01


組織の摘発からおよそ半年。
今日はナマエ=ゾルディックの誕生日だ。

いくらトリプルフェイス生活から解放されたといえど、降谷零の日常は相変わらず多忙を極める。
そんな彼も今日この日だけは早く帰宅しようと、一ヶ月以上前から調整を重ねていた。

交際と同時に同棲を始めた二人だが、住んでいるのは元々降谷が契約していたマンションで、霞が関からもほど近いところにある。
終わり次第愛車を飛ばせば、充分に時間は作れるだろう。

「降谷さん、後は我々に任せてください」

駆け寄ってきた風見がそう言って力強く頷く。

「ナマエさんには日頃からお世話になっていますし……プレゼントも、早く渡して差し上げてください」

風見の視線が向いたのは、近くの路側帯に停められたRX-7だ。その助手席に置かれた箱に、彼も気づいていたらしい。
いつもなら「問題ない、気にするな」と固辞するところだが、今日ばかりは事情が違う。

「ありがとう、助かるよ」

部下の申し出をありがたく受け取ることにして、降谷は愛車の運転席に乗り込んだ。




***




マンションのエレベーターを降りた降谷は、そこから見える光景に目を丸くした。自宅のドアの前で、ナマエが待っているのだ。

「ナマエ、どうしたんだ?」

気配なり"円"なりで帰宅を察知したのだとしても、わざわざ外で待っているとは。

「あのね、零……」

言いづらそうに口を開く彼女に、降谷は「とりあえず入ろう」と促す。しかしドアノブへと伸ばした手を彼女に掴まれ、それは叶わなかった。

「ナマエ?」
「少しだけ、聞いてほしいんだけど」

やはり彼女はどこか話しづらそうだ。

「聞くよ。何があったんだ?」
「あの…私、今日が誕生日なの」
「もちろん知ってる。それが?」

日付が変わった瞬間、本庁から誕生日おめでとうというメールだけは入れてある。
その後帰宅した時には彼女は寝ていたし、仮眠程度でまた出てしまったので顔は合わせられなかったが。

彼女の口から出た誕生日という単語に、手に提げているバッグの中でプレゼントの箱が存在を主張した気がした。

「……それで、これ・・は私の誕生日だからっていうことで、大目に見てほしくて」
「これ…?」

ナマエの手がドアノブを掴み、内開きのドアがゆっくりと開かれる。
降谷の視線が自然とそれを追って、玄関に脱がれたいくつもの靴に辿り着いた。

「え?」

そしてその視線がさらに奥へと進んだところで、見慣れた顔ぶれが降谷の視界に飛び込んでくる。

「おかえり、ゼロ」
「お前いつまで待たせんだ、さっさと入ってこい準主役ー」
「酒も料理ももう準備できてるぞ。早く乾杯しようや」

ナマエに背を押され、背後で玄関のドアが静かに閉まった。

「…ヒロ、松田、伊達……」

信じられないものでも見たかのような表情の降谷に、三人が一様に吹き出して笑い出す。

「…あのね。ヒロには立場上、こうやって友人と集まるのはダメだって言われたの。他の捜査官への示しもつかないって」

降谷の背に触れたまま、そこにトンと額を当てたナマエが呟くように話し出した。

「でもこれは、私の誕生日に私の友達を自宅に招いただけだから」

それなら年に一回は集まれると思って。そう話す彼女の声は不安げで、降谷の背に吸い込まれてしまいそうなほどにか細い。

「対外的にバレないように、全員私が送迎するし…」

三人ともナマエに抱えられてここに来たらしい。
彼女をよく知る諸伏と松田はいつも通りの笑顔だが、伊達はどこか複雑そうな表情だ。

「なんなら全員ちょうど記憶がなくなる程度に一発殴ってもいいし」
「おい不穏な台詞ヤメロ」

たまらず松田がツッコミを入れる。

「それに一応、誰か呼び出されたら私がこっそり対応しようと思ってて…」

そこは特に言いづらいのか、消え入りそうな声でぽつりぽつりと話しながら、背に触れていた手と額がそっと離れた。

「だ、ダメだったかな……」

自分の誕生日なのに、それを利用してまで同期たちを引き合わせた彼女を、降谷が責められるはずもなかった。
振り向いて俯いた頭にそっと手を添えると、ナマエがおそるおそる顔を上げる。

