花京院典明は手を繋ぎたい


◇生存院。


この度、僕、花京院 典明に彼女ができました。


「付き合って、今日で丁度15日目になるんだが、」

「は?昨日今日の話じゃねえのか」

「いや、15日前だね」

昼休み、いろいろと相談にのって欲しくてなまえさんとのお付き合いのことを承太郎に伝えた。
すると承太郎は驚いた表情で聞き返すものだから、彼にはもう少し前に報告しておけば良かったかなと思ったのだけれど。

「…お前ら、それらしい雰囲気全くなかったじゃねえか。自分で言うのもなんだが、おれが気付かないってことは相当だと思うぜ」

「そう、僕が相談したいことはまさにそこさ」

なまえさんと僕、そして承太郎は今でも三人で行動を共にすることが多い。
僕にとって初めての友達で、かけがえのない仲間。
そして、なまえさんとはお付き合いをすることになった。

僕にとっては、そのどれもが初めてだらけなのだ。

今まで“友達”として触れてきたなまえさんが、僕の“恋人”という存在になった。
そもそも友達の距離感というものすら掴みきれていなかったのに、それが恋人になったら…いったい何をどうしていけばいいんだろうか。

一人で悶々と考えていた結果、気が付けば二週間以上今までとちっとも変わらない、それこそ承太郎さえも気づかないほど普通に過ごしてしまっていた。

もちろんなまえさんのことはちゃんとそういう意味で好きだと断言できるのだけれど、如何せん今までの関係が居心地良すぎたのだ。

しかしながら、流石にこのままでは自然消滅みたいになってしまうんじゃあないかと焦りを感じ、こうして承太郎に相談しているわけである。

「恋人ってなにをどうしたらいいんだ?」

「何故それをおれに聞くんだ、お前は」

「キミ、もの凄くモテるじゃあないか」

「それとこれとは話が別だろ。そういうのは彼女持ちのヤツに聞け」

「僕にそんな知り合いがいるとでも?」

「…はぁ…」

予想はしていたけれど、やはり溜息を吐かれた。
仕方ないじゃないか!
こんなこと聞けるような友達は承太郎しかいないんだから!

「帰りに手でも繋いでりゃあいいんじゃねえか」

「手を繋ぐ…かぁ」

滅茶苦茶面倒臭そうに、多分超適当に言っているんだろうけれど、確かにそれって友達じゃあなかなかやらないことだよな。

少なくとも僕はなまえさんとももちろん承太郎とも手を繋いで帰ったことなんてない。
いや、承太郎と繋いでたらむしろ危ないヤツだ。
それくらい分かる。

「うん、ありがとう。試してみるよ」


―…というわけで、だ。

「典明くん、さっき承太郎くんと廊下で会ったんだけど、今日は先に帰るって言ってたよ」

「そ、そうか。じゃあ僕たちも帰ろうか」

「うん」

放課後になり、別段頼んだわけでもないのに承太郎はさっさと帰ってしまったらしい。
偶々なのか、気を遣ったのか。
どちらにせよ、アドバイスを受けた当日にいきなり二人きりで帰ることになってしまった。

「(いきなりすぎて心の準備もなにもしていないぞ…)」

手を繋ぐ。
たったそれだけのことと思われるだろうが、いざ意識してやろうとするとなかなかに緊張する。

よく言うじゃないか。
本当に好きな人とは進展することを躊躇う場合があるって。
多分今の僕はまさにそういうことだと思う。

「ふふっ、なんだか承太郎くんがいないと静かだよね」

「確かに。承太郎自体は静かなんだけれどね」

そう、承太郎が一人いないというだけで、僕たちの周りは一気に静かになる。
承太郎自体は基本静かな男だけれど、彼は色々な人を惹きつけるものだから自然と周りは賑やかになる。

そしてこの静けさもまた、僕の緊張を煽る素材に相違ない。

「典明くん、承太郎くんに言った?…その、お付き合いのこと」

「ああ、言ったよ。今日」

「今日?!…もしかして、承太郎くんが先に帰ったのって…」

「多分、そういうことだと思う」

「そ…っか…」

少し頬を赤くしながら、けれども目を伏せるなまえさん。
絶対とはいえないけれど、何を思っているのか分かる気がする。

一つの関係が変わってしまったことを少し寂しく思っているのだと、思う。

僕も同じだ。
承太郎は変わらず友達として接してくれるのだろうけれど、それでも今日みたいに気を遣わせてしまうことがあるだろう。

「承太郎くん、何か言ってた?」

「うーん、『気づかなかった』って言っていた」

「あははっ、そっか。別に隠していたつもりはないんだけどね」

くすくすと笑うなまえさんにつられ、僕も少し笑う。
それと同時に緊張も解れていき、ここぞとばかりに切り出す。

「あと、手でも繋いで帰れってさ」

「手を、繋いで…」

「僕もそうしたいんだけれど、いいかな?」

内心ドキドキしながら手を差し出すと、なまえさんはぶわっと顔を真っ赤にしてコクコクと頷いてくれた。

別に気にすることなんてないのに、ごしごしハンカチで手を拭いて、差し出した僕の手に重ねられるその小さく細い手。

こんなに小さかったのか、と驚いて、壊れ物のようにやんわりと握る。

なまえさんの体温が手のひらから伝わってきて、繋いだそこから僕の全身に溶けていくようで。

「えへへ…手を繋ぐのってこんなに緊張するんだね」

相変わらず赤い顔のなまえさんのはにかむような笑顔。
また僕はその笑顔につられて、更に体温は上がっていく。

「僕も知らなかったよ」

手を繋ぐ。
たったそれだけのことがこんなに緊張する行為で、そしてこんなに幸せな気持ちになれるということを。


end




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