番外編(IF)
※透一歳
※他のIFとの繋がりはなし
ドスン、と庭に何かが落ちる音が聞こえたのは、ある休日の朝のことだった。
リビングで透と遊んでいたナマエと零は、ほぼ同時に顔を見合わせた。
「僕が見てこよう」
そう言って腰を上げた零を、ナマエがパシッと手を掴んで制す。
「ナマエ?」
ナマエはもう一方の手で「シー」と口元に指を立て、緩やかに口角を上げた。
それを見た零が首を傾げながら座り直すと、今度はナマエがスッと立ち上がる。
彼女には庭に落ちた"それ"がなんなのか、すでにわかっていた。
一方その頃の庭では、"それ"が落ちたことによるものではない煙のような白い靄が、モクモクと辺りに立ち込めていた。
「ゲホッ」
一度小さく咳き込んだ後、靄を払おうと軽く振った腕が周囲の空気をぶわりと乱す。
意外にもすぐに靄は晴れ、"それ"はすぐ近くにいる人物と視線を絡ませた。互いに一つ頷き合って、周囲の状況を探る。
―――人がいる。それもたくさん。
どうやら住宅地に落ちたようで、辺りは人の気配に溢れていた。
そしてここも誰かの家の庭のようだ。家の中にも気配があり、特に危険性は感じない。
そこまで考えて、"彼ら"は突然襲った鋭い殺気にすぐさま飛び退いた。―――いや、正確には飛び退こうとして、それを遥かに上回る速さで押さえ込まれた。
心臓を直接握り込むような容赦のない殺気に全身が総毛立つ。
すぐに退避しろと本能が叫んでいるのに、しかし肩に触れた手がそれを許しはしない。
その手はそっと優しく触れているように見えて、その実"彼ら"でも容易には振り払えないほどの力が籠められていた。
きっと背後を振り向こうと僅かにでも筋肉を動かした瞬間、殺される。
そう悟ったと同時に、じわりと滲んだ冷や汗が頬を伝った。
「ねえ」
微塵の揺らぎもない澄んだ声が届く。
その声に"彼ら"の一方は緊張を強め、そしてもう一方は―――驚きに目を丸くした。
「人の家に入ったら、まずは「お邪魔します」でしょう? キルア」
優しく諭すような言葉が聞こえるや否や、冷たく冴えた殺気がふっと霧散する。
肩を押さえられたままのゴンとキルアが振り向けば、そこには悪戯っぽく目を細めて微笑む長身の女性がいた。
「………姉貴?」
頬に垂れた冷や汗を拭うのも忘れて、キルアは呆然とした表情でナマエを見上げていた。
***
「なるほどなー」
ズズッと音を立ててストローを吸い、コップのジュースを飲み干したキルアが言う。
「オレが最後に姉貴と会ったのが一年前なのに、その一年の間に姉貴は全く違う世界で六年も過ごしてたと」
「うん。不思議な話だよね」
「死後強まる念、怖ぇー」
ナマエがこちらの世界に来たきっかけを聞き、キルアは改めて念能力の恐ろしさを実感してげんなりした表情を浮かべた。
キルアと最後に会ってから一年しか経ってないということは、二人がいたのはハンターハンターの原作時間軸だ。実際、彼らの容姿は漫画のそれと変わりない。
二つの世界で時間の流れが異なるのか、二人がこちらに来た原因に関係しているのかはナマエにはわからなかった。
「まさか姉貴が結婚して子供まで産んでるなんてな」
「透っていうの。よろしくね」
「あた!」
ナマエの膝の上で、ご機嫌な透が足をパタつかせながら返事をする。
最初は零の後ろに隠れていた透も、すっかりいつもの調子を取り戻していた。
「しかもこっちではオレらが漫画のキャラクターって……それこそ漫画かっつーの」
そう言いながらキルアがポンと放り投げたのは、自身を象ったぬいぐるみだ。
自分がグッズ化されているのを目の当たりにしたからか、割りとすんなり現状を受け入れられたらしい。
キルアは落ちてきたぬいぐるみをパシッとキャッチして隣に座るゴンを見た。
「ってことらしいけど、ここまで大丈夫か?ゴン」
「な、なんとか」
そう言うゴンの頭からはプスプスと煙が上がっている。
難しいことが苦手らしい彼は話についてくるのがやっとのようだ。
と、そこに零が焼き上がったばかりのクッキーを運んでくる。
「その辺で一度休憩にしよう」
「おっ、ウマそー!」
「ありがとう、零さん!」
途端にがっつく少年二人を、隣り合って座ったナマエと零が微笑ましそうに見守る。
「零さん、スゴイ!これ美味しいよ!」
「はは、ありがとう。後で一緒に作ろうか」
「いいの!?」
さすが主人公というべきか、特にゴンの馴染み具合は半端じゃない。
年相応に素直で愛嬌のある反応に零もまんざらではないようだ。
「姉貴は帰ってくる気ねーの?」
クッキーをもぐもぐと頬張りながらキルアが問う。
「私は術者が死んでるし、除念師でも見つけない限りは戻れそうにないからね。早々に諦めたよ」
「げっ、オレら戻れんのかな」
「大丈夫、きっと戻れるよ!」
