そして日は昇る
時刻は深夜1時を過ぎた頃。
「ふぅ、着替えるのも一苦労だなぁ」
5年の間、ほとんどの時間をベッドの上で過ごし、必要な時には車椅子を使用していたなまえの両脚は、一人では立つことすらままならない程に筋肉を失っていた。
それはいくら吸血鬼といえども、早々に元に戻るわけもなく。
自らの幽波紋を使い、久しぶりに…とても久しぶりに、旅の最中に着用していた制服へと、その腕を通したのだった。
「あは、スカートゆるゆる」
全てを着終えたなまえは、幽波紋の頭を一撫でして「ありがとう」と呟いた。
すぅ、と幽波紋が消え、少し間を空けてノックの音が響く。
「なまえ、大丈夫かい?」
「うん、終わったよ」
返事をすれば、すぐに扉のロックが解除され、旅を生き抜いた彼らの姿が目に入る。
ジョセフ、承太郎、花京院、そしてポルナレフ。
皆、なまえにとって空白の4年間の分、少しだけ違って見える。
しかし、なまえを想う彼らの気持ちも、彼らを慕うなまえの気持ちも、何一つ変わってはいない。
「…行くとしよう」
ジョセフはなまえを抱き上げ、車椅子へと乗せる。
抱き上げたその身体の軽さが、まるで奪われた彼女の時間を示しているようだ、と思った。
「へぇ、此処って病院じゃあなかったんだ」
ポルナレフが押す車椅子の上で、きょろきょろと辺りを見回すなまえ。
“病室”から出ると、そこはなまえの知る“病院”とは違う場所だった。
「ああ、此処はSPW財団の日本支部で、研究所として使用されてるんだ」
「SPW財団…流石というかなんというか、凄いね」
長い廊下を歩き、エレベーターに乗って地上へと上がる。
暗いエントランスを横切り、月明かりが照らす屋外へ…。
「わぁ…!」
其処は、海沿いに建てられた施設だった。
敷地は広く、周りには建物がまばらにあるだけの閑散とした場所。
深夜ということもあり、辺りには海が奏でる
漣の音だけが響き渡っている。
「なまえ」
「うん?わっ、」
承太郎に呼ばれ、後ろを振り返ろうとしたが、その必要はなかった。
「此処からは車椅子じゃあ無理だろう」
「う、うん…ありがとう」
ふわり、と身体が宙に浮いたかと思うと、すぐ近くで承太郎の声が聞こえる。
軽々と抱き上げられたなまえは、少し驚いて頬を染めるも、しっかりと彼の服を握りしめた。
「(あの時だって、こんなに誰かに頼ったこと…なかったなぁ)」
柔らかい砂浜を歩くさくさくとした音を聞きながら、それと同時に感じる自分のものではない緩やかな心音が心地良い。
満月の光で想像していたよりも明るい砂浜と、相対するように真っ暗な海。
神秘的だが、少し不安になるような、そんな景色。
砂浜に腰を下ろし、空を見上げる。
「砂漠でもこんな風にみんなで星なんか見たっけな」
ぽつりと呟かれたポルナレフの言葉に、皆静かに頷く。
命がけだったけれど、決して辛く苦しいだけの旅路ではなかった。
此処に居ない者も、きっとそれは同じだったのではないだろうか。
それから、ぽつりぽつりと色々な話を続けた。
あの旅であったこと、今自分がしていること、そして、未来の話。
他愛のない話は途切れることなく続き、笑い、時には真剣に悩んでアイディアを出し合う。
そんな時間は驚くほど速足で駆けていき、ふと空を見やれば、少しずつだが確実に白み始めていた。
あと数分もすれば、あの水平線から太陽が姿を見せる。
自然、五人の間に静けさが訪れた。
「…ジョースターさん、承太郎、花京院、ポルナレフ…わたしは、幸せだったよ」
静かに、しかしはっきりと、なまえは言葉を紡いだ。
皆、口を開き何かを口に出そうとするも、それは言葉にならずに消えていく。
「わたしのこと、わたし以上に悩んでくれてありがとう。辛い思いをさせて、ごめんなさい」
ふわり、小さな風が吹き、なまえの幽波紋が姿を現す。
幽波紋に支えられながら、ゆっくりと立ち上がるなまえ。
「みんな、大好きだよ」
それは、とても綺麗な笑顔で、とても綺麗な泣き顔だった。
太陽が、登る。
『 またね 』
ザァ…ッ
そこに彼女の姿はなく、砂浜に落ちる衣服から、風に流されるように舞い上がる白い灰。
波と、風の音に混じるなまえの声は、それでも確かに彼らへと届いた。
頬を濡らす涙は、風に乗って灰と共に宙へ舞っていく。
終わりを告げた、彼女の時。
しかしそれは、再び時が巡りだす始まり。
いつかまた、彼らの時と交差するまで。
魂は巡り、時は動き出す。
Fin
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