「ネロ」
私は彼の名前を口にする瞬間が好きだった。とても珍しい名前、という訳ではないと思う。たった二文字。この短い音に感情が込もりすぎて、彼に気持ちが筒抜けにならないかだけが心配だった。 彼は魔法使いらしく、綺麗な顔(かんばせ)をしていた。それはきっと、私も例外ではないはずだ。これもまた、魔法使いの中でも格別に美しいかと言われればそうではないのだと思う。惚れた欲目でいっとう魅力的に見えるだけだ。 彼の空色の髪が好きだ。実りの麦畑を閉じ込めたような瞳も好きだ。
私は彼の顔が好きだった。 どちらが先だったかは覚えていない。初めて見た時から、嫌いなタイプではなかったし、多分好みの範疇には入っていた。けれどここまで好きだと感じたのはいつからだっただろうか。
悪い男が好きだった。これはもう、性分みたいなもので、どうしようもなかった。損をするのは私だが、そういう運命だったのだろう。 悪い男が好きだったから、犯罪者のような者ばかりと関係を持っていた気がする。そのスリルも含めて、私はその男たちを愛していた。 しょうもない人生だった。わざわざ悪い男に引っかかりに行って、傷付いて、傷付いていないフリをした。平気だと、慣れっこだと言った。そこで止められれば良かったのに、私はいつの間にか、ならずものたちの間で話題に上がるくらいには強く、美しくなりすぎていた。私自身がトロフィーのようなものだった。初めこそ好みであれば誰とでも寝ていたのに、次第に飽きて、より選り好みするようになった。複数人との惚れた腫れたが面倒になって、一度関係を持てば、そいつとばかり寝ていた。つまり、美人で魅力的な女から選ばれて一途に愛されるということなのだから、まあそうなったのかもしれない。それは構わない。私好みの悪い男が気まぐれに愛してくれるのは、嬉しかったから。でもそれもなんだか疲れてきた。私は別に誰に認めて欲しいわけでもなかった。ただ、愛するものがあって、そして私も愛されていれば幸せだろうという安直な考えを持っていたのだ。それは私の「悪い男好き」という嗜好によって、果たされることが困難になってしまっただけで。
盗賊団と出会ったのは、私が産まれて何百年経った頃であろうか? 初めはブラッドが声を掛けてきたのだ。行きつけの飲み屋だった。治安は良くない__現に有名な盗賊団が訪れるくらいだ__が、味は確かで、その店のマスターも私は結構好いていた。ブラッドは私に関する噂を知っていた。しかし、本気で落としてやろうとは多分思っていなかった。遊び半分で呼ばれたのだろうけど、私は本当にどうしようもない女であるので、彼が気に入っていた。彼が手を伸ばせば直ぐに手に入るのに、私を手中におさめて見せびらかしたりしないところが、逆に惹かれてしまっていたのだ。そこで初めてネロを見た。 彼は盗賊団の一員にしては、なんだか"良い男"だった。これは異性として魅力的な、という意味でなく、そのまま。善良な雰囲気すら感じられたという意味だ。だから私は彼のことは微塵も気にかけなかった。良い顔して、中身がクズなのは往々にしてあることだ。私はそういう男より、如何にも悪そうな男が好きだった。 ブラッドの女ではない、ブラッドが連れてきた女。盗賊団の中には手を出してこようとする奴もいたが、ブラッドを超える男はいなかった。当たり前だ。私があんまりちょっかいを出されて迷惑がっていたから、初めに声を掛けた負目か、ブラッドが自分の女だと錯覚させるような態度をとった。良い気分だった。彼が私を連れて店を抜け出したから、更に気分が良くなって、 「ブラッドの女にしてくれないの?」と問えば、「本当は嫌いだろ」と返された。私はびっくりした、のだと思う。

