花京院と視える友達
わたしには、物心ついた頃から人には見えないものが視えていた。
小さい頃は、それが他の人には見えないことがわからなくて、よく不思議なことを言う子供だと言われていた。
でも、小学校に入る頃にはこのトモダチがわたしにしか視えないのだということを悟った。
少し悲しかったけれど、それが…見えないことが普通なんだって、そう理解した。
それからは、“普通の友達”の前では視えないふりをした。
そこにみんなには見えない“何か”がいるような言動をしないように。
しかし、ある日の帰り道のこと。
みんなと別れて一人で歩いていると、不意に声をかけられた。
「ねえ」
「え?」
声の方に振り返り、わたしは驚く。
わたしを呼びとめたのは、確か隣のクラスのノリアキくん、といっただろうか。
話したこともない彼が呼びとめたことももちろんそうだけれど、わたしが一番に驚いたのは、その隣にいたきらきらした緑色の存在。
人に近い形状をしているけれど、決して人ではない“何か”。
それは、わたしの隣にいつもいてくれるトモダチによく似ていた。
「あの、えっと…これ、見える?」
おずおずと隣のそれを指差すノリアキくん。
多分、わたしのトモダチを視て声をかけてくれたのだろう。
わたしのトモダチはわたしにしか視えないんだと思っていたわたしは、驚きとか、嬉しさとか。
色んな感情が入り混じってうまく声が出てこなかった。
でも、必死にこくこくと頷いて視えていることを伝えると、ノリアキくんはぱあっと明るい表情になった。
「僕、花京院 典明っていうんだ!キミは?」
「あ…わたし、なまえ…みょうじ なまえっていうの!」
それから、わたしたちはすぐに仲良くなった。
お互いに自分だけのトモダチが誰かに見えたことが嬉しくて、わたしたちはよく二人で…ううん、四人で遊ぶようになった。
休み時間には互いに隣のクラスへ会いに行ったり、休みの日はよく四人で出かけたり、お互いの家に遊びに行ったりしていた。
ノリアキは頭もよくて、優しくて。
わたしが困っている時にはいつも助けてくれる。
そんな自慢の友達。
わたしたちは、“親友”と呼べるほどに多くの時間を共にした。
中学も同じ学校に通い、驚いたけれど、二人とも「家が近いから」という理由で同じ高校に進学した。
「ねえ、みょうじさんって花京院くんと付き合ってるの?」
「え?ううん、付き合ってないよ?」
「うっそ、だっていつも一緒にいるし、手とかよく繋いでるじゃない」
「あれは…癖、みたいな感じかな」
「癖?!どんな癖よそれ!」
爆笑している友達に苦笑を浮かべる。
付き合っているか、と言われれば、確かにわたしたちは付き合っていない。
でも、確かに彼女の言うとおりわたしは気づけばいつもノリアキと一緒にいるし、手を繋いだりもする。
昔は、友達同士のスキンシップぐらいにしか思っていなかったけれど、この年頃になってくると、やはり周りはそういう目でわたしたちを見る。
友達に言ったとおり、ノリアキと一緒にいることやスキンシップは、半ば癖みたいなものだ。
決してそれが嫌だとかいうわけではない。
でも、いつまでもノリアキを束縛するのはよくないとも思う。
わたしは、ノリアキがトモダチを視ることができる唯一の友人であるがために、かなり執着していると実感した。
「じゃあ、また明日ね、なまえ」
「あ、待ってノリアキ!少しだけ、話…いい?」
「もちろん、いいよ」
学校からの帰り、いつもノリアキが送ってくれる家の前で、わたしは彼を引きとめた。
「わたし、明日から一人で学校に行くよ。帰りも、一人で帰る」
「…急にどうしたんだい?なにかあった?」
「ううん、なんていうか…自立、しようかなって思って。わたし、今までノリアキに頼りっぱなしだったし、やっぱり周りの目もあるし」
「周りの目?」
「今日言われたんだけれど、その…付き合ってるように見えるんだって。わたしたち」
なんだか自意識過剰みたいかな、と思いながら、今日友達に言われたことを話す。
ノリアキは、突然の申し出だったからだろう。とても悲しそうな、少しだけ怒ったような表情をしている。
でも、ノリアキだっていつまでもわたしとばかり一緒に居られないだろうから、きっと納得してくれるだろうと。思っていたのだけれど。
「じゃあ、付き合えばなまえは僕と一緒にいてくれるのかい?」
「えっ」
ノリアキの口から出た言葉は、わたしの予想とは大きく違ったものだった。
「僕は周りの目なんてどうでもいいけれど、なまえがそれを気にして僕と一緒にいられないって言うなら、僕はなまえと付き合えばいいのかな」
「ノリアキ…どういう、」
言葉だけ。言葉だけ聞けば、なんだか告白めいたことのように聞こえるかもしれない。
けれど、ノリアキの表情は、声色は。
無感情な無表情、とでもいうべきだろうか。
まったく、その感情が読めない。
初めて見る、ノリアキの氷みたいな冷たい瞳にゾクゾクとした感覚が背筋を駆け抜ける。
「ああ、そうか。周りの目に触れなければいいんだ」
そう言って、その冷たい瞳のままにこり、彼は微笑んだ。
彼のトモダチが、悲鳴をあげる間もなくわたしをぐるりと包み込んだ。
「あれ、今日はみょうじさん休みなんだ」
「ああ。彼女、体調がすぐれないと言っていたから、今日は休ませたよ」
「ふぅん。…なんていうか、みょうじさんが花京院くんのこと凄い好きなんだと思ってたけど、花京院くんの方がよっぽどみょうじさんに執着している感じがするよ」
「それが?」
end
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