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 ウィンターカップが終わる頃に、私から連絡した。桃井さんも呼んでほしいと。私が何か言いたかったのは彼にではなく、どちらかと言えば彼女に対してだった。彼はもう桃井さんとは何もないと言っていたし、実際そうなんだと思う。けれど彼女は?彼女がどう思っているかは分からない、信じられない。だって口ではどうだって言えるし、ずっと彼のそばにいるんだから。彼はあの日のように、私の家まで迎えに来た。一人だった。
「…桃井さんは?」
「来るよ、後で」
場所は彼に任せていたので、とりあえず彼に着いていくと、マジバまで連れていかれた。あまりにも見慣れたバイト先だ。そこには桃井さんはもちろん、何故か黒子までそこにいた。話を聞くところ、キセキの世代で会っていたらしい。「日付をずらしてくれて良かったのに」と言えば「良いんだよ」と言われた。
「差し支えなければ僕も同席したいんですが」
どうして黒子が?と聞こうと思った矢先、そう言われた。第三者がいたら話がしにくい、と思ったが、第三者がいた方が私も冷静になれるかもしれないな、と了承した。
「じゃあ、私から良い」
「はい」
「青峰が別れないって言うから、もう言わないけどさ。別れないなら私がイヤだなって思ってることを改善してほしいワケ。それが直らないなら別れたいなって思うじゃん」
「まァ…当然だな」
「でしょ?…あのね、私、アンタと桃井さんのその距離感がすごく嫌。別に幼馴染辞めろって言ってるんじゃなくてさ。腐っても私が彼女なのに、優先されないとか、桃井さんが彼女ヅラしてるとか、許せないんだよね。…青峰が何とも思ってないのはもう聞いたから、知ってるけど」
「ちょっと待って、私、そんなこと…」
「してるよ。無自覚かもしれないけど。昔からずっと側にいるし、青峰と二人で出かけるとデートとか言うし、彼女いるって知ってるくせに変わらず無神経な態度も嫌。」
言葉尻が強いことは分かっていたが、こうでもしないと分かってもらえないだろうと思った。幼馴染をボロクソ言ってしまえば怒られるかもなとも思ったが、気にする余裕はなかった。
「そんな…ご、ごめんなさい!知らなかったの」
「……だろうね」
知っていて尚、その態度であれば私はもっと許せなかっただろう。
「名字さん」
「分かってる、言い過ぎなんでしょ」
「…いえ、今までは何故言わなかったんですか?」
「…え?」
黒子はまっすぐこちらを見ていた。青峰もまた、私を見下ろしていた。彼は彼女を庇うことはせず、かと言って私を慰めるような素振りもしなかった。
「それは…中学の頃はずっと、青峰が桃井さんのことを好きだと思ってたから。両片想いで、私がうっかり付き合っちゃったから申し訳ないなって。高校上がってから青峰は桃井さんのこと好きじゃないとは聞いたけど、桃井さんはどうか分からないじゃん。だから……」
だから、というよりも。
「いや、むしろ、だからこそ桃井さんは青峰を好きだと思ったの。それに青峰も桃井さんを恋愛的には好きじゃなくても幼馴染としては大事なんだろうなって。だって桃井さんを邪険にはしないから。別枠で特別扱いされたら、ね。流石に分かる」
「邪険にしない…?」
「うん」
「あんなに練習に来てって言って断られてたのに…?監督に試合出さないよう進言して怒られたのに……?」
「そうだったの?まあでも嫌いではないでしょ?」
青峰の方を見て、話をふった。
「あ?お前それは……、あー!ハイハイ、そーですね」
一瞬好きじゃないとかふざけたことを抜かしそうな間を空けたので目を細めて睨むと、あっさり本音を言った。
「ほら」
「それは大ちゃんが名字さんに弱いだけじゃ…」
「あー私その呼び方も気になってた。戻したの?」
「あっ…うん……」
「いや、良いんだよ。止めたいワケじゃなくて、何で急に?って思っただけ。…元の青峰に戻ったから?」
「うん、そう…」
「ふーん…」
私からすれば元の青峰も何も、彼はそこまで変化していないように思う。もちろん捻くれたし、図体ばかりでかくなったし、大人には近づいているだろうけど。
「何度でも言ってやるけど、俺はコイツのこと何とも思ってねーよ。んで、コイツも俺のこと何とも思ってねーから」
「うん。本当に、そう。誤解させてたなら、ごめんね。本当に違うの」
「……うん」
そこまで言われれば引かざるを得なかった。私はまだ引っかかっていた。違う、というだけで、直しますとは言わないじゃないか。
「青峰君、桃井さん。言葉だけじゃなくて、互いへの態度が変わらなければ、きっと名字さんはこれからも同じ気持ちになります」
「…うん、それはもちろん」
「…ああ、分かってる」
「…仲良くして欲しくないわけじゃないの。寧ろ仲違いしたら私が居心地悪いし。でも……、私が彼女なら、そうして欲しい。ごめんなさい、妬みで意地の悪いことを言った自覚はある」
「ううん、全然!私だってテツくんに距離の近い幼馴染とかいたら、嫉妬しちゃうもん。…気が付かなくてごめんね」
「…ううん」
良くできた人だと思った。彼女に魅力があることを誰よりも私が知っていたから、余計脅威に感じていたのだろう。一通り話し終わると、私は憑き物が落ちたような心地になった。この奇妙な、私の我儘での集まりの、解散の口火を切ったのは彼だった。
「…もうねーのか」
「うん」
「じゃあ帰るぞ」
「…うん。ごめん、ありがとう。黒子も、桃井さんも」
「いえ」
「ううん、こちらこそ」
彼は私の手を引いて店を出た。外はすっかり暗くて、肌寒かった。店を出て暫くしてから、彼は口を開いた。
「…悪かった、ごめん。ずっと…不安にさせた」
「良いよ、もう。これからは飲み込んでやらないから」
彼が私のことを好きだということは、もうよく知っていた。この一年で、そこの自信だけはついていた。彼のおかげだった。彼もまた、私に好かれている自信だけはよくあるようだった。私のおかげだ。二人で並んで歩く。手を引かれている状態から、普段はあまり繋がない手を繋いだ。寒くて、そのまま彼のポケットに手を突っ込む。
「大輝」
「…おう」
「…って呼んで良い?」
「ああ。…名前」
私は彼を見た。彼も私を見ていた。バスケをしている彼が見たいな、と思った。きっと、彼が一番輝いて見える瞬間だから。
「好きだ」
「…知ってる。私も好きだよ」
「知ってる」
繋いだままの彼の腕を引いて、背の高い彼に合わせて精一杯背伸びをした。彼が私の意図に気付いて頭を屈めてくれる。…私は大輝の、そういうところが好きだった。


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