「私、貴方のこと、すごく好みよ」

「それはどうも。だが、そういう話じゃない。分かってるだろ?」

ニヒルに笑う、彼は格好良かった。彼はそのまま私を宿まで送るとあっさり帰って行った。彼には、私が子供にでも見えているのだろうか。だけど、私が人と寝るのが好きでないことまで見透かされているのはなんだか落ち着かなかった。彼はきっと誰にも何も言わないだろうけど、何となく不安な心地がした。
私はそれからもその飲み屋に行くのをやめなかった。元々は私の方が通っていたし、それでお気に入りの店を諦めるのは違うだろうと思っていた。 彼らは度々そこを訪れて、ブラッドは変わらず声を掛けてきた。二度目は警戒したものの、彼は私に害を与える気はないようだった。もちろん、分かってはいたが。ただ、話すだけ。それでもボスが毎回話しかける女というのは珍しく、自然と目につくらしい。盗賊団の中ではすっかり私はブラッドの女だった。そう見せるように多分お互いが振る舞っていた。それはボスの右腕である彼も、きっとそう思っていた。彼とはブラッドを通して話すようになり、他のメンバーに比べれば、比較的に落ち着いた性格は話しやすかった。団員同士で話す時はもっと砕けて男の会話をしているのだろうが、私の前ではそうしなかった。彼なりの一線か、礼儀が、はたまた猫被りなのかは分からなかった。とにかく、話しやすいに越したことはないので、私は特にそれを咎めなかった。私たちは知り合いの知り合い、から、知人くらいまでには仲を深めていた。

***

ブラッドが捕まったのは突然だった。北の魔法使いのスノウとホワイト、そしてフィガロが人間たちと手を組んで捕まえたのだと言う。私は薄情なことに「そうなのか」としか思わなかった。悪い男というのは大抵がこういった末路を辿るのだ。私はそれよりも、彼と少なからず関わりを持ったものとして、北の魔法使い三人に詰められないかどうかを心配していた。簡単にやられるほど柔ではないが、三対一はあまりに分が悪い。ブラッドの女、というのは盗賊団内では有名でも、他所には言いふらさなかったから、知られていないはずだろうとは考えていたものの、一応。そもそも、私の噂_色狂いだとか、トロフィー扱いされていたころの話だ_だってもう何百年も前の話で、覚えているやつなんてそうそういない。団員たちが下手に勘繰って、ボスの女は守らなくては、という思考に転んだことに感謝していた。ブラッドの女でありながら、誰とも寝ない日々は私の心に安寧をもたらした。暫くはまた大人しくしていようと決めた。
彼に会ったのは偶然だった。

「あんた……」

「…ネロ?」

ブラッドが捕まったことから、他の団員たちも捕まったか、死んだと考えていたため、彼に遭遇したのは本当に驚くべきことであった。

「どうしてここに?ブラッドは、捕まったって聞いたけど」

「……ああ、そうだな」

彼は傷付いたように見えた。ブラッドが、彼を逃したのだろうか。私は余計なことを聞いた、と思いつつ、聞かないわけにはいかなかったと思う。

「……ナマエはどうするんだ?あいつがいなかったら、……」

「どうもしない。…残党狩りとかは怖いから、暫くは大人しく身を潜めようかな」

ネロは私の返答に暫く考えているようだった。困っているように見える。それは私と出会ったこと自体が、困った出来事なのかもしれなかった。

「…俺と来るか?衣食住くらいは何とかしてやれるけど」

優しい相貌に反して彼が非道な男なことを、私は知っていた。特定の相手を持たず、優しくするくせに、好きになられたらあっという間に距離をとって。「俺のことは信じない方が良い」とか、良い人そうな目で言うんだ。私は裏を疑った。

