番外編(IF)
※透一歳
※他のIFとの繋がりはなし
***
"絶"をした状態で家を出た三人は、ナマエにゴンとキルアが続く形で民家の屋根から屋根へと駆け抜けた。
唯一透だけはキャッキャと歓声を上げているが、それが人の耳に届く頃には遠く離れているので問題はない。
そんな透だが、現在地はゴンの背中だ。
どうやら彼は自ら抱っこ紐を手渡すほどゴンのことが気に入ったらしい。
ふと下を見たナマエの視界に、法定速度を守って疾走する白いRX-7が映る。
それを追い越して少しすると、今度は目的地よりかなり手前に数台の車が固まって停車していた。
その傍らに立つスーツ姿の男たちの中には、風見と諸伏の姿もある。応援と零の到着を待っているのだろう。
それをさらに追い越した三人は埠頭の倉庫街へと到着した。
その中でもひときわ大きい倉庫の上に音もなく着地して、ナマエが口を開く。
「目的地はここ。キルア、"円"は?」
「あーダメ、オレ"円"苦手」
「じゃあゴンは?」
「オレもそんなに……」
えへへ、と苦笑して頭を掻くゴンを見やって、ナマエは「ふうん」と呟く。
「今この倉庫の中には32人いて、内20人が武装してる。残り12人はシルエットからして女性だね」
「あ、女の人の匂いと変な薬の匂いが混ざってるのはわかるよ」
自慢の鼻で嗅ぎ取ったらしいゴンに、ナマエは頷いた。
「ぐったりしてるし、違法薬物で薬漬けにされてるんじゃないかな」
「うげぇ」
「そこを助けるのはお巡りさんたちの仕事だけどね」
「じゃあオレたちは何するの?」
ゴンが首を傾げると、ナマエは指を一本だけ立てる。
「武器を回収しながら20人気絶させる。やるのはこれだけ」
ちなみに念は禁止ね、とナマエは続けた。
「おっし、じゃあ競争しよーぜ」
「うん!」
「あ、待って。ゴンは待機」
ええっ、とゴンが悲痛な叫びを上げる。
「なんでー!?」
「薬の匂いが充満する中に透を連れて行きたくないし、透も今はゴンと一緒にいたいみたいだから」
そう説明すると、ゴンは諦めたように項垂れた。
彼の役割は二人を待ちながら、透が泣き出さないようにあやすことだ。
「よーし、姉貴に勝ったらこっちのゲーム買ってもらお」
「いいよ」
"絶"をしたまま倉庫の入口前に立ち、ナマエが両手に手袋を具現化する。
キルアの両手にも手を翳して具現化すれば、彼は感触を確かめるように手のひらをグッグッと握った。彼の指紋は公安のデータベースにはないが念のためだ。
「じゃあゴン、カウントして」
「うん、いくよー」
ナマエは隣でキルアの気配が鋭く冴えるのを感じる。
これは自分も久しぶりに本気を出さなければ、と人知れず口角が上がった。
「3、2、1……」
カウントの途中で、ナマエが倉庫の扉を開け放つ。
「ゼロ!」
二人は瞬時に地を蹴り、目にも止まらぬ速さで倉庫内を駆け抜けた。
武装した男たちはその風を感じるより早く意識を刈り取られ、呻き声一つ上がらない。
そしてほんの瞬き程度の間に、キルアとナマエはゴンの待つ倉庫前へと戻ってきた。
「ちぇっ、10人ずつか。これって引き分けになんの?」
「回収した武器の数でも数える?」
「よし、それ乗った」
「じゃあオレが数えるね!」
手に持った武器を地面にガチャガチャと下ろし、ゴンの両手にも手袋を具現化する。
ゴンは武器を一つ一つ手に取って、順に並べながら数え始めた。
自動拳銃に散弾銃、ナイフに特殊警棒となかなかにバリエーション豊富である。
「きゅーう、じゅーう、じゅういち……あれっ、武器の数も一緒だよ」
