太陽に未練などあろうはずもない
この館には、何人かの吸血鬼、または人間が出入りする。
当然この私がそれらの出入り全てを把握しているわけではない。が、しかしだ。
絶対に間違えないことがある。
それは、他とは絶対的に違う足音であったり、少し舌足らずな話声であったり。なまえが発する音は、何故か私の鼓膜によく届き、そしてそれが彼女の発するものだと認識する。
今も、陽の光から隔離されたこの書庫に向かってくるのが明確に分かる。
薄暗い廊下には未だ慣れぬのだろう。おっかなびっくり、といった足取りだ。
だというのにそれでもこちらへ向かってくる理由。それが私を探しているからだと、そう思うと無意識のうちに口角は上がっていた。
「でぃお、いますか?」
小さなノックの音が三回。同時にかけられるドアを挟んだなまえの声を聞き終わる頃には、読みかけていた本を無造作に放っていた。
「帰ったのか、なまえ」
「でぃお!はい、先ほどかえりました!」
ドアを開けてやると、瞬時に満面の笑みでもって私を見上げてくる。その小さな手には、蝋燭は危ないとダービーあたりにでも言われたのだろう。小型のライトが握られていた。
そしてライトとは別に、そっと包むようにして持っていた何本かの花を、短い腕をいっぱいに伸ばして私へ差し出してきた。
「でぃおは、あかるいうちはお外に出られないとてれんすさんからききました。だから、えぇっと、おすそわけ?にと思って…」
「フッ、そうか。ありがたく受け取っておこう」
「ふふっ、よかったぁ」
何処で摘んで来たのか。正直花に関心はないが、他ならぬなまえからの贈り物だ。
受け取らないというわけにもいくまい。
小さな手から、ぐしゃりと握りつぶしてしまわないよう丁寧に花を受け取れば、なまえは嬉しそうに。そして、少し照れたように笑う。
もしこれをもっと明るい…それこそ、陽の下で見られたのなら。一瞬そんなことが頭を過ぎる。
「…ところで、なまえ。お前、何処か怪我をしているだろう」
「あっ、はい。お外でころんじゃって…すごい、どうしてわかったんですか?」
「血のにおいがしたからな」
「わぁっ!」
驚いた表情を浮かべるなまえに言葉を返しつつ、まるで重さなど感じない程に軽く、細いその身体を持ち上げる。
こうしてなまえを抱き上げる行為は、最早日常的といっても過言ではないほど繰り返しているため、彼女もまた驚きはするものの、怖がったり嫌がるということはない。
ただ、両手でぎゅっと私の腕へ抱きつくように掴まってくる。
先ほど受け取った花を一旦本棚の空いているスペースへ置き、なまえの怪我を確認すべく、片腕に座らせるようにして抱きかかえれば、怪我をしている場所はすぐに判った。
血のにおいもそうだが、ただ傷口を洗っただけの、皮膚が破けた両膝がそのままむき出しの状態となっていたのだ。
「まだろくに手当をしていないようだな」
「でも、ちゃんときれいにあらいましたよ?」
「きちんと消毒をした方がいいだろう。その方が早く治る」
「…はい」
返事はあったものの、その表情は困っているといった風だった。
そこでふと、思い至った。
彼女は手当というのをどうしたらいいのか、分かっていないのではないか。
なまえが置かれていたこれまでの家庭環境を思い返し、怪我をしてもろくに手当をしないまま、ただ自然治癒力に任せていたのではないか、と。
「…まさか、私が手当を『する』側になるとはな」
「でぃお…?」
「いや、何でもない。ダービーに傷薬がないか確認しなければ、と思っただけだ」
「てれんすさん、さっき二階のろうかで会いました!」
「そうか。ではそちらから探してみるとしよう」
「あ、でぃお、お花…」
「…ああ、すまない。置いていってしまうところだったな」
なまえを片腕に座らせた状態のまま、ダービーを探すため書庫を後にする。
埃っぽいその場所から出ると、抱えたなまえの匂いがより明確に鼻孔へ届く。
若干の汗のにおいと、陽の光を浴びた衣服のにおい。
そして、腕と胸元に感じる、高めの体温。
私を見上げる屈託のない笑顔。
なまえは、摘んで来た花を『お裾分け』といって差し出したが、私には…陽の下を歩くことができなかろうと、陽の光を浴びることが叶わなかろうと、未練はない。
私には、なまえがいる。
それだけで、太陽など私の世界には不要なのだ。
end
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