花京院くんとお出かけ
◇生存院。平和な高校生。
ある日、ひょんなことからなまえさんと出かけることになった。
学校が半日で終わる土曜日、ゲームショップなんていうなんの変哲もない場所に、あの長く険しかった旅を共にした彼女と。二人で。
そう、なにも変なことなんかないのだ。高校生がゲームショップに行くなんて、多分普通のことで、よくある日常の一コマにすぎない。
しかしながら、今まで友人と呼べるような人間がいなかったし、作ろうとすらしていなかった僕。
そして、あの旅から生還して暫くが経った今でも…僕はなまえさんのことばかり考えている。
まあ、つまり、そういう意味で。
あの時は、できれば女の子に怪我をさせたくなかったし、極限状態だったから、吊り橋効果というんだろうか。なまえさんのことが気にかかるのは至極当然のことだと思っていた。
でも、平穏な生活に戻った今でも、それは消えるどころか増すばかり。
いくらそういう事に疎い僕だってわかるさ。
そんな相手と、ゲームショップとはいえ二人きりで出かけることになって…。
「(どうしよう…)」
僕は若干焦っていた。
「花京院くん、大丈夫?」
「え」
隣を歩くなまえさんが、黙りこくっている僕を心配そうに見上げていた。
「お腹痛かったり体調悪かったら言ってね?」
しまった。と、僕は思う。
あの旅が終わって、僕が奇跡的に一命を取り留めてからというもの、なまえさんは僕に対して少しばかり過保護になるところがある。
こんな風に僕が黙り込んでいるから、なまえさんは不安に思ったのだろう。
僕は慌てて笑顔を作る。
「大丈夫、なんでもないよ」
「そう?それなら、いいんだけど」
そう言いながらもじっと僕を見上げる大きな瞳は、多分僕の顔色を窺っているんだろう。
あんまり見られるとこちらとしては照れてしまうのだけど、でも逆にそれが功を奏したのか、なまえさんは安心したように微笑むと、再び前を向いた。
そしてくすくすと小さく笑う。
「なんか不思議だよね」
「何がです?」
「花京院くんとこんな風に出かけてるのが、なんだか夢みたいだなあと思って」
“夢みたい”か。
「確かに、そうですね」
なまえさんと同じように、僕も小さく笑う。
こんな風に、なんの警戒もなく街を歩くのも、二人だけで並んで歩いているのも。
誰かにとってはなんでもない事でも、僕たちにとっては、なんだかファンタジーやメルヘンみたいな、特別な事に思える。
「ねぇ、わたし、一回やってみたかった事があるんだけど、」
「なんですか?」
「えとね…、手を繋いで歩く…とか」
「!?」
頬を赤く染めてはにかむなまえさんに、思わず進めていた歩みが止まる。
「わああ、ごめん、なんか変なこと言っちゃった!」
今の忘れて!なんて言いながら真っ赤な顔の前で手をぶんぶん振るなまえさん。
忘れられるわけがない。
僕の心臓は跳ね上がって、こんなにも血流を良くしているのだから。
僕は顔を覆うなまえさんの手をとる。
今、僕にできる精一杯。
「…花京院くん、顔真っ赤」
「なまえさんに言われたくないな」
「ふふっ、だよねぇ」
ファンタジーは終わらない
end
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