高校生のバレンタイン
◇生存院。平和な高校生。
朝。いつもどおりの通学路。
いつもどおりにかきょーいんくんと合流して、「おはよう」と笑う。
いつもどおりに他愛ない話をしながら、いつもどおりにくーじょーとの合流ポイントへ向かう。
「…うわぁ」
「これは…予想以上だな」
驚きの声をあげるわたしと同様に、かきょーいんくんもうわぁって顔をしている。
視線の先には、いつも以上の人だかり。
もうこれは人垣と言ってもいいんじゃないだろうか。
それくらいの数の女子。
今日はバレンタインデー。
普段から熱いアプローチを受けているくーじょーなのだから、当然いつもより大変なんだろうな、とは予想していたけれど…。
まさに、かきょーいんくんが言うとおり、予想以上の光景だ。
遠くからでもよく分かる人垣の中心、くーじょーは、いつも以上の囲まれっぷりに若干気圧されているように見える。
色んな意味で凄いものを見た。
いつもだったら、遠巻きにしてのほほんと眺めるわたしとかきょーいんくんに気づいて、無理矢理こっちに来るのだけれど…今日はどうにも手こずりそうだ。
「流石くーじょーだね。朝から大変そう」
「ああ。女性とはいえ、あれだけの人数に囲まれていては…承太郎も抜け出すのは一苦労だろう」
「男子的にはどうなの?やっぱりああいう光景は羨ましい?」
「一般的にはどうか分からないが、僕としてはあれはちょっと遠慮したいな」
「ふふっ、もし羨ましかったらわたしがかきょーいんくんにアプローチしようかと思ったのに」
「してくれるのかい?」
「えっ」
こちらに気づいたくーじょーにひらひらと手を振りながら、軽く流されるだろうと思って言った軽口。
しかし、その想像に反して返ってきた言葉は、流されるどころではなくて。
「ああいうのは遠慮したいけれど、自分の本命の子だったら話は別だよ、なまえさん」
かきょーいんくんの柔らかい笑顔にくらっときた。
いや、きてる場合じゃない。
なんだこれ?なんだこれ!
べしっ
「痛っ!」
「くーじょー!?」
わたしが突然の展開にパニくっていると、いつの間にあの人垣を掻い潜ったんだろう。くーじょーがかきょーいんくんの真後ろに立っていた。
そして彼の頭をべしりとひと叩き。
「キミ、一般人相手に時止めを使うのはどうかと思うよ」
「うるせぇ。テメェが白昼堂々タラシてやがるからだろうが」
「でも、キミは人だかりから抜け出せたな。これで遅刻はしなくて済みそうだ」
「…」
今までの流れなんかなかったみたいに、けろりとそう言うかきょーいんくん。
確かに、理由はどうあれ、手段はどうあれ、くーじょーがあの人垣から抜け出せたのには違いない。
あれ?ってことはもしかしてさっきのは、くーじょーを抜け出させるための演出…的な??
え、なにそれわたし超恥ずかしい。くらっときちゃってたよ、さっき。
そうだよ、かきょーいんくんがあんな告白めいたことを白昼堂々公衆の面前で言うなんてないないない。
わたしが一人で納得して一人で赤面していると、一歩先を歩くかきょーいんくんとくーじょーがこちらを振り向いた。
「そういえばなまえさん、」
「テメェはねえのか…チョコ」
「…え、欲しいの?」
「「当たり前だろう」」
あんなにたくさんの子からチョコを貰えるはずなのに。
きっとこれから教室とかで渡されるはずなのに。
「…じゃあ、後で」
渡してもいいんだ。
断られないんだ。
いらなくないんだ。
迷惑じゃないんだ…。
それがどういう理由であれ、わたしはそれが嬉しい。
渡すつもりはなかったんだけどな。
そんなことを思いながら、それでも二人が貰ってくれるのだということが嬉しくて。
わたしは大きく一歩踏み出し、二人と並んでいつもどおりに登校するのだった。
end
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