承太郎の執事1


兆候はあった。
少し熱っぽかったり、吐き気がしたり、異様に眠たくなったり。

でも、それはただの風邪だと思っていた。
昔から風邪をひいてもそこまでひどくなることがなくて、その時の症状によく似ていたから。
だから他の使用人や空条家の方々に感染うつしてはいけないと思い、マスクを着けていたわけで。

おかげで承太郎とも距離を置く理由ができて、むしろ怪我の功名だとすら思っていたのだ。
(承太郎は構わず近寄ってきたけれど)

それでも、あまりに尾を引く不調に違和感を覚え、奥様や承太郎たちに背中を押されて病院へ。

もちろん受診先は内科。

…だったのだけれど…。

「おめでとうございます。妊娠2カ月、6週目です」

「はい…?」

内科の検査を一通り受けた結果、現在わたしがいるのは何故か産婦人科。
医師から告げられた言葉は、病院ではなかなか聞くことはない祝いの言葉。

おめでとうございます。

いいや、問題はそこじゃあない。

医師はなんと言った?わたしの病名はなに?

淡々と現状を告げる医師の言葉など、混乱するわたしの頭にはちっとも入って来なかった。

「(にんしん…)」

病院を出た時、わたしの頭に残ったのは…たった一つのワードだけだった。



気が付けば、わたしは空条邸の門前に立っていた。
帰って来るまでの出来事は、まるで記憶に靄がかかったように曖昧だ。

見慣れているはずの大きな門が、いつもより更に大きく見えた。

その大きな門に威圧されるように、わたしは其処から踏み進むことができない。

理由なんて分かっている。
この家の敷居を跨ぐことができない理由。
空条家の方々に会わせる顔がない…理由。

「…っ、」

隠していても一人で隠しきれるものではない。
中絶するにしても休暇を頂く必要があり、その為には直属の主である承太郎に申し出なければならない。
そこで適当な理由を付けたとしても、手術となれば付き添いだって必要だろう。

そもそも妊娠したことが知れた時点で、わたしは執事としてこの家にはいられない。

承太郎は多分、喜んでくれるのだろう。
こうなることを望んで行為をしていたのだから。

でも奥様や、旦那様…それに父さんは…。

「う…っ」

色んなことを考え過ぎた所為か、眩暈と吐き気が津波のように訪れ、わたしは思わずしゃがみこんでしまう。

ああ、目が回るっていうのはこういうことを言うんだ…。

「−…なまえちゃん…!?」

ぐらりと世界が回転しながら暗くなっていく中で、血相を変えた奥様が駆け寄ってくださるのが見えた。

つくづくわたしというヤツは、執事失格だ…。



『承太郎、16歳のお誕生日おめでとう!』

『ありがとう、母さん』

『おめでとうございます、承太郎様』

『…なまえ?その恰好は…、』

『本日付で承太郎様の執事に就任致しました。よろしくお願い致します』

『執事?どうしてなまえが…』

『なまえちゃん、あまり畏まらなくていいじゃない。今までどおり、承太郎のことをよろしくね』

『はい、奥様』



―…懐かしい夢を見た。

承太郎が16歳になった誕生日。
わたしと彼の関係が変わった日の夢。

夢というのは目を覚ました時には忘れてしまうものだとよく言うけれど、これは夢であると同時にわたしの確かな記憶だからだろうか。
目を開けた今もしっかりと覚えている。

「大丈夫?」

「…奥様…」

「ダメよ、まだ寝てなくちゃ!」

起き上がろうと身体を起こしかけるけれど、奥様にやんわりと肩を押され再び布団へ逆戻り。
主に看病される執事なんて聞いたことがない。
けれど奥様に逆らうような気力も度胸もないわたしは、「ありがとうございます。申し訳ありません」と伝えることが精一杯。

「気にすることないわ。さぁ、承太郎にもなまえちゃんが気が付いたこと報告して来るわね」

「承太郎様にですか?」

「ええ、ここまでなまえちゃんを運んだのは承太郎なの。すっごく心配してたのよ」

「…あ、あの…っ!」

「なぁに?」

立ち上がり部屋を出ようとする奥様に、わたしは声を張り上げた。
自分でも思ったより大きな声だったからだろう。奥様は少し驚かれた様子でこちらを振り返ってくださる。

「あの、少しだけお話したいことが…あるのですが、」

一度布団へ戻された身体だけれど、やはりわたしは起きざるを得なかった。
そしてわたしは多分今切羽詰まった表情をしているのだろう。
奥様も真剣な表情を浮かべ、再びわたしの前に腰を降ろしてくださった。

そして打ち明ける。
真実を。



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