やけに自信たっぷりに言うゴンに、その場の視線が集中した。
「こっちに来る前あの庭の匂いがしたから、帰る時もきっと向こうの匂いがするはず!」
「それ、根拠があって言ってんだろーな」
「ううん、勘」
お前なぁ、とキルアがズッコケるのを見ながら、零が「そういえば」と口を開く。
「二人はどうやってこっちに来たんだ?」
「どうやってって……」
「……なあ?」
二人が顔を見合わせるが、どうやらはっきりと覚えているわけではないらしい。
「念弾みたいなのが体に当たって、その後嗅いだことのない匂いがしたのは覚えてるんだけど……」
「それがこの家の庭の匂いか」
「うん。あとは気付いたら地面に落ちてて、白いモヤモヤした煙に包まれてたんだ」
「まー何かしらの攻撃を受けたことは間違いないな」
不覚にも攻撃を受けてしまったことを悔しく感じているのだろう。
キルアは苦々しく言って唇を突き出した。
「死ぬような攻撃じゃなくてよかったね」
「あはは、確かに」
そう言って笑うゴンに緊張感はない。
キルアはその様子を呆れたように見やってから、視線を正面の零に移した。
「そういえば零ってさ、オレの義理の兄貴ってことになるんだよな」
「そうなるな」
「また兄貴が増えんのかよ……」
コップの氷をストローで弄りながら、キルアはどうにも不満げだ。
失礼すぎるその態度にも、零は気にした様子もなく穏やかに笑った。
「君は強いし僕が教えられることなんてないだろうけど、よかったら仲良くしてくれ」
「うっ」
ストレートな賛辞に、キルアの表情が気まずそうに歪む。
「まあ……別に嫌なわけじゃねーから、よろしくしてやってもいいけど」
「キルアって素直じゃないよねー」
「うるせーよっ」
「ゴンもよろしく」
「うん!よろしく、零さん!」
上手くやっていけそうな三人を、ナマエは嬉しそうに微笑みながら見つめていた。
そしてゴンとキルアの二人は、とりあえず帰れる目処が立つまではこちらの世界を満喫することにしたらしい。
ゲームがないとキルアがグチグチ言う場面はあったが、家を探検したり透と遊んだりしながらなんだかんだで楽しんでいるようだ。
「た!」
「おっ、透は積み木が上手だねー」
そして透は、もっぱらゴンに懐いている。
キルアの抱っこは雑で危なっかしく、一度落とされかけて以来あまり近づきたがらない。
「……なー透。チョコロボ君食うか?」
ゴンばかり好かれるのは面白くないようで、キルアはポケットからチョコの包みを取り出した。
「キルア、まだチョコは食べれないよ」
「うっ、うるせーな、わかってるよ!」
ムキになったキルアがそのチョコロボ君を自分で食べたところで、零のスマートフォンが着信を告げる。
「もしもし。ああ、わかった。すぐに行く」
零は短い通話を終えると、椅子に掛けていた上着を手にナマエを振り返った。
「ナマエ、悪い。ちょっと出てくる」
「わかった。気を付けてね」
玄関まで零を見送ってリビングに戻れば、大きな二組の目がナマエを見つめている。
「零さん、どうしたの?」
「仕事の呼び出しみたい。零、警察官なの」
「へえ、すごいや!」
「警察?マジかよ」
半目になったキルアの目は「ゾルディックが警察官と結婚?」と問いかけてくるようだ。
二人の反応を笑って流しながら、ナマエはリビングの掃き出し窓の前に立つ。
そして突然オーラを練り始めたナマエを、二人は目を丸くして見つめた。日頃の訓練の賜物か、二人とも即座に"凝"をしたようだ。
「……なあ、これ"円"か?」
「ううん、違う。どんどん長く伸びてるよ」
「目を閉じてんのは別の"発"だな」
「ナマエさん、具現化系なんだよね?何も出してないみたいだけど」
「他系統もバランスよく使えて小技が多いって兄貴が言ってたぜ」
ナマエの様子をつぶさに観察する二人に、ナマエは"発"に集中しながらも思わず頬が緩む。さすが、向上心が旺盛だ。
「あ、終わった」
通常の"纏"に戻ったナマエが二人を振り返ると、すぐさま質問が飛んできた。
「今のって何やってたの?遠くを探ってたのはわかったけど」
「目を閉じてたのは制約とか?同時に何種類か発動してたよな」
その勢いにふふっと笑ったナマエは、問いには答えず口を開く。
「二人とも。ここで透と一緒にお留守番してるのと、一緒に来るの。どっちがいい?」
質問の意図がわからなかったのか、二人がぱちりと目を瞬かせる。
「早く帰ってきてほしいから、ちょっとだけ手伝いに行こうと思うんだけど」
「! 行く!」
「オレも!」
目を輝かせてこちらを見る二人に、ナマエはふっと笑みを深めた。
「じゃあ、ちゃんと"絶"してついておいで」
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