きみの方から


※参加型企画にて投稿頂きました作品です。

◇社会人花京院。

平日は、二人とも仕事で夜遅くまで家にいない。
だから家を汚す人もいない。週に一回、休日に家中を掃除すれば、案外家は綺麗に保てる。
花京院は換気のために開けていた窓を閉めた。

「終わった…。今日は本当に暑いな。掃除しただけで汗をかいてしまったよ」

花京院は襟を摘まんでくつろげたり胸元に戻したりして、服の中に風を送り込む。
暦の上では立夏の辺りだから、その行動もさほど無駄ではない。

「でも典明、その半袖一枚だけでしょ。言うほどじゃあないと思うけど」

そういう彼女はゆったりした七分袖のシャツだ。見た目で言うなら、彼女の方が暖かい服装だが、彼女は涼しげな顔でいる。

「そうかな?でも昨日までは結構寒かったからね。気温差のせいで暑いと思うのかもしれないな」

「ああ、そうだね。特に昨日は雨が降っていたから、湿気っているのかも。扇風機、物置から持ってくる?」

「いや、小さいものでも十分だよ。この前エアコンは掃除したし、つけてしまおう」

花京院は壁に付いているリモコンを手にして、エアコンに向けてスイッチを押した。
エアコンをつけると言う程の花京院と、汗一つかかない自分の間の体感温度差に彼女は驚いて、小さく声を漏らす。

「良いけど、……28度だよね?」

今度は花京院が驚いた。

「君、本当に暑くないのかい。それなら、28度設定にしておこう」

花京院はもう一度エアコンに向き直って、設定温度を上げた。
次に部屋の隅に置いていた扇風機を、エアコンの対角線上で稼働させる。
ワイドショーで見た節約術だ。

「お茶、いる?」

彼女は花京院にグラスを差し出した。礼を言って受けとると、花京院は一気に半分を飲み干す。
麦茶が染み渡る感覚に嘆息した花京院が面白くなって、彼女は笑って息を溢してしまった。

「なに?どうかした?」

問いかける瞳から逃れるように、彼女がソファに腰かけると、花京院もそれに続く。

ソファにもたれながら、花京院は彼女を見つめた。
彼女の返事を黙って待って、しばらく何も言わなければ、何事もなかったように違う話をする。

いつもそうだから、この時もそうするつもりだったが、彼女も特に隠すことではないと思って、結局口を開く。

「なんだか、こんなに差があるものかなって。面白くなっちゃった」

その感覚がまたよみがえって、小さく笑う。
誤魔化すように、花京院とお揃いのグラスに口をつけた。

花京院にその感覚はわからなかったので、「そっか」と相づちを打つに留めた。

「典明が暑がる時期なら、私もそろそろ衣替えしなくっちゃ」

彼女は懐かしむように花京院を見て、柔らかく笑む。

「また、夏が来るんだね」

憂いでも喜びでもなく、二人には親しみだけがある。

エアコンの涼しい風の匂いが、二人の鼻を掠めた。


end


★筆者:匿名様




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