「えー、じゃあ勝敗どうすんだよ」
不満そうに言うキルアに、ナマエはふふっと笑みを零した。
「残念。詰めが甘いね、キルア」
「は?」
目を丸くしたキルアを置いて、ナマエが再び倉庫内へと戻る。
虚ろな目でぐったりと横たわる下着姿の女性たちには目もくれず、彼女が向かったのはキルアが昏倒させた男たちの元だ。
ナマエはその内の一人をごろりと仰向けにしてジャケットの内側を無遠慮にまさぐり、そして一丁の拳銃を取り出した。
「ゲッ、取り損ねてた」
「じゃあナマエさんに一つ加算だ。キルアの負けだね!」
「嬉しそうに言うなっ」
「あたっ!」
「透も!」
騒ぐ子供三人に「シー」と指を立てて静まらせつつ、ナマエは武器の山に最後の一つを追加した。もちろん、武器山の回収も公安の面々に丸投げである。
具現化した手袋を消し、ナマエは少年たちに視線を向ける。
「じゃ、戻ろっか」
「えーもう戻んの?なんか地味だな」
「ゲームは買わないけど、ちょっと寄り道でもしてく?」
ナマエの提案に、二人は目を輝かせて「する!」と声を上げた。
「こら、声が大きい」
「はーい」
「二人は有名人だから"絶"継続ね」
「はーい」
つられて「あい」と頷いた透に笑いかけ、ナマエを筆頭に三人揃って帰路につく。
来た時より少しペースを落とし、近場のショッピングモールに向かって屋根から屋根へと跳躍した。
「あ」
ふと足を止めたナマエに二人も続く。
彼女の視線の先では、細い道で脱輪したらしい乗用車が立往生していた。その傍らにはドライバーの姿もある。
「ゴン、お願いできる?」
「うん!」
やっと出番が回ってきた、と上機嫌なゴンが意気揚々と道に下りた。
彼は透をおんぶしたまま車の隣にしゃがみ込むと、車体の下に手を差し込んで「よいしょ」と引き上げる。
側溝にはまっていた車輪が無事に戻って、ロードサービスを依頼しようとしていたらしいドライバーがスマートフォン片手にぽかんと口を開いた。
「次は気を付けてね!」
それにニッコリと笑いかけたゴンの隣に、ナマエが音もなく着地する。
「ゴン、"絶"解けてる」
「あっ」
「しかも話しかけてるし!このバカ!」
キルアがゴンの手を引いて遠ざかっていくのを見送ってから、ナマエはドライバーにぺこりと会釈した。
「お騒がせしてすみませんでした」
「…………は……」
ドライバーは呆然とした様子で言葉もない。
それにふっと微笑みかけて、ナマエもまた二人を追いかけるために地を蹴った。
***
「ただいま」
玄関から聞こえた零の声に、リビングの少年たちが口々に「おかえり!」と返す。
しばらくしてリビングに入ってきた零の後ろから、ひょっこりと顔を出したのは諸伏だ。
「お邪魔しまーす。おお、本当にいる」
大のハンターハンターファンでもある彼は、ゴンとキルアを見た途端子供のように目を輝かせた。
「おじさん、誰?」
「オレはヒロ。ゼロ……零の仕事仲間で、ナマエの友達だよ」
簡単に自己紹介をしながら諸伏は二人のそばにしゃがみ込み、手を差し出してにっこりと笑う。
「おじさん、二人の大ファンなんだ。握手してくれないか?」
その言葉に二人は照れ臭そうにしながら手を握り返した。
ナマエがその様子を微笑ましそうに見守っていると、「ナマエ」と零が話しかけてくる。
「二人とのお出掛けは楽しかったか?」
彼の視線の先にあるのは、ショッピングモールで買ったお菓子やおもちゃの山だ。
ゲームを買わないとは言ったものの、結局あれこれ買い与えてしまうあたりナマエは弟に甘かった。
「うん。楽しかったよ、すごく」