「……ありがとう。夢みたいだ」

そう言って顔をほころばせた降谷に、ナマエもまた破顔した。
そして靴を脱いだ途端同期たちに引きずられていく降谷を、ナマエは満面の笑みで見送った。



***




「じゃあ、ナマエ。誕生日おめでとう」
「おめでとう!」
「ふふ、ありがとう」

一同は酒の入ったグラスを掲げ、乾杯する。
ダイニングチェアは数が足りなかったので、ローテーブルに折り畳み式のテーブルを繋げ、それを五人で適当に囲んで座る形だ。
降谷もラフな格好に着替え、ビール片手にすっかりオフモードに切り替わっている。

「つーかナマエちゃんよ。今日は俺らの誰が呼び出されても代わりに対応するっつってたけど、爆弾はどーすんだ」

半目でビシッと指差してきた松田に、ナマエは一瞬考えてから口を開く。

「上空に放り投げて爆発させるか、揺らせない系なら"発"使うかな」
「雑だなオイ。爆処の連中が腰抜かすわ」

後者はおそらくあの技だろうと、降谷と諸伏は以前モニター越しに見た透明のドームを思い出した。

「ハツ?」

唯一、ナマエの正体を知らない伊達が日本酒を飲みながら首を傾げる。

「おっ、そーだ。班長に読ませてやろうと思って持って来たんだよ」

松田が紙袋を伊達に押し付ける。それを覗き込んだ伊達が「なんだ?漫画か?」と言っているあたり、おそらくハンターハンターの単行本だろう。

「他にほしいツマミある人ー?オレもうちょっとあっさり系追加したいな。キッチン借りていい?」
「ああ、手伝う」

諸伏と降谷が連れ立ってカウンターキッチンに向かうのを見て、ナマエは嬉しそうに頬を緩める。
そして徳利を持って伊達にお酌をしに行くと、彼は松田に押し付けられた単行本をパラパラと捲っていた。

「コラちゃんと読め。ほら、このキルアってのがナマエの弟な」
「はあ?」
「だからー、お前も今日ナマエに抱えられて来ただろ?つまりナマエはだなぁ」

まだ酒が入ったばかりだというのに、絡み酒ばりのしつこさで松田が伊達に解説する。

「お、悪いなナマエさん」
「いえいえ。今日は零のためにありがとね」
「おい聞け班長」

お猪口に日本酒を注いだナマエが、一度キッチンに引っ込んでから松田に新しいビールを差し出した。

「陣平、もしかしてもう酔ってる?」
「あ?俺が一缶で酔うかよ。飲み比べするか?」
「松田ー、自殺行為はやめとけよー」

キッチンから聞こえた諸伏の声に、松田が「うるせー」と返す。

「ナマエさん、もしかしていけるクチか」
「というか全く酔わないの。だから安心して酔っ払っていいよ」
「そりゃ頼もしいな」

快活に笑う伊達は、彼らをまとめる班長ということもあって、同い年だというのに兄貴分のような雰囲気がある。
メンバー唯一の既婚者で、すでに子持ちだというのも大きいだろう。

「伊達くん、今日は本当にありがとう。お子さんもまだ小さいのに」
「いや、わざわざナタリーの説得までしてくれて助かったぜ」
「優しくて素敵な奥さんだよね」

だろ、と照れくさそうに頭を掻く伊達を、松田が「おいリア充野郎、さっさとハンター読め」とせっついた。どれだけ読ませたいのか。

「ナマエ、これ味見してくれるか」

降谷に呼ばれてキッチンに向かうと、キッチンの天板にはすでに三品ものつまみが出来上がっていた。

「すごい。もうこんなに?」
「ゼロの手際がよくってさー」
「二品はヒロだろ」

楽しげな二人にナマエの頬も思わず緩む。

「ふふっ、やっぱり二人のやりとり見るの好きだなぁ…私まで嬉しくなる。……うん、全部美味しい。じゃあこれ持ってっちゃうね」

三皿を器用に運ぶナマエの背後で、男二人は「やっぱ尊い…」「ああ…」と胸を押さえていた。

「ナマエ、これプレゼントな」
「え?」

つまみを運んだ先で松田が差し出してきたのは、綺麗にラッピングされた包みだった。

「これは俺と嫁さんから」
「あ、オレもオレも」

伊達や諸伏もこぞって包みを差し出してくる。

「えっ、いいのに。来てくれただけで」
「いーからいーから」
「あ、ありがとう」

開けるね、と一言断って包みを開く。
松田からはシンプルなルームウェア、諸伏からはペアのマグカップ、伊達からはキッチンツールのセットだった。伊達のプレゼントはナタリーが選んでくれたらしい。

