シーザーと偽りの恋人
「なまえ、頼みがある。お前にしか頼めないことなんだ」
幼馴染のシーザーは、真剣な表情でわたしにそう言った。
わたしはシーザーが好きだ。
幼馴染として、友人として、そして…一人の異性として。
そんな彼にそう言われてしまえば、当然話を聞かないわけにはいかない。
「なに?わたしにできることなら協力するよ」
「俺と付き合っているふりを、してもらいたい」
「…え?」
いつも色んなことをそつなくこなす彼が、いったいわたしに何を頼みたいのだろうかと、いくつか予想していたそれらとはまったく異なる内容で。
わたしの口から、ほとんど無意識に声が漏れていた。
「自分でこういう事を言うのはなんだが、最近、俺に想いを寄せてくれる女の子がいる」
「…知ってる」
シーザーがモテることも、本気で彼を好きな子が一人や二人ではないことも。
全部知っている。
だって、ずっと見てきたんだから。
「だが、今の俺はその想いに応えることができない。誰とも付き合うつもりはないんだ」
シーザーの言葉が、ひとつひとつわたしの心に突き刺さっていく。
好きだと告げてすらいないのに、この気持ちを拒絶されているような感覚。
「だから彼女がいるふりをして…諦めさせたい。ってことかな」
「ああ。そのとおりだ」
胸が、痛い。
そのお願いをわたしにしたのは、シーザーがわたしのことをなんとも思っていないから。
そして、わたしがシーザーのことを本気で好きな女の子の一人だって、思ってもいないんだ。
「だが、これは俺の我儘で、なまえに迷惑をかけることになる。もし想いを寄せる相手がいるなら、当然断ってくれて構わない」
もしここで、「好きなのはあなたです」って言ったら、どうなるんだろう。
驚いて、困った顔をするんだろうな。
シーザーは優しいから、多分、この話をしたことを後悔して、そしてわたしと距離を置くんだろう。
それは…嫌だなぁ。
「いいよ。わたし、今好きな人いないから」
手のひらに爪が食い込むほど強く握りしめた手。
痛くて、涙が出てしまいそうになる。
でも、隠すのは得意だ。
だってずっと隠してきたんだもの。
これからだって、きっとうまくやれる。
「grazie!暫くよろしく頼むぜ、なまえ」
「うん、頑張るよ」
付き合っていないけど、付き合っているふり。
好きだけど、好きじゃないふり。
偽りの気持ちと、偽りの恋人。
願わくば、この偽りの関係が、どうか長く続きますように。
すり減る心で、そう願った。
end
- 9/76 -
前ページ/次ページ
一覧へ
トップページへ