言葉遣いの悪い女子と花京院


最初に、みょうじ なまえという女子生徒についていくつか述べておこう。
一応、彼女の名誉のために。

まず、彼女はその言葉遣いから不良だと勘違いされる節があるが、比較的温厚な生徒の一人である。
服装も至って普通。制服の指導をされたことも五本の指で足りる程度しか受けていない。
それも、スカーフを忘れただとか防寒のために来ていたシャツが見えていただとか地味なものばかりだ。

勉学にもそこそこ真面目に打ち込んでおり、中の上くらいには値する。
たまに授業をサボったり眠ったりすることもあるが、それもまた高校生の醍醐味というものではないだろうか。

容姿においても、典型的な日本人らしい造りをしている。

つまり、総合的に見れば彼女は至って普通なのだ。

ただ、言葉遣いが悪いというだけで。

これは、そんな彼女と彼女に恋心を抱く男子生徒のとある一コマである。


「あー、めんどくせぇ…」

「こら、本音が駄々漏れだぞみょうじ」

「んぁ、やべ」

丸められた資料や地球儀などが入った段ボール箱を手に、社会科準備室へ向かう二人の生徒。

ぼそりと零した本音を指摘され、慌てて口を噤んだのはみょうじ なまえ。
そして、その様子に苦笑を零すのは花京院 典明。

本日の日直である二人は、先ほどの授業で使われた資材を片づけるよう教師から指示を受け、現在に至っている。

「みょうじは本当に黙っていれば可愛いんだけれどな」

「うっさいなぁ。ま、よく言われんだけどね」

「昔からそんな喋り方だったのかい?」

「んー、兄貴が二人いるから、その影響だと思う」

「なるほど、お兄さんね…」

「ふはっ、なんか他人に『お兄さん』とか言われると変な感じする!」

「あ、いや、決して意図があったわけじゃあないんだが、」

「意図?なに、意図って」

「…くっ、」

人の気も知らないで。
ケラケラと笑うみょうじに花京院はこっそりと心の中でそう思うが、当たり前のことなのだ。
みょうじは彼の気持ちを知らないのは、当たり前のこと。
何故なら彼の想いがみょうじに伝わったことはないのだから。

「失礼しまーす。あ、誰もいねーや」

「失礼します。…随分ごちゃついているな…二箱分のスペースもないじゃあないか」

ガラリと扉を開いた社会科準備室は薄暗く、そこに教師や他の生徒の姿は見られない。

荷物を置くだけなので特に電気も付けず室内に踏み込むが、花京院の言葉どおり随分と荷物が乱雑に置かれていた。

宅配ラベルが貼られた未開封の段ボール箱が複数あることを見てとれるので、恐らく資材が届いてひとまずこちらに運び込み、整理は後回し。ということなのだろう。

「どうすっかね。重ねたらマズイかな」

「そうだな…。あそこの角に微妙だがスペースがあるし、周りの物を少し動かせば置けるだろう」

「よっしゃ。じゃあそれでいこ…うわ…っ、」

「みょうじッ!」

抱えた箱と室内の薄暗さの所為で足元が見えなかったのだろう。
花京院が視線で示す場所へと移動しようと踏み出したみょうじの一歩は、落ちていた一枚の紙に重なってしまった。

ずるり、自分の意思とは関係なく動いた脚と後方へ傾く重心に、更には両手を塞がれていたみょうじでは到底体勢を立て直すこともできず…。

「…い…ッてぇ〜…」

「…いったた…。大丈夫かみょうじ?」

「あー、意外に…って、うわぁあっ!?ご、ごめん花京院…!」

後方へと倒れたみょうじ。そして、その先にいた花京院は敢えて一歩前に進み、みょうじのクッションとして共に倒れたのだった。

二人が持っていた箱の中身はあちこちに散らばってしまっているが、とにかくそれどころではない。

みょうじは花京院が自分の下敷きになっていることに気づき、慌てて立ち上がろうと付近に手を着いた。

「ちょ、みょうじっ!なんてところを触ってるんだ…っ」

「えっ?!なに、あたしどこ触ってんの?!」

「い、いいから早く手を退かしてくれ…ッ」

「おおおおう、わかった…!」

普段そうそう聞くことはない花京院の必死な声に、ひとまずみょうじもその場所から手を離した。
“その場所”というのが何処であったのかは…皆様のご想像にお任せすることとしよう。

今度こそ床に手を着き立ち上がったなまえと、それに続く花京院。

「花京院、怪我とかしてない?巻き込んじゃってほんとごめん…」

「いや、大丈夫だ。みょうじに怪我がなくて良かったよ」

「…さんきゅ。なんか花京院、ヒーローみたい」

「っ、…それなら、みょうじはヒロインってことかな」

「え?…ぶっははは!こんな口の悪いヒロインねぇわ〜!」

「(ちょっとでも期待した僕がバカだった…)」

相変わらずなみょうじの反応に苦笑しつつ、それでも彼女に怪我がなくて本当に良かったと胸を撫で下ろすのだった。

今のような回りくどい言い回しでは、きっとみょうじにはいつまで経っても花京院の気持ちは伝わらないだろう。
花京院自身、頭の中ではそれに気づいているはずだ。
それでも直接的な言葉を紡げないのは、臆病な心の所為に他ならない。
それは誰もが持つ心。

いつか彼女に伝わる日まで。
伝えられるその日まで。

こんな彼と彼が恋した女子生徒のとある一コマは、続いていく。


end

「言葉遣いの悪い女子高生と花京院」とのリクエスト。
私本人は大概言葉遣いが悪いのですが、なまえさんの言葉遣いを荒ぶらせるのに案外と苦労致しました。何故だろう…。
少しでも楽しんで頂けたら光栄です…!




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