「何が目的?」

「…何だろうな。強いて言うなら、罪滅ぼしだよ」

それはブラッドの女である私に優しくして、ブラッドへ贖罪したいという意味だろうと受け取った。私はその提案を断らなかった。


***


ガチャ、とドアの開く音がした。

「…ただいま」

「…!ネロ!」

一目散に玄関に向かうと、彼の体にそのまま抱きついた。

「ネロ…遅い、どこまで行ってたの」

「ただいま、悪かったよ。欲しい食材があったんだ。良い子にしてたか?」

「……うん」

奇妙な同居生活が始まったのは彼の提案からだった。初めは訝しんでいたが、親切にしてくれる分には良いだろう、どうせボスの女に対して何かできる器でもないし、と開き直ったのだった。一度開き直ってしまえば私は彼を頼りにするようになったし、彼も私の遠慮がなくなっていくのを感じていただろうと思う。
彼の好意に付け入って、うっかり関係を持ってしまったのは、確かに誤算であった。寂しくなってしまうときがあった。その気を紛らわせるには誰かと寝ることが一番だと分かっていたから、私は外の適当な人間に声をかけようとしていた。だが、あくまでも私たちは潜伏している身だ。彼に黙って出かけることが何度か会って、そうしてとうとうそれを咎められた。私は素直に白状した。この頃には私はもう随分と彼に心を開いていたと思う。彼は「二度とこんな真似はするな」と口を酸っぱくしていった。私はそれに耐えられる気がしなかった。 私は強さと引き換えに、きっと人として大切なものが、いくつか欠けていた。

「…できない。私はきっと耐えられないわ」

「あのなあ、」

「じゃあ何?ネロがどうにかしてくれるの?」

「…ああ、いいぜ。アンタが俺でもいいなら」

それは売り言葉に買い言葉だった。少なくとも私にとってはそうだった。もう引くに引けなくて、なし崩し的にそうなったのだ。彼はどんな気持ちだったのだろう。彼も言ってから後悔したのかもしれない。だが、彼はその言葉に違えず、私が寂しくて堪らなくなった時は、いつも私を抱いてくれた。存外彼も色好きだったのかもしれないし、単に相性が良かっただけかもしれないし、かつて忠誠を誓った男の女を組み敷いていることが彼の気を良くしたのかもしれない。真偽はどうでも良かった。今となっては彼が私の相手をしてくれていること、それだけに意味があって、他のことはもうどうでも良くなっていた。他の人間との関りが途絶えて、どこか可笑しくなっていった。否、私は元々、こんなどうしようもない魔法使いだったのかもしれない。ネロもネロだ。彼は私を矯正するようなことはしなかった。危険なことに対しては注意しても、私が彼に寄りかかって生きるのを止めはしなかった。私は沼のように彼に溺れていった。彼は私を引き上げずに、一緒に喜んで沈むような男だった。そういう癖なのかもしれない。なら、私はそれに付き合おう。惚れた私が悪いのだ。
盗賊団の噂も落ち着いてきたころ、ネロは働くことを始めた。料理屋を営んでは、人間たちに怪しまれる前に引っ越し、新しい場所でまた店を開く。私たちは老いないから、十年程度で移動せざるを得ない。彼の料理の腕は確かであったから、働く分には困らなかった。私も店を手伝っていたのだけれど、私が彼に執着して、彼も私に微かな独占欲を見せるようになってから、彼に店に立つことを止められた。彼が何かに執着するのは珍しいことのように思えた。だから、初めは喜んだのだ。だけど私は店に立って人間と話すことは好きだった。料理の手伝いをすることも、なんだか楽しかった。なにより、客たちには私たちのことを夫婦経営だという体にしていたため、そう思われるのが嬉しかった。だが、それを辞めたことにより、私は本格的に「ネロがいないと何もできない」状態になっていった。そうなるといよいよ全てのことに不安が募る。その不安の原因はネロなのだけれど、私は彼に助けを求めるしかなくて、どうしようもなかった。勝手に出て行ったって良かったのだと思う。彼からしたら、嫌気がさしたけど自分から追い出すと障りがあるから出て行って欲しかったかもしれない。でもそうしなかった。彼に「出ていけ」と言われるまでは、私は彼の元に居座るつもりだった。私はネロが好きだった。ネロだって、私を好きなはずだ。彼に気持ちを聞いたことはないし、私だって素で彼に想いを伝えたことはないけれど。でなければ、追い出すはずだし、いくらそれを言えなくても、嫌いな女を抱いて、面倒を見るやつなんていない。それはよっぽどお人好しである。彼はそんなタイプではないはずだ。私は毎日自分に言い聞かせた。毎朝、私は彼を引き留めたかった。彼が出て行ったきり、帰ってこなかったらどうしようかと、毎日憂いていた。

