※プラス作品(Twitter)再掲
※一人称視点・名前変換あり



▼萩原

 彼の自宅で一番風呂を満喫した後、「じゃ、俺もちゃちゃっと入ってくるわ」と部屋を出ていく彼を見送った。幾度となく訪れた部屋はすっかり馴染んで居心地がよく、一人の時間も苦にならない。何より、一人だからこそできることもある。
 (は〜、これこれ)と堪能するのは彼の香りだ。ベッドにぼふっとダイブすれば、清潔感のある柔軟剤の香りに全身が包まれる。微かに混じるシャンプーの香りもたまらない。セクシーというか官能的というか、胸のあたりがソワソワする感覚がクセになりそうだ。
 枕に顔を埋めてすうーっと胸いっぱい吸い込んだ時、「そんなに俺の匂いが好き?」と聞かれて「うん、超好き」と即答した。そして枕に突っ伏したまま固まること3秒。バッと体を起こした私が見たのは、壁にもたれて楽しげにこちらを眺める彼の姿だった。

「えっ、あれっ、研二くん……あれ!?」

 慌てすぎ、と笑う姿にぶわっと顔が熱くなる。なんて姿を見られてしまったんだ私は。

「下着忘れちまってさ〜、ついでだし名前ちゃんも一緒に入らねぇ?」
「わ、私もう入ったけど…!」
「だってそんな可愛いとこ見せられたら我慢できねーし……」

 彼の重みでベッドが沈む。借りたTシャツを脱がすためか、裾から侵入した手が腰を撫でた。風呂上がりの火照った体にその手は冷たく、思わず「ん」と鼻にかかった声が出る。なあ、と耳元で囁く声はどこまでも甘くて。

「おんなじ匂いに包まれようぜ?」

 甘美な誘いからは、逃げられそうにない。





▼松田

 お互いの休みを合わせてのおうちデート、今日のシメは映画鑑賞だ。大きな体を背もたれにして、黒背景のエンドロールを眺めながら余韻に浸る。「面白かったね〜」と頭を反らして後頭部でぐりぐりとじゃれつけば、「なんだよ、くすぐってぇな」と笑う声がする。この定位置は安定感があるだけじゃなく、彼の香りに包まれる安心感がいい。
 ふふ、と笑いながら体勢を変えて、私はその首筋に擦り寄った。「甘えんぼか」と言いながら大きな手がわしゃわしゃと髪を撫で回す。ハッピーエンドを見た後くっつきたくなるのは私だけだろうか。
 男らしく飾り気のない、それでいて清潔感のある香りに、ほのかに感じる煙草の匂い。煙草が苦手な私でも陣平の匂いは好きだと思う。
 そう伝えても彼は「煙草臭ぇだけだろ」とそっけなく、かと思えば仕返しのように首筋に顔を埋めてきて、私はくすぐったさに身を捩った。そして「これなんの匂い?」と聞かれてふと考える。昨夜塗ったボディクリームがまだ香っているのだろうか。いや、そんなに持ちのいいシリーズではなかったような。自分の腕の匂いをクンクン嗅いでいると、腰に回った手によって向かい合わせに座らせられる。「え?」と目を瞬かせる私をよそに、すん、と鳴らした鼻先が首筋から鎖骨、そして胸元へと滑るように下りてくる。陣平、と呼ぶ声にも構わず背中に手が潜り込み、片手で器用にホックを外していった。いや、それはもう嗅ぐっていうより―――

「……あー、わかるな…俺も好きだわ」

 腰に響く甘い囁きに、もうどうにでもして、となる。





▼諸伏

 「ただいま〜」と帰宅した彼の胸に秒で飛び込む。靴すらまだ脱いでいない。「動けないんだけど……」と困ったような笑い声が降ってくるが、一緒に住んでいるにもかかわらず会うのはかなり久しぶり。充電完了までもう少しだけ我慢してほしいところだ。
 引っ付いたまま「ちょっとだけ」と甘えれば、その体勢のまま器用に靴を脱ぐ彼。洗面所でも私越しに手を洗う。そのままリビングまでずるずる引きずられていくが、転ばないようにさりげなく支えてくれるあたり優しさの塊である。
 一日働いてくたくたになったシャツからは、私と同じ柔軟剤に混じってお日様のような香りがした。「あー、ヒロくんの匂い癒される……」としみじみ呟くと、苦笑した彼が「俺も名前ちゃんの匂いで癒されたいな」と交代を要求。ソファに座り、立ったままの私のお腹に顔を埋めて「あー」と気の抜けるような声を出した。こんなので癒されるのかと聞けば頷く彼。「でも足りない」と優しく手を引かれ、膝の上に座らせられる。

「あ、スーツがシワになっちゃうな」

 そう言いながらも腰に回った手が離れる気配はない。そうだ、と上目遣いの猫目が悪戯っぽく細められ、「名前ちゃんが脱がしてよ」と言われて固まってしまう。
 腰から離れた手が私の手を掴み、「ほら」と胸元に誘導する。普段は私に甘く優しい人なのに、たまにこうして強引になるからギャップにくらくらする。私は無意識に生唾を飲み込んでから、隙なく結ばれたネクタイに手をかけた。





▼降谷

 浴室から聞こえるシャワーの音。今のうちに洗濯しておこうと、彼が脱いだシャツを手に取った。広げたシャツは大きく、ついさっきまで彼がこれを着ていたと思うとなんだかソワソワしてしまう。
 浴室の様子をそっと窺ってから、こっそりシャツを羽織ってみる。指先まですっぽり覆った袖を口元に持ってくれば、彼らしく爽やかな香りがする。一日着ていたシャツとは思えない。
 こんな風にシャツを羽織っていると、まるで彼に包まれてるみたい―――なんて、こんな姿見られたら恥ずかしすぎるけど。そしてそんなフラグは「名前、ボディソープの詰め替えって……」と開いた扉にあっさり回収されてしまう。
 ほんの瞬きほどの間、二人は無言で立ち尽くした。彼から伝った水滴が脱衣所の床に落ちて、ポタ、と小さな音を立てる。

「……そんなに好きか、僕の匂いが」

 ふ、と微笑む彼にぶわりと頬が熱くなる。途端に逃げ出したくなって「あ、詰め替えだっけ」とUターンを試みるが、それより早く手首を掴まれ浴室の中へ。樹脂の壁に背中を押し付けられ、出しっぱなしのシャワーが彼のシャツごと私を濡らしていく。零くん、とおそるおそる呼びかけた声はシャワーの音に搔き消されてしまった。水音に支配された狭い空間で、彼が「可愛い」と呟く声はやけによく聞こえる。
 「悪いな。離れたくなくなった」と張り付く前髪を掻き上げる彼。湯気越しの瞳にはギラリと獰猛な色が宿っていて、逃げ出す選択肢なんてあっさり消えてしまうのだ。



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