特に辛いことや悲しいことがあったわけじゃない。何もない平凡な毎日を繰り返している時、その考えが脳裏に現れる。楽しいこと、やりたいこと、何かに追われることもない、生活する上で忙しさもない、何もないからそう思うのかもしれない。小さな嫌なことが積み重なって思うのかもしれない。ちょっとした疲労が蓄積し耐えられなくなった時、そう思うのかもしれない。
私は今、凄く「この世界からいなくなりたい」と思っている。
漫画を読むのは好き。読んでる時は他のことを考えなくて済むから。大きさは違えど夢中になれる何かを持っている人が結構いると思う。それが私は漫画ってだけだった。
だけど、それすら面倒になる時がある。何にも関心が持てず、ただ時間が過ぎていく。私の周りにいる人達はみんないろんな変化をもたらしながら生活している。そんな中、私だけが何にも変わっていない。
それに焦りは感じていないし、変えようとも思わない。これが問題なんだ。このまま何の変化も起こそうとしないで、歳を重ねていくのだろうか。その疑問さえもどうでも良くなった時、「なんで生きているんだろう」って思う。
でも、自ら死にいくのは面倒で、度胸もない。こういう思考回路に陥った時、いつも二つの考えが頭を過ぎる。
ここで死なずに生きてたらいつか生きてて良かったと思えることがあるのかな。それとも、死んだら一から何もかもリセットされるんだろうかという考え。
「面白そうなの、あるかな」
覇気のない目で自然と本屋に立ち寄った。
漫画がたくさん並んでいるコーナーへ向かい、一周回ってみる。それから二周、三周と歩いてみるも視界にはたくさんの漫画が映っているというのに、頭には何の情報も入ってこないし、何の感情も芽生えない。
「……」
なんとなく足を止めた先にあったのは一冊の本。いつも読む漫画や小説ではなく"恋愛上手になる方法"という本。何故これを取ったのか。特に意味はなかったけれど、一つあげるとするならば、今日職場の先輩に「みょうじさんも結婚したら女として変われると思うんだよね」と言われたことが原因だろう。
その言葉が心に残っていて、無意識にそういう本を手に取った自分に嫌気が差し、棚に戻す。けれど、一瞬。数ヶ月前に別れた彼氏のことを思い出し、もう一度手に取った。私が恋愛上手だったらフラれることはなかったのだろうか。この本を読めば何か変わる?そう思ったけれど、恋愛上手とかそういうのじゃなくて、私はそれ以前の問題だと思い、本を元の位置に戻した。
もういいや。とりあえず、家に帰ろう。小さく息を吐き、踵を返した時。目の前に一人の男が立っていたことに気が付いた。
「え……」
疲れきった、覇気のない目が捉えた人物に驚き、間の抜けた声を出してしまった。
でも仕方ないだろう。だって、こんなところで中学の同級生に会うなんて思ってなかったのだから。
「……おう」
約十年ぶりに聞いたその男の声にまた驚く。おう、なんて発する人間だった?あの頃とは変わって随分柔らかくなった声色に数回瞬きを繰り返した。
「久しぶりだね」
それでも必死に平然を装って声をかければ、向こうは「ああ」と何を考えているか分からない表情で返事をした。変わったな。そりゃあ、中学から十年も経っているのだから変わらない方が可笑しいか。中学時代。クラスメイトというには距離が近く、友達と言われる程の仲の良さでもなかった爆豪勝己という男との関係は不思議なものだった。最低でも一日一回は私に声を張り上げ怒鳴っていた彼が今では世を守るプロヒーローだなんて。元同級生として鼻が高いと小さく笑みが溢れた。
「応援してる。頑張ってね、ヒーロー」
それだけ発して無言のままこちらを見つめる男の横を通り過ぎる。少し高さのあるパンプスでは届くことの無い目線。鍛え上げられた体。意外といい匂いがするって揶揄っていた柔軟剤の香りは今はしない。横を通るだけで、あの頃とはまったく違う元同級生に再び笑みが溢れた。
ああ、できれば会いたくなかった。