典明くんともしもの話


◇名前変換なし。3部といいつつ数年後の生存院。


「もしもの話なんだけれど」

典明くんが淹れてくれたコーヒーを半分程飲んだところで、ふと彼が言った。

「もしも僕が、今日キミを帰すつもりがないって言ったら…どうする?」

「…え」

向かい側に座る彼は、マドラーでくるくるコーヒーをかき混ぜながら、なんでもないことのように“もしもの話”をする。
何も入っていないブラックのコーヒーを混ぜたって、何の意味もないのに。

「『どうする』と言われても…とりあえず、びっくりする…かなぁ」

「それだけ?逃げようとする、とかないのかい?」

「んん…、だって逃げられる気がしないもん」

「ふふっ、まぁそうだろうね。でも少し張り合いがない気もする」

「…典明くんって時々Sっぽいよね」

そう?なんて言いながら、無意味に混ぜられたコーヒーを飲む典明くんは、少し笑っている。
そういうところが既にSっぽいんだよなぁ、とわたしは思う。

「ねえ、典明くん。もしもの話だけれどさ、」

残りの半分程にミルクを追加しながら、わたしは彼と同じように問いかける。
“もしもの話”。

「もしもわたしが、今日は帰るつもりがないって言ったら…どうする?」

彼の驚く顔をじっと見つめて、思わず意地の悪い笑みが浮かぶ。
実はわたしも結構Sなのかもしれない。なんて、残りのコーヒーを飲みながら思った。
コーヒーは、カフェオレみたいに甘い。




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