あいすさん!


でぃおのおうちに住まわせてもらうようになってから、数日が経ちました。

すこし前までお父さんとふたりで住んでいたおうちとは違うところがたくさんあって、まだまだ慣れないことが多いけれど、でぃおやエンヤおばあちゃん、てれんすさんはとっても優しくしてくれます。
だから困ることはありません。

…困ることは、ないのですが…。

「…」

「…あぅ…」

この広いおうちの廊下で、わたしは顔を上にあげたまま立ちすくんでいます。
わたしのような子供なら、大きなおとなの人とすれ違ったとしても、それでも余裕があるほどにこのおうちの廊下は広いです。
でも、わたしはまるでヘビさんに出会ってしまったように、ただ目の前でわたしと同じに立ち止まり、わたしを見下ろしている人から目を逸らすことができません。

その人は、でぃおと同じようにとっても背が高くて、腕や脚がわたしなんかとは全然比べものにならないくらい太いおとこの人です。

わたしは数日前…初めてこのおうちに来た時、その人と一度会っています。

確か、でぃおはこの人のことを…あいす、と呼んでいたと思います。

このおうちが広いからか、たまたまなのかはわかりませんが、この人と廊下で会ったのは今が二回目です。

「こんにちは」と挨拶をしてすれ違えばよかったのでしょうけれど、わたしはその…ちょっぴり、この人がこわくて。
足が勝手に動かなくなってしまったのです。

そして、なんでかあいすさんも立ち止ってしまったのです。

うぅ…、す、すごく見られています。見下ろされています。

その、わたしのずっと上から向けられる視線はつめたくて、わたしをたたく時のお父さんの目に…似ている気がします。

それを思うと、あいすさんのことが余計にこわくなって、とっても失礼なことだとわかっていながら、目の前が少しずつ滲んでしまいます。

「…っ、おい貴様…幼女、何故涙を浮かべるのだ」

「ひ…っ、ご、ごめんなさい…!」

わたしのかおを見て、あいすさんは少し慌てたように言葉を言いながら、わたしをきつく睨みます。

泣いちゃだめだと自分に言いきかせるけれど、涙は勝手に浮かんできます。

どうしたらいいのでしょう?

わたしもあいすさんもおろおろしてしまいます。

…そんな時です。

「これは珍しい組み合わせですね」

「テレンス・T・ダービー…」

「てれんすさん…!」

わたしの後ろの方から聞こえた声に、わたしもあいすさんも目を向けます。
そこにはこっちへ向かって歩いて来る、不思議そうなかおをしたてれんすさんがいました。

「二人で何をしているんです?こんな廊下の真ん中で…」

「…何と言うことはない」

「…?おや、なまえさん…何故涙を浮かべているのです?」

「あ…、いえ、…えぇと…」

「違う!このわたしは断じて何もしていない!その幼女が勝手に泣き出したのだッ!」

「別に、何も言ってやしませんよ」

目線を合わせるようにわたしの前へしゃがんだてれんすさんが、目元に溜まった涙をそっと拭いてくれます。

どうして泣いているのかを聞かれ、もごもごとうまく言えないわたしよりも先に、あいすさんが大きな声で言いました。

てれんすさんが来てくれたおかげでいくらか安心したわたしでしたが、その大きな声にびくりと肩がはねてしまいます。
こればっかりはしかたがないと思うのです。

てれんすさんははぁっと息を吐いて、わたしの手を握りながら立ち上がります。

「大方、貴方のその風貌と威圧感に気圧されたのでしょう。…さぁなまえさん、行きましょうか」

「は、はい」

ゆっくりと歩き出したてれんすさんに手を引かれて、わたしもようやくずっと動かなかった足を動かすことができました。

歩き出しながら、てれんすさんの手をぎゅっと握り振り返ると、あいすさんはわたしたちを見ていました。

ぱちんと目が合ったのでわたしは慌ててしまったけれど、それでもてれんすさんが傍にいてくれるということに安心して、なんとか手を振ることができました。

いっぽぜんしん。できたかなぁ?



end




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