「うわぁ、嬉しい…!ありがとう!」

どれもナマエのことを考えて選んでくれたのが伝わってくる。その気持ちが嬉しくてナマエは顔をほころばせた。
そしてプレゼントをくれた三人の視線が降谷に集中していることに、満足そうにそれらを抱える彼女は気づいていない。

三人からの視線が突き刺さり、降谷は「くっ」と小さく呻き声を漏らす。

「(あのな、僕は元々二人きりの時に渡すつもりで…!)」
「(いーから。はよしろ)」
「(降谷!男は度胸だぞ!)」
「(諦めるんだ、ゼロ)」

交わされたアイコンタクトに逡巡した降谷だったが、最終的には諦めたように立ち上がった。
そして仕事用のバッグからその包みを出し、ナマエのもとへ向かう。

「…ナマエ。これは僕から」

え、と目を瞬かせたナマエの視線が、降谷と彼が持つ包みを往復する。
腕に抱えたプレゼントたちを丁寧に床に下ろしてから、ナマエはその包みを受け取った。

「あの……開けていい?」
「もちろん」

包みの形とサイズから中身の予想がついた同期三人は、おおっと目を輝かせる。
唯一わかっていないナマエは、緊張した面持ちでその包みを解いた。そして出てきた箱を開け、さらに取り出したケースの蓋を上げる。

「………え…?」

そこに収まっていたものの輝きに、ナマエは目を奪われた。

大粒のダイヤモンドを引き立てるように左右に連なったメレダイヤモンド。それは永遠の愛を意味するエタニティタイプのエンゲージリングだった。

「結婚しよう、ナマエ」

結婚、とナマエの唇が小さく動く。
一緒に住み始めておよそ半年。降谷にとって、このタイミングでのプロポーズはかねてから考えていたことだった。

驚きに目を丸くするナマエを四人が優しく見守っていると、ふいにその黒い瞳から涙が零れ落ちる。

「えっ!?」

思わず声を上げたのは諸伏だ。
彼女と一緒に住んだ四年間、一度もその涙を見たことはない。
ナマエの正体をよく知る松田や、真正面でそれを目にしてしまった降谷もまたピシリと固まった。

「…あ……」

勢いよく溢れ出したそれに、ナマエもまた戸惑ったように瞳を揺らす。一度目もそうだが、これまでの人生で泣いたことのなかった彼女は涙の止め方がよくわからない。
ゴシゴシと目を擦り始めた手を、降谷が「赤くなる」と掴んで止めた。

「…あ、あの……零…」
「うん」

止めるのを諦めた涙を次から次へと溢れさせながら、ナマエが降谷をじっと見つめる。

「家族になってくれるの?」

それは大切な家族と二度と会えなくなってしまった彼女にとって、言葉にし切れないほどの意味がこもった問い掛けだった。
そしてそれは、降谷にもよくわかっていた。

「家族になってください」

真摯な光を宿した灰青色の瞳を見て、ナマエは眩しそうに目を細める。

「……はい」

蕾が花開くような笑顔に、見守っていた三人からワッと歓声が上がった。
諸伏がナマエにタオルを手渡し、松田が「ゼロー!」と降谷をもみくちゃにする。伊達はすでに顔を覆って男泣きしていた。

「いやー、ゾルディックの涙とは。貴重すぎるだろ」

降谷にヘッドロックをかけてその金髪を掻き乱しながら、松田が嬉しそうに零した。

「これまでの人生で泣いたことあんのか?」
「ん、二回目」
「マジで!?いつ?」

ハンター世界での裏話が聞けると思ったのか、興奮気味に聞く松田にナマエが呟くようにして答える。

「零に、嫌いって言われたとき」

その瞬間、祝福に湧いていたその場の空気がピキンと凍りついた。

ヘッドロックをかけられたままの降谷が「あっ、それは」と即座に弁解を試み、諸伏はナマエが毒薬をボリボリ食べていた日のことを思い出す。
そして松田と伊達の視線が降谷を射抜き―――ナマエが「私がヒロを殺したことにしてたから、仕方ないんだけどね」と続けるまでの短い間、降谷は生きた心地がしなかったという。

ナマエの誕生日祝いから始まった飲み会は婚約祝いの場へと変わり、結局朝日がカーテンの隙間から差し込む頃まで続いたのだった。


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