花京院と男装少女
僕とみょうじが買い出しの担当になったある日。
ひとまず日が暮れる前にホテルへチェックインし、荷物を預けて出かけた僕たち。
相変わらず慣れない異国の地だけれど、それでも僕は以前家族と旅行で来たこともあり、少しはみょうじをエスコートできる。
まぁ、エスコートなんて言うけれど、みょうじは当初…僕と同じくDIOの肉の芽によって操られていた頃のまま、男物の学生服を着て男装しているのだけれど。
確かに、顔つきは中性的といえなくもないと思う。
でも、僕からすれば十分かわいい顔をしているとも思う。
僕や承太郎と並んで歩くと、多分中学1年生くらいに見られているんじゃあないだろうか。
「花京院、あそこ。水売ってるみたいだ」
「ああ、じゃあ買ってくるから、少し待っててくれ」
「悪いな、ぼくもキミみたいに英語でも流暢に話せたらいいんだけれど」
「構わないさ」
異国の言葉をなんとか聞き取れても、話すことは苦手なみょうじ。
だから店の人と交渉するのは、基本僕の役目だ。
いくつか入り用だった物を買い揃え、ホテルへと向かう道すがら。
「ん?」
「みょうじ、どうかしたかい?」
「今、なにか聞こえなかった?」
「…?」
立ち止まったみょうじの言葉に、僕も耳を澄ませる。
すると、ゴロゴロという音が鼓膜を揺らした。
そして数秒もしないうちに、空から雨粒が降り注ぐ。
「うっわ!信じらんない、雨降ってきた!」
「年に数回しか降らないと思って完全に油断していた!走るぞ、みょうじ!」
抱えた荷物を極力濡らさないようにしながら、僕たちはホテルまでの道を慌てて駆け出したのだった。
「はーっ、はぁ…っ、け、結構距離あったな…」
ホテルのエントランスに入り、息を整える。
身長の差があるから当たり前だけれど、僕とみょうじとではコンパスの長さが違う。
僕もはぐれないように少しスピードを落としていたとはいえ、みょうじには結構キツかったらしい。
学ランの雨粒を払い、息は落ち着いたろうかとみょうじの方に視線を向ける。
「っみょうじ、キミ…!」
「え?」
だいぶ息は整ったらしいみょうじが、思わず声を上げた僕へと振り返る。
彼女は、抱えている荷物に自分の着ていた学生服の上着を被せていた。
つまり、上着を着ていなかった。
スラックスと、ワイシャツ。
男物のワイシャツは、女性用のワイシャツよりも少し厚めの生地で作られているが、それでも水に濡れれば当然同じ結果になる。
「なに?」
不思議そうにこちらを見返すみょうじ。
自分の現状に気づいていないのか、気にしていないのか。
高確率で前者だ。
しかし僕はなんて言えばいいんだ?
『下着が透けているぞ』なんてあまりにも直球すぎる。
でも何も言わずにそのままの格好でエントランスを横切らせるなんて、なんというか男として…いや、人としてダメだろう。
というか、そもそも僕が見ていられない。
一応、僕だって男なんだ。
高校生なんだ。
しっとりと濡れた髪、走ったせいで上気している頬、肌に貼りつくワイシャツ。
その、色々とクるものがある。
「花京院、なんか顔赤いけど…大丈夫?ジョースターさんたちを呼んだ方がいいか?」
「い、いや、大丈夫だ!えーと、」
そうだ、上着を着ていないのなら着せればいいんじゃあないか!
思いついた瞬間、僕は自分の上着を急いで脱ぎ、みょうじの肩に掛ける。
「か、風邪を引いてしまうといけないから、部屋まで着て行ってくれ」
「え、でも」
「いいかい?キミは男装しているけれど、女の子なんだ。身体を冷やすべきじゃあない」
「…わかったよ。じゃあ、借りとく」
こそり、と小さくそれらしいことを言えば、素直なみょうじは頷いてくれた。
長ランだから床に着きそうになっていて、余計にみょうじが小さく見える。
一旦荷物を足元に置き、僕の学ランへと腕を通す。
「当たり前だけど、ぶかぶかだ」
袖から少しだけしか出ない指先を見て、みょうじは小さく笑う。
ぶかぶかで、まるでワンピースのようになっている。
「でも、なんか安心する。ありがとう、花京院」
柔らかく微笑むみょうじに、僕の中の何かが切れた。
花京院 典明
自爆!
end
- 6/76 -
前ページ/次ページ
一覧へ
トップページへ