?でもまあしょうがないよね、皆がそう思っちゃうのも。それで、あのとき主に言ったことが、主を傷付けたから悪かったんだ、って思うやつらが多くて。だからみんな、黙りがちなんだよ」

それは、寝耳に水もいいところだった。

「それは…、あのときは皆が素直に話してくれただけでしょう。私はこれからそれを改善できるよう努めるので、…どうか、どうか……」

主として認めてください?今までの行いを許してください?これからは私を諫めてください?不満をため込まないでください?どれもこれもしっくりこなかった。私が言いたいことは。彼らに伝えるとしたら。

「共にあることを、…望んでも良いでしょうか」

この本丸を、一振りも欠けることなく続けていくことだ。

「…うん!」

「もちろん」

「…ああ」

「、こりゃ驚きだぜ」



「あいわかった、主よ」

彼の声は、声を張らずとも、いつでもよく通った。

「我らもそなたを待ち望んでおったぞ」

「…ええ、ありがとう」

三日月がそういうということは、きっと皆もそう思ってくれているのだろう。そう思わせるだけの雰囲気が、彼にはあった。

「では乾杯しましょう。これからの、本丸の…未来を願って」

 乾杯して食事を始めれば、先ほどと打って変わって皆がそれぞれに話し始めた。それに安心して自分も食べ進める。そのまま宴会のような雰囲気になっていった。食器は各々片付けて、酒を思い思いに呑んでいる。宴もたけなわ、とはこういうことを言うのかもしれない。
 私は今日は最後までいようと、そう思っていた。酒の場になると席が入り乱れるので今までにあまり会話の場を持てなかった刀剣とも話せるだろうと考えたのだ。
 だが、予想に反して隣には変わらず加州たちがいて、他の刀たちと中々話せない。私が席を移動しても良いのだが、ではどの集団に話しかけるつもりか?と問われると難しい。一番ハードルの低いのは短刀の多い粟田口だろうか。だが一番話しかけやすい薬研は隣にいるしな、と躊躇ってしまう。
 悩んでいたって仕方がない。そう意気込んだ時、二振りが私の近く、というより燭台切のもとにやってきた。大倶利伽羅と鶴丸だった。

「よう光坊、主をひとりじめかい?」

「……」

大倶利伽羅は連れてこられたのか口を開く気配はない。

「皆が話しかけてこないから、主から行こうとしていたところだよ。ね、主」

「、そうね」

気持ちを見透かされていたことに少し恥ずかしくなって、小さな声で同意した。

「きみ、俺たちと話す気があるのかい」

「当然でしょう。…ここで黙って部屋に帰ってしまったら、前と何が違うのか」

「そうか、そうか。よーくわかったぜ。それじゃあこっちにも来てもらおうか」

 そう言って私のもとへやってくると腕をつかみ、引っ張られる。その力に従って立たせられると、ある集団へ誘導されるようだった。大倶利伽羅が完全に置いてけぼりなので、鶴丸を「ちょっと待って」と言って止める。
 「大倶利伽羅は?」と聞いたら「俺はもう戻る。…それだけだ」と言っていた。部屋に戻る前にあいさつに来てくれたのだろう。礼儀のきちんとした刀だと思う。私は彼のそういうところが好ましかった。それが変わっていなくて嬉しかった。

「分かりました。…では、また。おやすみなさい」

「ああ」

 大倶利伽羅は言葉に違えることなくその場を去っていった。それを見送ってから、「ごめん、待たせました」と鶴丸に声をかけると、「…これは驚いたな」と小さく口にした。「え?」と聞き返しても答えてくれなかったので、独り言のつもりだったのかもしれない。
 鶴丸が連れてきた先には、縁側に腰掛けている三日月と小狐丸がいた。鶴丸とこの二振りは顕現時期も近く、縁もあるので、仲の良いイメージはあった。だから彼に連れられても何ら違和感はない。
 この二振りのことは、私も気になっていた。皆が手紙をしたためてくれている中、この二振りは入院中、何の連絡もなかったのだった。いや、正確には手紙を書かない刀剣は他にもいたが、“手紙を書いてくれそうであるのに一度も書かなかった”のはこの二振りだけだった。
 仲が悪いわけではない。それなりに会話もしていた。ただ、私はあまりにも彼らのことを知らなさすぎるだろう。
 本丸の顕現順から部隊編成をすれば、ぎりぎり編成されるかされないか、そのくらいの時期にやってきた。古参でもなく、新規でもない。練度がとても高いわけでも、初期のままなわけでもない。そんな曖昧な立ち位置に立たされた天下五剣は、私のあずかり知れぬところでたくさん悩んだのかもしれなかった。

「連れてきたぜ」

鶴丸はそう言って燭台切のもとへ戻っていった。

「…三日月、小狐丸。お隣、良いですか」

「ああ、もちろんだとも」

 私は彼らの間に挟まれて座った。加州と薬研に挟まれているときは感じなかった威圧感を感じる。それは雰囲気が、という話ではなくて、単に物理的に背の高い男士に囲まれているので、という話である。
 三日月が私のお猪口に日本酒を注いでくれる。私は下戸なので、おそらく口はつけないだろうが、「ありがとう」と礼を言っておいた。

「ぬしさま」

「うん?」

「ぬしさまは療養中、私のことを少しでも想いましたか」

小狐丸からの予想外の質問に一瞬詰まって、それから「…もちろん」と肯定した。

「全く責めているわけではないんだけど、皆が手紙を綴ってくれるなか、小狐丸と三日月は送ってこなかったから。…何が原因かと考えたよ」

「原因は分かりましたか」

「…いや。……全く」

「そうか。教えてほしいかい」

「、ええ。でないと、直しようがないから」

「……主よ。我らは主がいたころ、このような気持ちをずうっと味わっておった。
主と仲違えたことはない。
だが古参の連中くらい関りを持てるほどじゃない。その原因は分からない。
強いていうなら、本丸に来た順番が遅かったくらいだ。…だがそれを理由に遠ざけられてしまえば、『直しようがない』だろう?」

はっ、となって三日月の方を見ることしかできない。三日月は遠くを眺めている。その視線をこちらにやると、困ったように笑った。

「主が本丸のために努力していたのは知っている。どうしようもなかったのも。…だからこれからは時折こうして省みてほしい」

「、はい。…ごめんなさい、今言ったって、仕方がないんでしょうけど。過去の私に代わって謝罪します。……これからは、こうして、お話して頂けますか」

「もちろんだとも」「はい、ぬしさま」

 三日月も、小狐丸も、当たり前に私の過去の過ちを許した。夕飯の時もそうだ。私のことを積極的に許すことで、仮にほかの刀剣が三日月たちと同じような考えを持っていたとしても留飲を下げざるを得ない。彼らはどこまでも私を想って、行動してくれている。私の刀剣だった。

「…手紙で聞くことが叶わなかったので、今から、二人のお話を聞いても良いですか」

きっとこれが私の変化の第一歩だと信じて。



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