「ね、もっかい」

「だめだ。それキリないだろ」

「ねろ……行っちゃいや。まだここにいて」

「そう言われてもな…もう時間ないからさ、ほら」

「ねえ、どうしてそう言うの。…私が嫌い?もう、好きじゃない?」

「違う。ナマエ。それは言うなって言ったろ」

「ごめん……。でも、ネロはいつも一回で終わらせちゃうし、それに、」

「ナマエ、今、誰と比べた?」

「え……」

「俺じゃ不満?」

「違う!違うの、ネロ。本当よ。私が…私がいけないの。私が欲しがっちゃうから。私、もっとネロとしていたいの。欲深くてごめんなさい」

「…欲しがり、な。淫乱の間違いじゃなくて?」

「……」

「誰でも良いんだよな、お前は」

「そんな訳ない!ネロが良い!ネロじゃなきゃやだ……どうしてそんな酷いこと言うの。ネロ、ネロじゃなきゃダメなのに…」

「そうなんだ?」

「うん…」

「じゃあ、俺が帰るまで、お利口に待ってられるよな?」

「うん…」

「よし、良い子」

「……」

「すぐ帰るから。いってきます」

「うん…いってらっしゃい…」

「…拗ねてるのか?」

「…ううん。いってらっしゃい」

いつもしている。いってらっしゃいのキス。ここだけ切り取れば新婚でもおかしくないのに。私はいつも不安だったし、彼はそれを根本から払拭しようとしなかった。適度に不安がらせて、彼への愛を試すようだった。そんな彼の態度にもううんざりしていたのは事実だけど、それでも捨てられなかった。嫌気がさす。自分にも、ネロにも。
ネロが帰ってくるまでの間、暇にしていると全て悪い方向に考えてしまうから、私は暇を潰すことが大切だった。ネロの料理屋を手伝っていた頃に習得した料理のスキルは、お昼ご飯やスイーツを作る趣味に役立った。他にも本を読んだり、掃除したり、音楽をしてみたり。色々手を出しては「これじゃない」と感じていた。私はどんどん弱くなっていくようだった。体は鈍っていたと思う。昔はそれなりに強い魔法使いであったのに。


「ただいま」

「…おかえり、ネロ」

今日はいつも通りの時間に帰ってきた。夕飯は私が作ることもあれば彼が作ることもある。けれど、大抵は二人並んで作ることが多い。私はその時間が好きだった。だからこそ、また店で働きたかった。彼も一人で切り盛りするのは大変だろう。作業しながら思い立って、彼に言う。 もうとっくのとうに、限界は超えていた。

「…ねえネロ」

「ん?」

「私、この時間が好き。料理が好きになった、貴方のおかげで」

「そりゃあ良かった」

「…私、またお店で働きたい。……ダメ?」

彼は一瞬手を止めて、それから何事もなかったように手を動かす。

「一人より二人の方が大変じゃなくなるでしょ?」

「…まあな。けど、本当に大変なら誰か雇えば良い」

これには驚いた。彼は信用できない人間を厨房に入れるような人ではないはずだからだ。

「当てがあるの?そんな、…危険じゃない?」

「…さあな。今のところ不便はしてないから」

私は分かりやすく落ち込んで、黙り込んでしまった。私のその様子を見て、彼は気まずそうにしながら話を続けた。

「そんなに気に入ってたのか」

「うん…」

「知らなかったな…」

「……」

「ただほら、今の店はずっと一人でやってるから、急に人が増えたら、お客さんも驚くだろ?」

そんなことないだろう、と私は心の中で悪態ついた。 「…結婚したんだって、奥さんだって言えば良いじゃない」 ぶすくれてそう言えば、ネロは困惑したようだった。

「……そんな嘘は、」

「今までだって、そういうことにしてたじゃない」

「そうだけどさ…」

彼は一呼吸置いてからこう言った。

「仮にも、ボスの女にしていいことじゃなかったな、と思ってさ」

「…今更?」

本当に今更な話だ。彼はもっとそれ以上のことを私にしているのに。

「何年前の話をしてるの」

「俺からすれば最近だ」

「……どうでも良いじゃない、そんなの」

私は本当にそう思っていた。

「どうでもいい?……薄情な女だな」

「ブラッドをどうでもいいと言ったんじゃなくて、だって彼が捕まって私たちはどうしようもないじゃない。私が言いたいのは、私とネロの関係に、ブラッドは関係ないってこと」

