彼女をとりまく環境


※注意!※
なんとなーく想像されている方が多いかと思いますが、今回は虐待・暴力など、シビアな内容が含まれます。
なまえさん語りですので流血表現やなまなましい描写はありませんが、苦手な方は十分ご注意下さいますよう、よろしくお願い致します。



ガシャンッという大きな音がして、お父さんが大きな声でなにかを言っているのが聞こえた。

部屋にまで聞こえてくるその音と声に、わたしは大きく体が震えてしまう。

昨日、でぃおが「また明日」って言ってくれたけれど、やっぱり今日は会いに行けなかった。怒ってるかなぁ。そう思いながら、暗い部屋から窓の向こうのおつきさまを見上げていたわたし。

部屋から出て、またお父さんにぶたれるのはこわいけれど…でも、まだ聞こえているお父さんの大きな声といろいろな音。それをただ聞いているだけの方が不安で。

ちょっとだけ迷ったけれど、わたしは窓から離れてドアへと手を伸ばす。

できるだけ音を立てないように、ゆっくり。開くのは、自分が通れる分だけ。

ドアにはりついたまま覗き込む廊下は暗い。
でも、その先にあるリビングは明るいから、きっとあそこにお父さんがいるんだ。

さっきまで聞こえていた大きな音や声は聞こえなくなったけれど…どうしよう、戻った方が、いいかな。

部屋から廊下へと一歩だけ進んだところで、どうしようか悩んでいたら…明るいリビングから廊下の方へ、影が見えた。

「っ!」

影が見えたのと同じに、わたしはすぐに部屋のなかへ。

静かにドアを閉めたつもりだけれど、ばれちゃったかな…?
自分の心臓がドキドキうるさくて、手も足も震えている。

足音がこっちに来ませんように。
ぎゅっと目をつむってドアの前でかみさまにお願いする。

だけど、かみさまには届かなかったみたい。

コツコツと同じリズムで聞こえる足音は、確かにこっちへ向かってくる。

ベッドに潜り込んで、お布団を頭まですっぽりかぶって体を丸めても、この部屋のドアが開く音は聞こえた。

「…なまえ」

「…っ、……?」

ぎゅうっと閉じていた目を、ゆっくり開く。
お布団をかぶっているから目の前は真っ暗。

だから、ドアを開けた人が誰なのか、分からない。

わたしの名前を呼んだ声は、お父さんの声じゃない。

だれ?

でも、この声は知っている人の声…。

「…でぃ、お……?」

そっとずらしたお布団から覗き見えたのは、ほんのちょっと前までわたしの頭の中にいた人。

どうしてここにいるの?

暗い部屋のなかだけれど、カーテンを閉じていない窓から差し込むおつきさまの光で、でぃおのかおはよく見える。

ぱちぱち瞬きしてみても、ドアの前に立つでぃおの姿はかわらない。

「でぃお…どうして、」

「言っただろう、『また明日』と」

丸めていた体をベッドから起こして首を傾げると、でぃおは笑顔でわたしの方へ来てくれる。

おつきさまの光が金色の髪にあたって、なんだかすごくきれい。

思わずじっと見つめている間に、でぃおはわたしのいるベッドのところに来ていて。

ベッドの前で屈んで、わたしの頭を撫でてくれる。

「ごめんなさい、やくそく…守れませんでした…」

「果たされたさ。今、お前は私の目の前にいるだろう」

「でぃおが、きてくれたから」

「ああ」

「…あの、お父さんは、」

「なまえ」

さっきの大きな音と声、聞こえなくなってすぐにでぃおが来てくれたけれど…なにか関係があるのかな…?
あれからリビングの方は静かなままだし、ちょっと気になる…。

リビングの方から来たでぃおならなにか知っているんじゃあないかと思って、聞いてみようとしたんだけれど。

でぃおはわたしの言葉を遮るように、わたしの名前を呼んだ。

「…なまえ、私と共に来い」

「え?」

「この家を出て、私の元で生きろ」

「いえを、でて…?」

それはいったいどういうことなのか。
わたしはでぃおの言葉の意味がよく分からなくて、「はい」とも「いいえ」とも返事をすることができない。

「誰にもお前を傷つけさせない。今度こそ、お前を守ってやれる」

頭に優しく乗せられていた手が、するりとわたしのほっぺたに触れる。
ちょっとだけ痛いのは、昨日ぶたれたのがまだ治っていないから。

こんどこそ、っていうのは…この痕のこと、分かっちゃったのかな…?

「で、も…わたしが出ていっちゃったらお父さんは…一人ぼっちになっちゃう…」

「心配ない。お父さんにはちゃんと断ったからな」

「え…ほんとうに?」

「ああ」

「いいんですか…?いっしょに、行っても、」

「そう言っている」

おつきさまの光で照らされるでぃおのかおは、とても優しく微笑んでいる。

お父さんは、お母さんのいないわたしにとって、たった一人のかぞく。
こわくても、痛くても。わたしはお父さんがいなかったら生きていけない。

けれど、でぃおはわたしを守ってくれるって。
一緒に生きてくれるって。
そんな風に望んだこと、なかった。
望んでいいなんて、知らなかった。

「……いっ、いっしょに、いきたいです…!わたし、いい子でいます…だから、」

痛くしないでください。
きらいにならないでください。
一緒にいてください。

頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく言葉にできない。
なのに涙ばっかりたくさん出て、余計に頭はめちゃくちゃで。

そんなわたしを、でぃおはただ黙ってぎゅうっと抱きしめてくれる。

もう、言葉を考えることもできなくなってしまった。



「…なまえ、お父さんに『さようなら』を言ってくるといい」

「…はい」

わたしの涙が止まるまで、背中を撫でてくれていたでぃお。

どのくらい経ったのかは分からないけれど、たくさん泣いたせいでぼーっとする。

お父さんに、『さようなら』。

『いってらっしゃい』、『いってきます』。
そのどちらとも違う、『さようなら』。

同じ街に住んでいるから、いつかまた会う日があるかもしれない。
けれど、でぃおは『さようなら』を言うようにって。そう言っている。

それならわたしはでぃおの言葉に従います。

だって、今日からでぃおがわたしのかぞくだから。

「お父さん…?」

明るいままのリビングへ、でぃおと一緒に行く。

お父さんは、テーブルに伏せたまま顔を上げない。

「ねちゃってるのかな…?」

「大丈夫だ。なまえの言葉は伝わるさ」

「そう、ですか…?」

首を傾げているわたしに、でぃおはただ頷いて、わたしの背中を軽く押してくれる。

「お父さん、いままでありがとうございました。…さようなら」

そっと触れたお父さんの体は、なんだかすごくつめたく感じた。

「なまえ、帰ろう」

「かえる…。はいっ!かえります!」

玄関のドアを開いて、もう一度だけ振り返って見ても、やっぱりお父さんの顔は見えなかった。

ドアを静かに閉めて、でぃおにだっこしてもらい、もう真っ暗な外を進む。


−…ガオン…ッ


「?」

「どうした、なまえ?」

「…いえ、なんでもないです」

お父さん、もしまたどこかで会ったとき、元気だといいな。



end

補足:ガオンはヴァニラ(クリーム)さん。




- 31/63 -

前ページ/次ページ


一覧へ

トップページへ