白石と同級生


「お疲れ様」

いつもの練習が終わり、着替えをすべく部室へ向かおうとしたその時。
聞き慣れた声が背後から聞こえ、俺はすぐに振り返る。

「つ、めた…っ!?」

頬に貼りついた水っぽい冷たさに驚き一歩後退ると、悪戯が成功した子供のような笑顔のなまえがそこにいた。

なまえは同じクラスの友人で、さばさばしたちょっと男っぽい性格が親しみやすい女の子。

「なんやなまえ、今帰りか?」

「今帰りっちゅーか、帰ろうか思ったら蔵が見えて、思わず最後まで眺めてもうたって感じやな」

ほれ、と差し出されたのは、さっき俺の頬に当てられた缶のスポーツドリンク。
一瞬躊躇ったけれど、差し出されるそれを素直に有難く受け取る。

「わたしテニス部の練習初めて観たんやけど…なんやテニス部の人らが人気ある理由がわかった気ぃするわ」

缶を開け、少し甘酸っぱいようなそれを喉に流し込む。
自覚はなかったけれど随分身体は水分を欲していたらしく、一気に半分近くの量を飲んでしまった。

「なんや、なまえがそないなこと言うん珍しいやんか」

「そう?」

「せやろ。流行とかミーハーとか縁遠いと思っとったわ」

「うーん、まぁどっちかって言うたらそういう流行とかっちゅーのと関係なく、ただテニス部のみんなが本気でテニスに打ち込んどる姿がキラキラしとってええなって思ったんよ」

「…おおきに」

なまえは恥ずかしげもなく言うけれど、それは俺にとって…俺たちにとって素直に嬉しい賛辞。

見た目やプレーの結果だけで囃し立てる連中はぎょーさんおる。
でも、俺たちのテニスに対する姿勢、とでもいうのか。そういうものを真っ直ぐ見て、そして言葉に出してくれる人はなかなかおらん。

そしてなにより、彼女の性格からそれがお世辞や建前でないことが分かる。

それがたまらなく嬉しい。

「レギュラーだけやなくて、他の部員もみんな本気でかっこよかったけど…中でも蔵が一番かっこよかったで」

「っ!?」

にっ、とさっきのような悪戯っぽい笑顔で言われ、俺はどう返したらいいのか分からず言葉に詰まってしまう。

そんな俺を見て、なまえはおかしそうに笑った。

「あっはは、イケメンはどんな顔してもイケメンなんやなぁ!」

なんて、本気なんだかどうなんだかよく分からんことを言いながら。

「ほな、引きとめてすまんかったね。お疲れさん、また明日!」

ひらひらと手を振り夕焼けの中を歩いていくなまえの背中を見送りながら、練習後の火照りがなかなか消えない身体にもう一度スポーツドリンクを流し込んだ。



end




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