「…俺からすれば大問題だよ」

彼はしれっと料理工程を終えて、盛り付けにかかっていた。

「初めはさ、ブラッドの女を助けるつもりだった。本当にただの罪滅ぼしだ。自分のための、独りよがりなそれが、……いつからこうなっちまったんだろうな」

「…きっかけなんて、何でも良い」

私は常に「今」が大切だった。

「ネロが今、私を好きなら、何でも」

彼は自分の手元に集中している。

「私、ネロが好きよ」

ネロはそれを黙って聞いていた。ちっともこちらを見なかった。暫く彼を見つめていたけれど彼が向いてくれないから、仕方なしに作業を再開する。こちらもあとは皿に乗せればおしまいだ。

「俺だって、……ナマエが好きだよ」

はっ、となって彼の方を振り向くと、彼は懺悔するような顔をしていた。

「俺はアイツを裏切った。…初めてじゃない」

私はそれを訝しんで、「裏切ってないわ」と言った。

「そもそも、……私、ブラッドの女じゃないし」

「……はあ?」

彼はそれこそ、「何を今更」という顔をしていた。

「勝手に盗賊団の人たちがそう思ってただけ」

「そんな訳ないだろ。アイツと何回抜け出してたのか忘れたか?」

「ただ話してただけよ」

「……いや、まさか」

私は彼に仔細に事を伝えると、彼は深く、息を吐き出した。

「何だよ、それ……」

「ごめんなさい、言う機会がなくて」

「早く言え、そういうのは。俺の葛藤は何だったんだよ」

「知らないもの。そんなことで悩んでたなんて」

「そんなこと、だと?」

彼曰く、ボスの女に手を出すなんてもっての外で、しかも私も彼を好きになってしまったから、私だけはブラッドを裏切ったということにならないように、自分が罪を被るよう振る舞っていたらしい。なんて不器用な男なのだろう。

「仮に私がブラッドからネロに乗り換えたとしたら、それくらい私が背負うわ」

「…そういうわけにはいかないだろ。俺の方が先に好きになって、言ってしまえば手篭めにしたわけだし」

「そうなの?」

それは知らなかった。彼の方が、先に?今日の話はどれもこれも現実味に欠けていた。 ようやく話にひと段落がついた頃、少し冷めてしまった料理たちに口をつけ始めた。変わらず、美味しい味だった。

「誤解が解けたなら、私、また店で働ける?」

「まあ…いいけど」

「ほんと?嬉しい。ありがとう、ネロ」

「…そんなに気に入ってたんだな」

「…だって、一人で待ってるの、寂しいんだもの。店にいたらネロと一緒だし。お客さんに『奥さん』て呼ばれるの、結構好きなの。もちろん、料理するもの好きだけど」

「……へえ。ならさ、」

私は言い終わってから料理を口に運ぶ。

「…結婚する?俺たち。本当に」

思わず噛むのをやめてしまった。口にものが入っているから、喋ることができない。

「…冗談だよ」

黙っている私をどう思ったのか、彼はすぐ前言撤回した。私は急いで口の中のものを飲み込むと、「できるの?」と聞いた。

「冗談だって」

「できるならしたい。してくれるの?」

「…できるんじゃないか?そりゃあ。男と女だし」

「魔法使いでも?」

「多分…?」

けれど結婚というのは誓いだ。誓いとは、約束に違いない。人生を賭けた、約束である。

「約束、しない方が良いんじゃないの…?」

「……それはナマエの方だろ。というか、ただのジョークだから、忘れてくれって」

「嘘。…私は誓えるよ」

「……」

「ねえ、ネロ。ネロがしても良いと思ってるんだったら、してよ。でも後悔しないでね」

「…それ、こっちの台詞だって」

手続きなんて知らない。正式に認められたわけじゃない。けれど、今日この日、この瞬間、私と彼の間に大きな約束が成された。

「私、一生涯でネロを夫として愛すると約束する」

「…俺も、これからずっと妻としてナマエだけを愛することを、約束するよ」

穏やかな食卓で交わされた、とても大きな約束だ。 その日の夜から、彼は私を不安にさせるような行動はしなくなった。行為中にも言わなかったネロが、その日に初めて私を「好きだ」と言った。






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