寄り掛かられる白石


◇名前変換なし。


たまたま早くに目が覚めた。そんで朝練もあるし、だらだら家におってもしゃーないなって思ったんや。

だからいつもより早くに家を出て、いつもよりちょっとばかり早い電車に乗り込んだ。

「…」

肩に寄り掛かっている小さな頭を見つめる。

その頭の持ち主はリクルートスーツを着た女の人。

恐らく何処かの会社員なんやろうけど、肌の具合や体つきから見ても、さほど自分と年は離れてへんみたいやった。多分二十歳より手前やないかなと思う。

すやすやと静かな息づかいが、僅かに触れている体から伝わって来る。

そんなこと意識しとる俺って、なんや変態みたいやな。

『間もなく四天宝寺前』

あ、此処で降りな。
到着駅を告げる棒読みなアナウンスが流れ、俺はこの女の人をどうしたらええかなと悩んだ。

起こしたった方がええんやろか。なんや無下に押して退けるんも嫌やし。ていうか、なんでやろ?俺が彼女を起こさんと降りてしまったら、彼女は他の誰かに寄り掛かってしまうんやろな。それは嫌やな。って思っとる自分がおる。

「…ん、」

「!」

自分の不可思議な気持ちに軽く動揺しとったら、彼女の目がゆっくりと開かれた。

あれ、なんや、気まずい。別になんも悪いことしてへんのに。

俺はさっと視線を移動させた。彼女から、見知らぬおっさんが座っとる向かいの席の方へ。

「…?あ、す、すみませんっ!」

寝ぼけとったのか、目を開けた後も暫く俺の肩にあった彼女の頭は、彼女が状況を理解したと同時に、ばっと俺の肩から離れていった。

なんや、少しだけ寂しい気がする。

そんな感情は微塵も出さずに、「ええですよ」とだけ告げる。

彼女はもう一度すみませんと謝り、顔を赤くして俯いてしまった。

『四天宝寺前ー、四天宝寺前ー』

ぷしゅーっと空気が抜けるような音を立てて扉が開く。

テニスバックを背負い直して立ち上がると、隣の彼女も立ち上がった。
外に出る人の波に乗って、俺たちは電車を降りた。

そして俺は左へ、彼女は右へ向かう。

なんとなしに気になって、なんとなしに振り返えってみる。

そしたら丁度その時、彼女がなにかを落とすのが目に映った。
意図的ではなく、自然に落ちてしまったという感じやった。

俺は急いで逆側に走り、彼女の落としたものを拾い上げる。

それは水色をしたハンカチ。
すぐに呼び止めようと辺りを見回してみるが、もうそこに彼女はおらんかった。

「…いつもあの時間なんかな…」

俺はハンカチを見つめ、呟いた。

「あーあ、明日も早起きせなあかんな」

口に出した言葉はなんとも皮肉げなもんやったけど、俺、今気持ち悪い笑顔浮かべとんのやろなって、自分でもわかった。



End




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