「それはよかったな。僕達もおかげで随分と早く帰れた」
「おかげって?」
ふふっと笑いながら聞き返すと、ナマエの後頭部に手を添えた零が彼女の髪に鼻先を埋め、すんっと匂いを嗅ぐ。
「薬の匂い、少し残ってるぞ」
そう言って微笑む零を見ても、ナマエの笑みは崩れなかった。
「嘘つき」
「………バレたか。相変わらず手強いな」
降参だと言うように両手を挙げて苦笑してから、零は透を囲むようにして遊んでいるゴンとキルア、それからそこに交ざる諸伏に向かって声をかける。
「二人とも。買ったお菓子は持ち帰り用に取っておくとして、これからクッキーでも焼くか?」
「あっ、朝言ってたやつ!?やりたい!」
真っ先に立ち上がったのはゴンだ。キルアも興味はあるようでそれに続く。
零と諸伏が指導係としてキッチンに入り、ナマエは透を抱いてカウンター越しにその様子を眺めた。
どうやら朝焼いた生地の残りがあるようで、二人はそれを使って型抜きクッキーに挑戦することになったらしい。
―――が、どこで火がついたのか、あっという間に型抜きを放棄して造形バトルに移行してしまった。
「見て見て、これビスケ!」
「いや、おま、髪みたいな棒が左右に二本ついてるだけじゃん」
「じゃあキルアのそれは?」
「板チョコ」
「いや見えるけど…板チョコの見た目したクッキーって食べてて混乱しない?」
喋りながら楽しそうに手を動かす二人の隣で、大人二人も何やら作っているようだ。
「ゼロ、見てこれ」
「それ……伊達か?」
「当たり。さすがゼロ」
「まあ、それだけ眉毛の存在感があればな」
ナマエがひょいっと覗き込むと、確かに眉毛の主張が激しい何かが見える。
「ゼロのそれは?」
「ナマエ」
「ぶはっ!好きすぎか」
なになに、と少年たちが零の手元を覗き込み、「うまっ」と声を上げた。
零の作るナマエはもはや平面ですらなく、最終的には立ちそうだ。
ふと、ナマエが疑問を投げかける。
「それ、ちゃんと焼けるの?」
「問題ない」
笑いながら生地を捏ねる零は随分と楽しそうだ。
成形したそれらをオーブンに入れた後は全員でボードゲームを楽しみ、それから焼き上がったクッキーを互いに批評しながら食べた。
眉毛にちょうど濃いめの焼き色がついた伊達クッキーが一番いい出来だったのは、意外なオチと言えるだろうか。
ワイワイガヤガヤと騒がしい時間は、ゴンが「あっちの匂いだ!」と顔を上げるまで続いていた。
***
ダイニングテーブルで塗り絵をしていた透は、ふと壁に掛けられた額縁に目をやった。
そこに飾られているのは少し日に焼けた二枚の似顔絵だ。
どちらにも笑顔の赤ちゃんが描かれていて、端には透が書くそれよりも拙いひらがなで「とおる」と書き添えてある。
「ねえ、お母さん」
カウンター越しのナマエに声をかけると、「ん?」と短く返答がある。
「その絵を描いたのって、お母さんの弟とそのお友達なんだよね」
「うん、そうだよ」
料理の手を止めたナマエが、透と同じ方向に目を向けて頷いた。
「もう遊びに来ないの?」
「どうかなぁ。とっても遠くにいるから」
「僕も会いたい」
透がそう言うと、ナマエはふわりと穏やかに微笑む。
たまに聞く母の弟やその友達の話は、いつもワクワクと心弾む物語として透を楽しませてくれるのだ。
「そうだね、お母さんも会いたいな」
その時、ドスンと何かが落ちる音が庭から聞こえて、二人は顔を見合わせた。
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