01
「今から?うん、うん…了解」
父親からの電話を切り、上着を着込む。
しばらく秘境の鉱山をまわって宝石採掘をしていたナマエだったが、依頼となればそれを一度切り上げなければならない。生憎ウエストにぶら下げたポーチはすでにはち切れそうだったので、新たに採取した原石は上着やパンツのポケットに仕舞い込んだ。
(……ま、いいか)
走れば原石同士が擦れてカチャカチャとうるさいが、暗殺時に音を立てるようなヘマはしない。
財宝ハンターとして世界中を転々としながら、依頼が入り次第ターゲットのもとへと向かう。それが彼女のスタイルだった。
麓に下りてなお走り、そのまま徒歩で国境を越える。車や飛行船より圧倒的に速い脚で小一時間ほど走り続ければ、あっという間に目的地へ到着した。
"円"でターゲットの居室を探り当て、音もなく着地したナマエはあることに気付く。
(何らかの念がすでに発動してる…)
広大な敷地を有する屋敷の中で、ターゲットがいるその一室にだけ嫌な気配が漂っている。"凝"をして確認すると、うねるように波打つ不吉なオーラが窓の外にまで漏れ出しているのがわかった。
しかし依頼を受けた以上、彼女にここで退散するという選択肢はない。窓からそっと覗き見て、父親から送られてきた画像と同じ顔であることを確認する。
それから具現化したのは小ぶりなスティレットナイフ。それに"周"で薄くオーラを纏わせた。
(あんまり現場を汚すのは好きじゃないけど……一応、外からにしておこう)
室内でどんな念が発動しているかはわからない。足を踏み入れるのは危険と判断し、ナマエは"円"を展開して外からスティレットナイフを投擲した。
オーラを纏ったナイフが壁を紙のように軽く貫き、そのままターゲットの側頭部から反対側へ突き抜ける。ナイフが反対側の壁をも貫いてから、少しして"円"の内側で男が倒れ伏したのがわかった。
部屋の内部で発動していた念がふっと消え失せ、具現化したナイフが時間差で消えたのを感じる。
杞憂だったか、とナマエが背を向けたところで、背後に再びジワリと滲むような嫌な気配を感じ取った。
「!」
咄嗟にその場を飛び退くより早く、見えない力にグンと引っ張られる。ナマエの反射速度を上回るとは只事ではない。
(まさか……死後に強まる念!?)
知識としては知っていたが、遭遇するのは初めてだ。そしてそれ以上思考する間もなく、彼女の視界は突然切り替わった。
―――夜の暗闇から、今度は目も眩むほどの白へ。
電気が煌々と点いた一室で、ナマエの訓練された目が瞬時に明順応する。そしてこめかみに突き付けられようとしていた銃の銃身を左手の一振りで切り落とす。
「な……ッ!?」
声を上げた男の背後に回り込み、その首を軽く掴んだところでナマエは素早く辺りを見渡した。
(廃ビル…?どこかに飛ばされた?)
照明こそ明るいものの、そこは明らかに本来の役目を終えているだろう古びた建物の一室だ。窓の外は暗闇だがナマエの目には数多の建物が立ち並んでいるのが見える。その景色から察するに、この部屋はそれなりに高いところにあるらしい。
「て、めぇ…、どこから入ってきやがった……」
「兄貴、大丈夫ですかい!?」
首を掴まれた男が呻くように言うと、前方でこちらに銃口を向けているサングラスの男が慌てた様子で声をかける。その隣ではブロンドの女が同じように銃を構えていた。
(三人か。面倒臭い)
ターゲットでない以上殺せないし、死なない程度に痛めつけるのも拷問するのも面倒だ。ひとまず外に出て状況を確認したい。
そう判断したナマエはこちらを見る二人の死角でアイスピックを二本具現化し、手首のスナップだけでそれを投擲した。
そして二本のアイスピックが正確に二つの銃口に突き刺さったのを確認すらせず、ナマエは男の首を放して背後の窓へと跳躍する。
窓を破って落下した彼女は、およそ十階分の高さを難なく着地してその場を離れた。
***
(ずいぶん都会だ。ヨークシン?いや違う)
街中の至るところに仕掛けられた防犯カメラはヨルビアン大陸西海岸のヨークシンシティを思わせるが、いかんせん看板や標識の文字が全く読めない。
これだけの都会で公用語であるハンター語が使われていないなんて、そんなことがあるのだろうか。
防犯カメラの画角に入るのを避けて高所を移動していたナマエは、一人の男を認めて足を止めた。そしてその背後に降り立つため空中へと足を踏み出す。
着地と同時に男の膝裏に膝を当て、強制的に地面へと跪かせる。それから肩にポンと手を置いた状態で人差し指の爪を尖らせ、剥き出しの首筋にその先端を添えた。
「突然申し訳ありません。二、三…質問させていただけますか」
爪を少し食い込ませると、男が息を呑むのがわかった。しかし彼は微動だにせず、問いかけにも答えようとない。
(やっぱり、訓練されてる)
遠目でもその体がバランスよく鍛えられているのはわかった。無駄のないしなやかな肉体は、明らかに一般人のそれではない。
その上、こうして命の危機に瀕しても声一つ上げず、努めて怯えを隠そうとしている。相手がナマエでなければ、先ほど彼が息を呑んだことすらわからなかっただろう。間違いなく何かしらの訓練を受けている。
そういう人間に対して効果的なのは、命を脅かすことではない。
「きちんとお答えいただければ、これの中身は見ませんから」
そう言ってもう一方の手で男の眼前にぶら下げてみせたのは、男の胸ポケットから抜き取った端末だ。やけに薄いがケータイの類だろう。
それを目にした男が今度こそわかりやすく動揺したのを見て取って、ナマエは自分の判断が正しかったことを確信した。
命を捨てることすら厭わない人間でも、情報を奪われることは怖いものだ。
「ちょっと簡単な質問をさせてほしいだけなんです。……ご協力いただけます?」
男が小さく頷いたのを見て、ナマエは一つ目の質問をした。
***
ふむ、と男の首筋に爪を添えたままナマエは思案する。男から得られた情報を元に考察した現状は、なかなかに芳しくない。
(国も大陸も言語も年も違う……しかも通貨がジェニーですらないとなると…)
これはちょっとよろしくないな、と嘆息するナマエ。しかしここで凹んでいても仕方ない。
「ありがとうございました」
男の首筋から手を放し、ケータイを戻して三歩ほど下がってやると、男が警戒を露わに首をさすりながら立ち上がった。
「情報料はお支払いします。あなたのお名前は?」
振り向いた男はもう青褪めてはいない。恐怖も困惑も無表情の下に押し隠し、つり目がちなその目でナマエを見据えている。
「……スコッチと呼んでくれ」
「スコッチですね。私はナマエ=ゾルディック。ナマエとお呼びください」
そう名乗れば、眉根を寄せた男がほんのわずかに首を傾げた。
「ゾル……?」
そこには、押し殺したはずの困惑が滲んでいた。
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